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第二章 竜の文化、人の文化
ジェーンモンド家の人々 6
しおりを挟む「…………アイリスが……行方、不明……?」
ローガンは呆然と呟いた。
「……ええ、そうなのです」
そんな夫に対して、クロエは目を伏せ、声を抑えて応えた。
「五の月の初めの頃、あの子が『ピクニックに行きたい』と。それも、惑いの森の近くへと。そして……」
──お母様、私、少し森の奥へ行ってみたいんです。
そんな言葉を残し、こちらが止める間もなく走っていってしまった。
「……なぜ……」
「分かりません。その後すぐ、皆で探しました。けれど、見つからず──」
「違う! その事じゃない! なぜすぐにそれを知らせてくれなかった?!」
ローガンは、その人柄には珍しく、テーブルを強く叩き、声を荒らげて、妻を糾弾するような態度を取った。
「っ?!」
びくり、とクロエの肩が跳ねる。しかしそれは怯えからではない。いつもとあまりも違うローガンへの、驚きがそうさせたのだ。
「……それは、申し訳ありません。ですが、私達も心労がたたり、あなたからの手紙を読む事すら手につかない有様で……ここまで、来てしまったのです……」
クロエは顔を伏せ、両手を握る。それが彼女の精一杯の、彼への反省の態度であるように。そう見えるように。クロエは頭の中で計算する。
夫は、今しがた遠方から帰ったばかり。しかもその遠方での仕事は、芳しくなかった。
疲弊しているだろう。心が荒みやすいだろう。ほんの少しの事でも、何かあれば。いつも優しげな表情を見せるこの顔は、ぐしゃりと歪むと、分かってはいた。
……けれど、これほどとは。
「だが、一報くらいくれても良かっただろう? なんで今まで何も教えてくれなかったんだ。こっちはそんな大事になっているとは露知らず、のこのこと帰って来て、この有様だ……!」
激高、そして、悲嘆。
ローガンの表情からは、様々な感情が読み取れる。
「──そうだ、リリィは? リリィはどうしてる? まさかあの子まで……」
「いえ、リリィは、……アイリスが居なくなってしまって、塞ぎ込んで、部屋に篭りがちになりました。……今も、自室に居る筈です」
クロエは、ほんの僅かに苦い思いで、そう答えた。
部屋に籠もっている。それは間違いではない。けれど、理由は違う。
(……リリィ。あなた、全て上手くいくと言っていたわよね?)
当の本人は、外からの自分の評価に怒り、それを覆そうにも上手くいかず、ついには人に会う事を嫌がりだした。
婚約者も居るというのに。来年には挙式も挙げるというのに。
何をしているのか、あの娘は。
「……そうか……」
ここまで言って、やっと、ローガンは少し落ち着きを取り戻したようだった。
「リリィに、お会いになりますか? 今ならもう、起きているでしょうから」
今は昼過ぎ。出不精になったあの子でも、起きて何かしら動き出す時間だ。
「……あぁ……ああ、そうだな……それと、本格的にアイリスを探さねば。今日中に警邏隊に捜索を願いに行こう」
ローガンは苦しそうな顔になり、両の拳を固く握り込み、そう言った。
それに、クロエは瞠目した。
……自分の夫は、この人は、こんなに時間が経った今でも、アイリスを探そうと言い出す人間だったのか。
「……ですが、もう、アイリスが居なくなってから──」
「このまま諦めろと言うのか! クロエ!」
ローガンは呆然と呟いた。
「……ええ、そうなのです」
そんな夫に対して、クロエは目を伏せ、声を抑えて応えた。
「五の月の初めの頃、あの子が『ピクニックに行きたい』と。それも、惑いの森の近くへと。そして……」
──お母様、私、少し森の奥へ行ってみたいんです。
そんな言葉を残し、こちらが止める間もなく走っていってしまった。
「……なぜ……」
「分かりません。その後すぐ、皆で探しました。けれど、見つからず──」
「違う! その事じゃない! なぜすぐにそれを知らせてくれなかった?!」
ローガンは、その人柄には珍しく、テーブルを強く叩き、声を荒らげて、妻を糾弾するような態度を取った。
「っ?!」
びくり、とクロエの肩が跳ねる。しかしそれは怯えからではない。いつもとあまりも違うローガンへの、驚きがそうさせたのだ。
「……それは、申し訳ありません。ですが、私達も心労がたたり、あなたからの手紙を読む事すら手につかない有様で……ここまで、来てしまったのです……」
クロエは顔を伏せ、両手を握る。それが彼女の精一杯の、彼への反省の態度であるように。そう見えるように。クロエは頭の中で計算する。
夫は、今しがた遠方から帰ったばかり。しかもその遠方での仕事は、芳しくなかった。
疲弊しているだろう。心が荒みやすいだろう。ほんの少しの事でも、何かあれば。いつも優しげな表情を見せるこの顔は、ぐしゃりと歪むと、分かってはいた。
……けれど、これほどとは。
「だが、一報くらいくれても良かっただろう? なんで今まで何も教えてくれなかったんだ。こっちはそんな大事になっているとは露知らず、のこのこと帰って来て、この有様だ……!」
激高、そして、悲嘆。
ローガンの表情からは、様々な感情が読み取れる。
「──そうだ、リリィは? リリィはどうしてる? まさかあの子まで……」
「いえ、リリィは、……アイリスが居なくなってしまって、塞ぎ込んで、部屋に篭りがちになりました。……今も、自室に居る筈です」
クロエは、ほんの僅かに苦い思いで、そう答えた。
部屋に籠もっている。それは間違いではない。けれど、理由は違う。
(……リリィ。あなた、全て上手くいくと言っていたわよね?)
当の本人は、外からの自分の評価に怒り、それを覆そうにも上手くいかず、ついには人に会う事を嫌がりだした。
婚約者も居るというのに。来年には挙式も挙げるというのに。
何をしているのか、あの娘は。
「……そうか……」
ここまで言って、やっと、ローガンは少し落ち着きを取り戻したようだった。
「リリィに、お会いになりますか? 今ならもう、起きているでしょうから」
今は昼過ぎ。出不精になったあの子でも、起きて何かしら動き出す時間だ。
「……あぁ……ああ、そうだな……それと、本格的にアイリスを探さねば。今日中に警邏隊に捜索を願いに行こう」
ローガンは苦しそうな顔になり、両の拳を固く握り込み、そう言った。
それに、クロエは瞠目した。
……自分の夫は、この人は、こんなに時間が経った今でも、アイリスを探そうと言い出す人間だったのか。
「……ですが、もう、アイリスが居なくなってから──」
「このまま諦めろと言うのか! クロエ!」
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