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第二章 竜の文化、人の文化
三十五話
しおりを挟む「あのね、アイリスちゃん。前もって言っておくとね」
粗方物を出し終えたらしいウェイレが、それらからアイリスへと顔を向け、申し訳無さそうな表情になる。
「はい」
「ボクね、直接人間を診るのはこれが初めてなんだよね。だから、これまでヘイルや他の竜達が残しておいてくれた資料とかを元に診ていくことになっちゃうんだけど、どうしても竜目線になりやすいから、変なことを言っちゃうかも知れない。そしたら逆に、アイリスちゃんから指摘してほしいんだ」
不甲斐ない医者でごめんね。そう言ったウェイレにアイリスは目を瞬かせ、次には慌てて手と首を振る。
「いえ、そんな。竜の都に人間がいるのは本当に珍しいことなのだと、私も理解していますし。私の拙い知識で良ければ、ですが、ウェイレさんの手助けになるなら使わせて頂きます」
「ありがとう、アイリスちゃん。それじゃあ、今度こそ診察を始めるよ。早速なんだけど、立てるかな? 無理そうだったら座ってていいよ」
診察を始めると言ったウェイレは、出された台の上、幾つかあるうちの中の比較的薄い紙束──よく見ると冊子になっているそれを持ちながら、アイリスへと問いかけた。
「あ、はい。……立てます、大丈夫です」
少しの動作確認をして、アイリスはソファから降り、その場に立つ。
「おっけおっけ。じゃあ、ちょっとそのまま待っててね。邪魔なものをどかしちゃうから」
言うと、ウェイレは腕をゆるく振り、途端後ろのソファや前のテーブルや、アイリスの近くにあったものが脇に追いやられていく。しかし、ファスティが座る一竜用肘掛け椅子は動かず、どかされる物もその場所は避けて動く。
(い、今のも魔法……どういう原理なのかしら……?)
驚きつつ、アイリスがそれを興味深く見つめていると。
「はい、それじゃアイリスちゃん。そのまままっすぐ立っててくれるかな? なるべく動かないでね」
「は、はいっ」
「緊張しなくていいからね~。今からするのは、体の構造やらを読み取るするっていうものだよ」
ビシリと直立したアイリスの近くまで寄り、ウェイレは再び腕を、今度はアイリスの頭上を滑るように動かした。
「? ……!」
なんだろう? とちらりと上を見やると、アイリスの頭上に、青白い光を放つ円形の、そしてその中にびっしりと細かく紋様が施されたものが展開される。
それは傘ほどの大きさをしており、本の挿絵などで見たモノ、所謂〈魔法陣〉と酷似していた。ウェイレが持つ冊子も、同じ色の光を放っている。
「はい、気になるかもだけど、今は前を向いててね~」
「あっ、は、はい」
アイリスが前へ向き直ったのを確認したウェイレは、人差し指を魔法陣へ向け、それをゆっくりと下に下ろしていく。
(……!)
すると、魔法陣もそれに倣うように下へと移動していく。実体がないのか、自分の体を通り抜けていくそれをアイリスは目を丸くして眺め、やがてそれはアイリスの足元、絨毯の敷かれた床にまで着くと、
「はい、動いていいよ~」
パッと消えた。同時に、同じ光を放っていた冊子が、一層強く光を放つ。
(なに? あれは、どういう原理? 同じ光の色からして、何らかの関係があるのだろけれど……)
アイリスがそれをジッ……と見つめていると、紙の光も程なくして消えた。
「はい。じゃあ今度は、これを手首につけてね。これはね、色々な数値を測る計測器だよ」
ウェイレが白い上着の外ポケットから腕輪のようなものを取り出し、アイリスに手渡す。
「あ、左でも右でもどっちでもいいよ」
「はい、分かりました。……?!」
言われた通りに、こちらも細かな紋様が刻まれた腕輪を左手首に嵌めると、アイリスには少し大きかったそれが、一瞬にしてちょうど良いサイズへと変化した。そして、刻まれた紋様が、淡く青白く光りだす。
「そしたら一旦座っててね~。後ろに椅子戻しといたから」
ふい、とウェイレが腕を振ったかと思うと、その言葉通り、ソファが元の位置に戻っていた。
アイリスは、さっきの魔法陣らきしものやこの腕輪の事が気になったが、言われたとおりにソファに腰掛ける。そして、持っている冊子と置いてあった紙束をパラパラと捲って交互に見ていくウェイレの、次の指示を待った。
ウェイレは自分が出した、丸くて回転する座面が付き、その足底部分は床の摩擦など無いかのように滑らかに移動する椅子に座り、先ほど光った冊子の方だけを改めて手に取った。
「まず、さっきのを簡単に説明すると、あれはあの陣の中を通ったモノ、今回はアイリスちゃんの体だね。その構造なんかを把握するためのものです。ボクらは読み取り機って呼んでるよ。で、これがその読み取ったアイリスちゃんの情報だね」
ウェイレが冊子を持っていない方の手──右手を冊子の表紙に添える。と、フォン、という音と共に、そこから浮き上がるようにして空中に、青白い文字と、
「こ、これ……私、ですか……?」
同じように青白く半透明な、実寸からすると五分の一ほどの大きさの、アイリスの姿が立体で形成された。
粗方物を出し終えたらしいウェイレが、それらからアイリスへと顔を向け、申し訳無さそうな表情になる。
「はい」
「ボクね、直接人間を診るのはこれが初めてなんだよね。だから、これまでヘイルや他の竜達が残しておいてくれた資料とかを元に診ていくことになっちゃうんだけど、どうしても竜目線になりやすいから、変なことを言っちゃうかも知れない。そしたら逆に、アイリスちゃんから指摘してほしいんだ」
不甲斐ない医者でごめんね。そう言ったウェイレにアイリスは目を瞬かせ、次には慌てて手と首を振る。
「いえ、そんな。竜の都に人間がいるのは本当に珍しいことなのだと、私も理解していますし。私の拙い知識で良ければ、ですが、ウェイレさんの手助けになるなら使わせて頂きます」
「ありがとう、アイリスちゃん。それじゃあ、今度こそ診察を始めるよ。早速なんだけど、立てるかな? 無理そうだったら座ってていいよ」
診察を始めると言ったウェイレは、出された台の上、幾つかあるうちの中の比較的薄い紙束──よく見ると冊子になっているそれを持ちながら、アイリスへと問いかけた。
「あ、はい。……立てます、大丈夫です」
少しの動作確認をして、アイリスはソファから降り、その場に立つ。
「おっけおっけ。じゃあ、ちょっとそのまま待っててね。邪魔なものをどかしちゃうから」
言うと、ウェイレは腕をゆるく振り、途端後ろのソファや前のテーブルや、アイリスの近くにあったものが脇に追いやられていく。しかし、ファスティが座る一竜用肘掛け椅子は動かず、どかされる物もその場所は避けて動く。
(い、今のも魔法……どういう原理なのかしら……?)
驚きつつ、アイリスがそれを興味深く見つめていると。
「はい、それじゃアイリスちゃん。そのまままっすぐ立っててくれるかな? なるべく動かないでね」
「は、はいっ」
「緊張しなくていいからね~。今からするのは、体の構造やらを読み取るするっていうものだよ」
ビシリと直立したアイリスの近くまで寄り、ウェイレは再び腕を、今度はアイリスの頭上を滑るように動かした。
「? ……!」
なんだろう? とちらりと上を見やると、アイリスの頭上に、青白い光を放つ円形の、そしてその中にびっしりと細かく紋様が施されたものが展開される。
それは傘ほどの大きさをしており、本の挿絵などで見たモノ、所謂〈魔法陣〉と酷似していた。ウェイレが持つ冊子も、同じ色の光を放っている。
「はい、気になるかもだけど、今は前を向いててね~」
「あっ、は、はい」
アイリスが前へ向き直ったのを確認したウェイレは、人差し指を魔法陣へ向け、それをゆっくりと下に下ろしていく。
(……!)
すると、魔法陣もそれに倣うように下へと移動していく。実体がないのか、自分の体を通り抜けていくそれをアイリスは目を丸くして眺め、やがてそれはアイリスの足元、絨毯の敷かれた床にまで着くと、
「はい、動いていいよ~」
パッと消えた。同時に、同じ光を放っていた冊子が、一層強く光を放つ。
(なに? あれは、どういう原理? 同じ光の色からして、何らかの関係があるのだろけれど……)
アイリスがそれをジッ……と見つめていると、紙の光も程なくして消えた。
「はい。じゃあ今度は、これを手首につけてね。これはね、色々な数値を測る計測器だよ」
ウェイレが白い上着の外ポケットから腕輪のようなものを取り出し、アイリスに手渡す。
「あ、左でも右でもどっちでもいいよ」
「はい、分かりました。……?!」
言われた通りに、こちらも細かな紋様が刻まれた腕輪を左手首に嵌めると、アイリスには少し大きかったそれが、一瞬にしてちょうど良いサイズへと変化した。そして、刻まれた紋様が、淡く青白く光りだす。
「そしたら一旦座っててね~。後ろに椅子戻しといたから」
ふい、とウェイレが腕を振ったかと思うと、その言葉通り、ソファが元の位置に戻っていた。
アイリスは、さっきの魔法陣らきしものやこの腕輪の事が気になったが、言われたとおりにソファに腰掛ける。そして、持っている冊子と置いてあった紙束をパラパラと捲って交互に見ていくウェイレの、次の指示を待った。
ウェイレは自分が出した、丸くて回転する座面が付き、その足底部分は床の摩擦など無いかのように滑らかに移動する椅子に座り、先ほど光った冊子の方だけを改めて手に取った。
「まず、さっきのを簡単に説明すると、あれはあの陣の中を通ったモノ、今回はアイリスちゃんの体だね。その構造なんかを把握するためのものです。ボクらは読み取り機って呼んでるよ。で、これがその読み取ったアイリスちゃんの情報だね」
ウェイレが冊子を持っていない方の手──右手を冊子の表紙に添える。と、フォン、という音と共に、そこから浮き上がるようにして空中に、青白い文字と、
「こ、これ……私、ですか……?」
同じように青白く半透明な、実寸からすると五分の一ほどの大きさの、アイリスの姿が立体で形成された。
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