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第二章 竜の文化、人の文化

二十四話

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「え?」
「……いや、思い過ごし……ではないでしょうね。最近あまり風向きが宜しくなくて」

 アイリスは更に目を瞬く。

「宜しくない、とは」
「様々ありますが……一つ言えるのは、新規開拓が上手くいってないんですよね」

 眉を顰め、腕を組むタウネ。

「年長者はこの程度良くあったと言いますが、だからといって悠長に構えていい筈がないのに」

 溜め息を落とし、

「そもそも味や形態が画一的になりすぎなんですよ。緩やかな変化、なんてもんじゃなく凝り固まっていると私は思います」

 視線も落とす。

「好みの細分化の向きもあるのに、そういった研究もあまりしようとしないし。手を加えたがらないんです。伝統と言えば聞こえは良いですが、なんとも新鮮味に欠けるとも。ウチのも──」

 タウネはふと、

「なんか……」
「大変そうですね」

 顔を見合わせるダンファとズィンと、

「……」

 神妙な面持ちのアイリスに気付き、「……おっと」と軽く咳払いした。

「失礼しました」
「いえ、……その、そしたらトゥリバーさんは」

 神妙な顔のまま、アイリスは置かれた紙に視線を落とす。

「どんな新しい風にしたいか、もう考えてらっしゃるんですね」

 その言葉に、今度はタウネの目が見開かれた。

「その一つが、先ほどのものでしょうか?」
「……そ、うですね」

 頷きを見て、アイリスもそれに頷き返す。

(やっぱり、勉強も商売も熱心な方だ。それなら、)
「それならトゥリバーさん。今は作っていない昔のお酒を作ってみたりはしているのですか?」
「は?」

 上擦った声が上がる。

(そういえば。私が何か言うと、相手の方は結構な確率でこんな風になさったっけ)

 けれど、何故か今はそれほど緊張しない。そんな事を考えながら、アイリスは続ける。

「いえ、流行り廃りは廻るものとも申しますか。なにより」

 人の酒は。

「私達の所のものは、皆さんの後追いに見えるのです」

 全てが全てそうではない。けれど端々に、似通った以上のものが見られる。
 辿るような、なぞるような、そんな流れが。

「……その、そちらの研究もアリだとは思います。けど、あの、」

 タウネのみならずダンファ達も目を丸くした事で、アイリスは謎に焦り出す。

「えぇと、昔のお酒と言ったのはですね、それなら最近の方は知りませんし、逆に旧きを大切にするという方々にも受け入れられるのではないかと、そんな感じを、えっとですね」
「落ち着け」
「ひゃっ?」

 後ろからの声に、アイリスは身体全体で跳ねた。

(いつ、いつの間に?!)

 凭れていた筈の木へ目を向ければ、そこに姿はなく。
 だとすればやはり、今、自分の後ろにいるのは。

「なかなかに興味深い話だな、タウネ」

 そこで動けなくなったアイリスに構わず、頭上を声が越えていく。

「……、は、ぁ……そう、ですね…………そうですね……これは」

 目線をテーブルやアイリスやヘイルへ向け、ややあってタウネの口の端が上がった。

「成る程、興味深いです。そこを攻めれば、また」

 なんとなく悪そうな顔になったタウネと、後ろから存在感を放つヘイル。
 さっきまでの話はすっぽりと頭から抜け、この場から影の如く立ち去りたいアイリスだったが。

「アイリスさん」
「はぃっ!」

 手を差し出され、反射的に握手を交わす。

「……へ」
「ありがとうございます。なにやら出口が見えた気分です。いや、入口かな」

 にこやかなタウネに、先ほどの空気は解けたと、アイリスも力が抜ける。

「……いえ、こちらこそ」
「……………………アイリス」
「……」

 一瞬とはいえ、完全に気が抜けていた。
 そう思うアイリスの斜め下・・・に、景色を映す長髪が見えた。

「何故、それは良くて、これは駄目なんだ?」
(なぅ、ちが、なっ……?! それとこれって何?!)

 ぎこちなく首を回せば、案の定。屈んでこちらを見上げるヘイルがいた。
 仏頂面で、テーブルに頬杖を突いて。

「あー、いえ……」

 タウネに手を解かれ、アイリスは自由になる。

「…………っ」

 そして無言で、そろそろと下がり始める。

「……」
「ヘイル」

 こちらに来るブランゼンを視界の端に捉えながら、アイリスはじりじりと距離を取り──

「「ぁー」」

 ダンファ達の声を聞きながら、腰を落として頭を下げた。

「……アイリス」
「ヘイル」

 その後、僅かに嘆息の音が聞こえ。

「……悪かった」

 その言葉に、アイリスの肩がぴくりと揺れる。
 けれど結局、顔は上げられなかった。


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