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第二章 竜の文化、人の文化
四十九話
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(……えっと。……今、のは、……ヘイルさん、に、……頭を、撫でられた、の、よね……?)
アイリスの頭から手を離したヘイルは、何事もなかったかのように食事を再開する。そんな右隣を見つめながら、アイリスは脳内で反芻した。
(な、……なんで、……撫でられた、の、かしら……?)
頭の中は疑問符でいっぱいだ。だが、ここで、「なんで今頭を撫でたんですか?」と聞けるような鋼の精神を、アイリスは持ち合わせていない。
「アイリス」
そこに、左から声がかかる。
「今のに深い意味はないわ。多分」
ブランゼンが呆れたような顔と声で、そう言った。
「だからそんなに気にしなくて大丈夫よ」
「そ、そう……ですか……?」
無意識に、あの手のひらが乗っていた場所に自分の手を置きながら、アイリスはまだ現実が掴めない、といった様子でブランゼンを見る。
「そう、そうなの。だから食べましょう? ほら」
「あ、ありがとうございます……」
ブランゼンにキッシュの追加を渡され、流れでそれを受け取りながら、アイリスはぼんやり考えた。
(……きっと、ブランゼンさんの言う通り、特に深い意味はないんだわ。だってヘイルさんは、よく私を抱き上げたりしてたも、の……)
と、ここまで思考を巡らせ、再びアイリスは動きを止める。
抱き上げられる、頭を撫でられる。そんな事、父以外の男性にされた事など、一度もない。
(……なんで、ヘイルさんは…………いえ、そう、気にしちゃだめよ。深い意味はないって、ブランゼンさんが言ったんだから。だから、そうなのよ、そう。うん)
右隣のヘイルの事が、ものすごく気になり始めた。だが、そちらをちらりとでも見れば、また何か起こるのではないかと思ってしまい、この間までとは別の意味で目を向けられない。
アイリスは黙々と食事をし、それを終え、昼の休憩を挟んで、また、これから始まる午後の勉強へと意識を向け直した。
◆
高く、高く、天高く。鳥さえそこに届かないほど、高く、空を飛んでゆく。
艷やかな黒の鱗と、煌めく金の瞳を持つその竜は、しなやかに尾を撓らせ、黒く大きく透明な翼を羽ばたかせながら飛んでゆく。
黒い竜の右後ろには、輝く水色の鱗を持つ竜が。そしてそのまた後ろには、黒、赤、緑の、三頭の竜が付いている。
「あら?」
そして、目的の地が近付いてきた、というところで、先頭のその黒い竜が、首をひねった。
「……変ね」
「どうかしましたか?」
右後ろで飛ぶ水色の竜がそれに反応して、涼やかな声で静かに尋ねる。
「ね、気付かない? ヘイルの気配が二つある」
「二つ?」
「ええ」
黒く、太陽の光を反射し透過する翼をはためかせ、金の瞳を細めて、その竜は彼の地を見つめた。
近い、とは言っても、それは竜にとっての尺度だ。人間で言えば、遥か彼方の地であるそこから感じられる、奇妙なそれ。黒い竜は──彼女は、訝しむように、それでいて楽しそうに、水色の竜へと声をかけた。
「これ、どういう事かしらね?」
アイリスの頭から手を離したヘイルは、何事もなかったかのように食事を再開する。そんな右隣を見つめながら、アイリスは脳内で反芻した。
(な、……なんで、……撫でられた、の、かしら……?)
頭の中は疑問符でいっぱいだ。だが、ここで、「なんで今頭を撫でたんですか?」と聞けるような鋼の精神を、アイリスは持ち合わせていない。
「アイリス」
そこに、左から声がかかる。
「今のに深い意味はないわ。多分」
ブランゼンが呆れたような顔と声で、そう言った。
「だからそんなに気にしなくて大丈夫よ」
「そ、そう……ですか……?」
無意識に、あの手のひらが乗っていた場所に自分の手を置きながら、アイリスはまだ現実が掴めない、といった様子でブランゼンを見る。
「そう、そうなの。だから食べましょう? ほら」
「あ、ありがとうございます……」
ブランゼンにキッシュの追加を渡され、流れでそれを受け取りながら、アイリスはぼんやり考えた。
(……きっと、ブランゼンさんの言う通り、特に深い意味はないんだわ。だってヘイルさんは、よく私を抱き上げたりしてたも、の……)
と、ここまで思考を巡らせ、再びアイリスは動きを止める。
抱き上げられる、頭を撫でられる。そんな事、父以外の男性にされた事など、一度もない。
(……なんで、ヘイルさんは…………いえ、そう、気にしちゃだめよ。深い意味はないって、ブランゼンさんが言ったんだから。だから、そうなのよ、そう。うん)
右隣のヘイルの事が、ものすごく気になり始めた。だが、そちらをちらりとでも見れば、また何か起こるのではないかと思ってしまい、この間までとは別の意味で目を向けられない。
アイリスは黙々と食事をし、それを終え、昼の休憩を挟んで、また、これから始まる午後の勉強へと意識を向け直した。
◆
高く、高く、天高く。鳥さえそこに届かないほど、高く、空を飛んでゆく。
艷やかな黒の鱗と、煌めく金の瞳を持つその竜は、しなやかに尾を撓らせ、黒く大きく透明な翼を羽ばたかせながら飛んでゆく。
黒い竜の右後ろには、輝く水色の鱗を持つ竜が。そしてそのまた後ろには、黒、赤、緑の、三頭の竜が付いている。
「あら?」
そして、目的の地が近付いてきた、というところで、先頭のその黒い竜が、首をひねった。
「……変ね」
「どうかしましたか?」
右後ろで飛ぶ水色の竜がそれに反応して、涼やかな声で静かに尋ねる。
「ね、気付かない? ヘイルの気配が二つある」
「二つ?」
「ええ」
黒く、太陽の光を反射し透過する翼をはためかせ、金の瞳を細めて、その竜は彼の地を見つめた。
近い、とは言っても、それは竜にとっての尺度だ。人間で言えば、遥か彼方の地であるそこから感じられる、奇妙なそれ。黒い竜は──彼女は、訝しむように、それでいて楽しそうに、水色の竜へと声をかけた。
「これ、どういう事かしらね?」
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