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第二章 竜の文化、人の文化
四十三話
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(それでも、先生方はしっかりと教えてくださっていた。それをものに出来なかった私は、もっと……)
心の中で呟いて、目を伏せるアイリス。
「ゾンプ」
モアが、少々非難のこもった視線とともに、ゾンプを肘でつつく。
「えっ、あっ?! ちょっ、やっ、違くて!」
ゾンプは慌てたように身振り手振りを交え、声を張り上げた。
「ただ、大変そうだなーって! それだけ! だけだから! 人間のが劣ってるとか、別に思ってないし!」
「……はい。ありがとうございます」
アイリスは笑顔を作る。けれどそれは、憂いを帯びたものになってしまって。
「あああ! だから、違うんだって! 先生のことも別におれたちよりダメとか思ってないってば!」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます、ゾンプさん」
「っ、ぅ……」
今度こそ綺麗な笑顔を向けたアイリスを見て、ゾンプは言葉に詰まった。
「?」
「先生。気にしなくていい。それじゃ、言語の教科書の、中身は全部読めてる?」
モアに言われ、アイリスはゾンプから教科書へと目線を戻す。
「あ、ええと。……恐らくは、読めます。ただ」
「ただ?」
「言葉は読めても、意味の分からない単語や文章が、それなりにありますね……。例えば、ここの〈──その竜は、花精に呼びかけるように──〉の〈花精〉とか。花精ってなんですか?」
「先生、じゃなくて、人間って、花精知らないの?」
ケルウァズの問いに「申し訳ない事に、初めて見る単語です……」と、アイリスは苦笑いした。
「花精は花の精霊のこと。目には見えないけど、一個一個の花に居て、その花の命を守ってるって、わたし達は教わる」
モアの言葉に、アイリスは驚く。
「精霊って、存在するんですか……」
精霊なんて、お伽噺でしか見聞きする事もない存在だ。ある意味、竜より遠く、あり得ない存在として語られる。
「いる。見えないけど、自然の中にたくさん居るの。花精は花、草花の精霊で、木精は木に居る精霊。ここの庭にも、たくさん居る」
「え?」
続けてのモアのそれに、アイリスは目を見開いた。そして、庭を見渡す。
「……居るって、分かるんですか?」
「なんとなく。感覚で。精霊の機嫌が良いと、そっちから教えてくれることもあるの」
モアの言葉に、アイリスは庭をキョロキョロと見回しながら、
「今、その、どこにいるか、分かったりします?」
「今は……この辺には、あんまり。もっと奥の方にたくさん居る感じがする」
モアは庭をぐるりと眺め、アイリスがヘイル達に『あまり行ってはいけない』と釘を差されている庭の奥を指し示した。
「……それは、竜だから分かるのでしょうか? ……私は、……分からない、んでしょうか……?」
アイリスは五感を研ぎ澄ませてみても、惑いの森と似た気配しか感じられない。要するに、いつもと同じという事だ。
「それは、……どうなんだろう?」
モアは首を傾げ、ブランゼンへ目を向ける。
「そうねぇ……精霊を感じるっていうのは、そこに空気があるのを当たり前に思っていたり、水の中では水を触っている感覚がないのと似ているとも言うけれど……」
「分かる可能性はあるぞ」
「!」
低く透き通った声に、アイリス達が振り返る。
声の主、ヘイルは、読んでいた冊子を閉じ、顔を上げた。
「祖父から聞いた話だが、以前に、アイリスのように都に迷い込んできた人間の中に、精霊達を感じられる者がいたそうだ」
心の中で呟いて、目を伏せるアイリス。
「ゾンプ」
モアが、少々非難のこもった視線とともに、ゾンプを肘でつつく。
「えっ、あっ?! ちょっ、やっ、違くて!」
ゾンプは慌てたように身振り手振りを交え、声を張り上げた。
「ただ、大変そうだなーって! それだけ! だけだから! 人間のが劣ってるとか、別に思ってないし!」
「……はい。ありがとうございます」
アイリスは笑顔を作る。けれどそれは、憂いを帯びたものになってしまって。
「あああ! だから、違うんだって! 先生のことも別におれたちよりダメとか思ってないってば!」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます、ゾンプさん」
「っ、ぅ……」
今度こそ綺麗な笑顔を向けたアイリスを見て、ゾンプは言葉に詰まった。
「?」
「先生。気にしなくていい。それじゃ、言語の教科書の、中身は全部読めてる?」
モアに言われ、アイリスはゾンプから教科書へと目線を戻す。
「あ、ええと。……恐らくは、読めます。ただ」
「ただ?」
「言葉は読めても、意味の分からない単語や文章が、それなりにありますね……。例えば、ここの〈──その竜は、花精に呼びかけるように──〉の〈花精〉とか。花精ってなんですか?」
「先生、じゃなくて、人間って、花精知らないの?」
ケルウァズの問いに「申し訳ない事に、初めて見る単語です……」と、アイリスは苦笑いした。
「花精は花の精霊のこと。目には見えないけど、一個一個の花に居て、その花の命を守ってるって、わたし達は教わる」
モアの言葉に、アイリスは驚く。
「精霊って、存在するんですか……」
精霊なんて、お伽噺でしか見聞きする事もない存在だ。ある意味、竜より遠く、あり得ない存在として語られる。
「いる。見えないけど、自然の中にたくさん居るの。花精は花、草花の精霊で、木精は木に居る精霊。ここの庭にも、たくさん居る」
「え?」
続けてのモアのそれに、アイリスは目を見開いた。そして、庭を見渡す。
「……居るって、分かるんですか?」
「なんとなく。感覚で。精霊の機嫌が良いと、そっちから教えてくれることもあるの」
モアの言葉に、アイリスは庭をキョロキョロと見回しながら、
「今、その、どこにいるか、分かったりします?」
「今は……この辺には、あんまり。もっと奥の方にたくさん居る感じがする」
モアは庭をぐるりと眺め、アイリスがヘイル達に『あまり行ってはいけない』と釘を差されている庭の奥を指し示した。
「……それは、竜だから分かるのでしょうか? ……私は、……分からない、んでしょうか……?」
アイリスは五感を研ぎ澄ませてみても、惑いの森と似た気配しか感じられない。要するに、いつもと同じという事だ。
「それは、……どうなんだろう?」
モアは首を傾げ、ブランゼンへ目を向ける。
「そうねぇ……精霊を感じるっていうのは、そこに空気があるのを当たり前に思っていたり、水の中では水を触っている感覚がないのと似ているとも言うけれど……」
「分かる可能性はあるぞ」
「!」
低く透き通った声に、アイリス達が振り返る。
声の主、ヘイルは、読んでいた冊子を閉じ、顔を上げた。
「祖父から聞いた話だが、以前に、アイリスのように都に迷い込んできた人間の中に、精霊達を感じられる者がいたそうだ」
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