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第二章 竜の文化、人の文化
二十二話
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「自分なりに調べはしましたけれど、やっぱりこちらの技術力は素晴らしいですね」
そう何日もかけないで、アイリスは何度も目を見張る事になった。
「質は高いし安定してますし、値段もお手頃なものが多くありますし……こっち、えぇと人の物とは全然違います」
全ての物品に言えそうだが。と、それは話がずれるのでアイリスは口にしない。
(これ、私がトゥリバーさんに何か言える事があるのかしら?)
「生産過程や種類も違うとは聞きましたが……」
向き合い、タウネは真剣な眼差しをアイリスに向ける。テーブルに広げられたメモや一覧から上げた顔は、冒険にでも出掛けるような。
「人間の〈酒〉……文化というものは、どのようなものなんでしょう?」
「そうですね、表にしてみたのがこれなんですが」
ダンファとズィンも、タウネの横から顔を出す。
「人間……といっても主に、私の住んでいた場所の色が濃いですけど」
なるべく詳細に思い出し、書き出した紙を示す。
(……〈紙〉も、ここでは普通に流通してる)
薄くざらつきの少ないそれを撫で、アイリスはまた一人感嘆する。
羊皮紙でない、木材を元に作られた紙。大量に生産、流通するそれは、モノによっては防火防水の保護が掛けられてもいるという。
(こんなにさらっさらで光沢もあるのに……これが普通って……)
「……聞き及んではいましたが、読み書きの不自由も無くなったんですね……」
「……え、あ! いえ?!」
アイリスの逸れかけていた思考が、タウネの声で目の前に戻る。
「なんとかここまで辿り着いただけで。時間もかけましたから、それなりには、なっている……とは」
首を振り、自信なさげにアイリスは答える。
手を引っ込めたその紙には、人間の文字と竜の文字とが、並列して記載されていた。
タウネに人の字は読めないが、竜の名称、説明文。文法の違和感が無いだけでなく、誤字脱字さえ見当たらなかった。
「あと絵も上手いよな、先生」
「説明も分かり易いです」
「?!」
前からだけでなく、左右からの言葉も受け、アイリスはまた動揺した。
「は、え、……ぃ、今は! その、」
アイリスはテーブルに手を突き、魔力を流す。
そこから何本も蔓が延び、太くなる。更には葉が茂り、丸い実が連なる房が幾つも垂れた。
「お酒の話です! 私の所では、基本葡萄酒が多いです!」
タウネは呆気にとられたように、瞬く間に形作られた葡萄を見つめ、
「時々強引だよな」
ダンファ達はいつものように、それらを眺めた。
「後は、林檎とか蜂蜜酒とか……蜂蜜酒は貴重ですけれど……」
アイリスの声に合わせ林檎が幾つか、浮かび上がるように構築される。
「育てるのも収穫も、加工もほとんど全て人力です。最近は規模を大きくして人手を増やし、生産性を高める所も出て来てはいるようですが」
まだまだ村単位が多い上、質──その育成・加工技術は。
『良く言えば伸びしろしかない』
そう、以前に父と話していた商人の言葉を思い出す。
「魔法を使わない……本当にそういった仕組みなのですね……」
どこか感慨深い声で呟くタウネに、アイリスは恐縮する。
「全くと言っていいほど、人間は魔力を持たないので……使わないと言うか……使えないと言うか……」
なんとなく唸るように言い添え、
「でも先生は使えるよな。普通に」
ダンファの言葉に肩が跳ねた。
そう何日もかけないで、アイリスは何度も目を見張る事になった。
「質は高いし安定してますし、値段もお手頃なものが多くありますし……こっち、えぇと人の物とは全然違います」
全ての物品に言えそうだが。と、それは話がずれるのでアイリスは口にしない。
(これ、私がトゥリバーさんに何か言える事があるのかしら?)
「生産過程や種類も違うとは聞きましたが……」
向き合い、タウネは真剣な眼差しをアイリスに向ける。テーブルに広げられたメモや一覧から上げた顔は、冒険にでも出掛けるような。
「人間の〈酒〉……文化というものは、どのようなものなんでしょう?」
「そうですね、表にしてみたのがこれなんですが」
ダンファとズィンも、タウネの横から顔を出す。
「人間……といっても主に、私の住んでいた場所の色が濃いですけど」
なるべく詳細に思い出し、書き出した紙を示す。
(……〈紙〉も、ここでは普通に流通してる)
薄くざらつきの少ないそれを撫で、アイリスはまた一人感嘆する。
羊皮紙でない、木材を元に作られた紙。大量に生産、流通するそれは、モノによっては防火防水の保護が掛けられてもいるという。
(こんなにさらっさらで光沢もあるのに……これが普通って……)
「……聞き及んではいましたが、読み書きの不自由も無くなったんですね……」
「……え、あ! いえ?!」
アイリスの逸れかけていた思考が、タウネの声で目の前に戻る。
「なんとかここまで辿り着いただけで。時間もかけましたから、それなりには、なっている……とは」
首を振り、自信なさげにアイリスは答える。
手を引っ込めたその紙には、人間の文字と竜の文字とが、並列して記載されていた。
タウネに人の字は読めないが、竜の名称、説明文。文法の違和感が無いだけでなく、誤字脱字さえ見当たらなかった。
「あと絵も上手いよな、先生」
「説明も分かり易いです」
「?!」
前からだけでなく、左右からの言葉も受け、アイリスはまた動揺した。
「は、え、……ぃ、今は! その、」
アイリスはテーブルに手を突き、魔力を流す。
そこから何本も蔓が延び、太くなる。更には葉が茂り、丸い実が連なる房が幾つも垂れた。
「お酒の話です! 私の所では、基本葡萄酒が多いです!」
タウネは呆気にとられたように、瞬く間に形作られた葡萄を見つめ、
「時々強引だよな」
ダンファ達はいつものように、それらを眺めた。
「後は、林檎とか蜂蜜酒とか……蜂蜜酒は貴重ですけれど……」
アイリスの声に合わせ林檎が幾つか、浮かび上がるように構築される。
「育てるのも収穫も、加工もほとんど全て人力です。最近は規模を大きくして人手を増やし、生産性を高める所も出て来てはいるようですが」
まだまだ村単位が多い上、質──その育成・加工技術は。
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そう、以前に父と話していた商人の言葉を思い出す。
「魔法を使わない……本当にそういった仕組みなのですね……」
どこか感慨深い声で呟くタウネに、アイリスは恐縮する。
「全くと言っていいほど、人間は魔力を持たないので……使わないと言うか……使えないと言うか……」
なんとなく唸るように言い添え、
「でも先生は使えるよな。普通に」
ダンファの言葉に肩が跳ねた。
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