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第二章 竜の文化、人の文化
二十九話
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あの亜麻色の竜が自分を呼んだ。
それを頭で理解する前に、ヘイルは窓の桟に足をかけ、飛び出す。
刹那の間に竜となり、白銀の翼を大きく羽ばたかせる。伸び上がるような軌道を描き、落下していくアイリスの元へと急ぐ。
(何がどうなって……?!)
いつの間にこんな状況になっていたのか。ファスティやブランゼンからの連絡も無かった。
いや、会議をしていたから連絡を受けられなかったのか。
「……っ」
己の羽ばたきや風で弾かないよう注意しながら、か細く悲鳴を上げる小さな竜に一気に近付く。
アイリスは気が動転しているのか翼の動きは完全に停止し、こちらにも気付かず、重力に身を任せるだけになっていた。
「アイリス!」
咆哮のように声を張る。落ちながらもびくりと動いたその反応に、僅かに安堵した。
「アイリス」
ふわりと、アイリスへ向けて柔らかな風を放つ。
するとだんだんと落下速度が緩やかになっていき、ヘイルは亜麻色の小さな竜を、頭の角の間で受け止める事に成功した。
「……、……ぁ、…………え? あ」
もぞり、とアイリスが頭の上で緩慢な動きをするのを、鱗からの感触で捉える。
「……ヘ、……ヘイル……さん?」
幽かに震えながら問うてくるその声に、ヘイルは今度こそ安堵の溜め息をもらした。
(相当怯えているな)
さてどこから何を聞くかと、頭の中で言葉を組み立て始めたヘイルだったが。
「ヘイル、さん……」
(ん?)
「ヘイルさんっ、う、ぅぅう、うわあぁああああん!!!」
「?!」
安心したのか、アイリスはぼろぼろと涙を零し、がっしりとヘイルの頭に爪を立て泣きじゃくり始めた。
「わたっ、私っ……! 急に、こんなっ……そらっ……?! なんっ、で、か……」
アイリスは泣きながら、つっかえつっかえなんとか喋る。
けれどやはりしっかりした文章にはならず、ヘイルは続きを促すのを断念した。
「……大丈夫だ、アイリス。もう安心して良い」
凪いだ虚空に低い声が広がり、どくどくと速まっていた小さな鼓動が落ち着いていく。
魔力の流れも安定し、震えもだんだんと治まっていく。
「……アイリス、翼無──人間の姿に、戻れるか?」
なるべく静かな調子で問うと、竜はふるふると首を振った。
「……わ、分からないんです。出来るか、どうかも……そもそも、どうやってこの姿になれたのか……」
ここまで飛べてしまったのも……とまた不安そうな声になり、小さな亜麻色の竜は白銀の鱗の上で背を丸めた。
「そうか……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、謝る事ではない」
(姿を変えた、とは違うようだが……しかしそうなら……)
我々竜と、アイリスは同じ事が出来る、とそういう事にならないだろうか。そんな考えがヘイルの脳裏を掠めた。
「……いや、今は」
「? ヘイル、さん?」
「大丈夫だ。少し体勢を変えるぞ」
「えっ? あ、はい……ひぁっ!」
また空中に浮かせたアイリスが、それに驚きびくりと羽を動かす。
「ああ心配するな。すぐ終わる」
「っえ」
一瞬で人の姿になったヘイルに抱き留められ、人の時と変わらない大きさの竜は、また無意識に爪を立てた。
「ほら、もう大丈夫だろう」
「え、ヘ、ヘイルさ──」
『ヘイル!!』
「ひゃあっ?!」
それを頭で理解する前に、ヘイルは窓の桟に足をかけ、飛び出す。
刹那の間に竜となり、白銀の翼を大きく羽ばたかせる。伸び上がるような軌道を描き、落下していくアイリスの元へと急ぐ。
(何がどうなって……?!)
いつの間にこんな状況になっていたのか。ファスティやブランゼンからの連絡も無かった。
いや、会議をしていたから連絡を受けられなかったのか。
「……っ」
己の羽ばたきや風で弾かないよう注意しながら、か細く悲鳴を上げる小さな竜に一気に近付く。
アイリスは気が動転しているのか翼の動きは完全に停止し、こちらにも気付かず、重力に身を任せるだけになっていた。
「アイリス!」
咆哮のように声を張る。落ちながらもびくりと動いたその反応に、僅かに安堵した。
「アイリス」
ふわりと、アイリスへ向けて柔らかな風を放つ。
するとだんだんと落下速度が緩やかになっていき、ヘイルは亜麻色の小さな竜を、頭の角の間で受け止める事に成功した。
「……、……ぁ、…………え? あ」
もぞり、とアイリスが頭の上で緩慢な動きをするのを、鱗からの感触で捉える。
「……ヘ、……ヘイル……さん?」
幽かに震えながら問うてくるその声に、ヘイルは今度こそ安堵の溜め息をもらした。
(相当怯えているな)
さてどこから何を聞くかと、頭の中で言葉を組み立て始めたヘイルだったが。
「ヘイル、さん……」
(ん?)
「ヘイルさんっ、う、ぅぅう、うわあぁああああん!!!」
「?!」
安心したのか、アイリスはぼろぼろと涙を零し、がっしりとヘイルの頭に爪を立て泣きじゃくり始めた。
「わたっ、私っ……! 急に、こんなっ……そらっ……?! なんっ、で、か……」
アイリスは泣きながら、つっかえつっかえなんとか喋る。
けれどやはりしっかりした文章にはならず、ヘイルは続きを促すのを断念した。
「……大丈夫だ、アイリス。もう安心して良い」
凪いだ虚空に低い声が広がり、どくどくと速まっていた小さな鼓動が落ち着いていく。
魔力の流れも安定し、震えもだんだんと治まっていく。
「……アイリス、翼無──人間の姿に、戻れるか?」
なるべく静かな調子で問うと、竜はふるふると首を振った。
「……わ、分からないんです。出来るか、どうかも……そもそも、どうやってこの姿になれたのか……」
ここまで飛べてしまったのも……とまた不安そうな声になり、小さな亜麻色の竜は白銀の鱗の上で背を丸めた。
「そうか……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、謝る事ではない」
(姿を変えた、とは違うようだが……しかしそうなら……)
我々竜と、アイリスは同じ事が出来る、とそういう事にならないだろうか。そんな考えがヘイルの脳裏を掠めた。
「……いや、今は」
「? ヘイル、さん?」
「大丈夫だ。少し体勢を変えるぞ」
「えっ? あ、はい……ひぁっ!」
また空中に浮かせたアイリスが、それに驚きびくりと羽を動かす。
「ああ心配するな。すぐ終わる」
「っえ」
一瞬で人の姿になったヘイルに抱き留められ、人の時と変わらない大きさの竜は、また無意識に爪を立てた。
「ほら、もう大丈夫だろう」
「え、ヘ、ヘイルさ──」
『ヘイル!!』
「ひゃあっ?!」
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