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第二章 竜の文化、人の文化

十三話

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「まあ、あれだ。ブランゼンは俺との事で、常時アイリスと居られないんじゃないかと……考えた訳だ」

 ヘイルは対面する二つの顔へ言いながら、隣で微笑む横顔に視線を寄越す。

「それで、ファスティに来て貰う事にした。……ファスティ、すまないが」
「はい」

 ファスティと呼ばれた、気品ある佇まいと笑みを崩さない人物が、前へ出る。

(……いえ、この方も竜。雰囲気が似ているだけ、大丈夫)

 厳しい叱責の声を思い出しかけ、アイリスの息が詰まった。それに気付いているのかどうか、ファスティは髪と同色の紺のドレスを持ち上げ、柔らかに挨拶する。

「ファスティ・シャツァタリマンと申します。ヘイル坊ちゃまからお話は伺っております、アイリスさん」
「っは、はい……!」

 略式の、けれど完璧なカーテシー。それを目の当たりにしたアイリスの声が上擦る。

「どうぞ、わたくしの事は、召使いくらいに考えて下さいな」
「め、召し……?! そんな、とんでもありません!」

 思わず声が大きくなり、アイリスは慌てて口を閉じた。そして一瞬固まったかと思うと、また慌てて姿勢を正す。

「し、失礼しました……! アイリス、……と申します」

 同様に挨拶カーテシーを、少しはやりながらも型通りに行う。それを見たファスティの目は僅かに見開かれ、またすぐに笑みを湛えた。

「ふふ、いえ。宜しくお願い致しますね」
「は、はい……っ」

 強張ったアイリスの返しに、ファスティは懐かしげに頷き、

「ブランゼンお嬢様の幼い頃を思い出しますねえ」
「……え、は、え?」
「私はもうそんな歳お嬢様じゃないわよ、ファスティ」

 ブランゼンが苦笑する。

「ファスティ……敢えて流していたが、その……坊ちゃまも止してくれ」
「いえいえ、歳など関係御座いません。私にとってはいつまでも、ヘイル坊ちゃまとブランゼンお嬢様です」

 どことなく居心地の悪そうなヘイルへ、ファスティは涼しい顔を向ける。

「隠居していた所へお声がかけられたのですから、これくらいはお許し下さいな。ねえ、アイリスさん」

 振り向き、ファスティはアイリスへ微笑みかけた。

「えっ……えあ、と」

 先程までとは違う戸惑いを浮かべ、アイリスは三竜を見回す。

「ね?」

 ファスティは腰を屈め、アイリスと目線を合わせる。その表情かおは、どこか楽しそうに弾んで見えた。

「あ……そ、そうで、す、ね……?」
「アイリス、気持ちは分かるが押されるな」
「無理を言うんじゃないわよヘイル」

 気が削がれたようにブランゼンは言い、

「そろそろ皆が来る頃だわ」
「!」

 その呟きに、アイリスも表情を引き締める。

「すみませんシャツァタリマンさん。これから来客がありまして」

 アイリスの言葉に、ファスティはゆっくりと頷く。

「はい、その事も伺っております」
「え?」
「もうその方々も、あちらに」
「え?」

 手で上を示され、アイリスは追いかけるように空を見た。

「おはようアイリス! 今日から……あ?」

 その先から屋根を越え、七つの影が降りてくる。

「知らない竜がいる」
「だれ」
「……さあ」

 降り立ったゾンプ達は一瞬で人の姿に変わり、アイリスの家の前で顔を見合わせた。


  ◆


「まじ?! 城の管理してたの?!」
「その前は乳母……それに、先生代わりも……!」

 興奮するゾンプ達へ、ファスティはゆっくりと、聞き取り易い声で応える。

「はい、その通りで御座います。アイリスさんだけでなく皆さんへも、何かしらお教え出来るかと」
「まじ?!!」
「先生が増えた」
「え、そのっじゃあ、例えば──」
「僕もちょっと聞きたいんだけど」

 玄関から庭へと移動すると、ゾンプ達はファスティを囲み、色々と質問を投げ始める。

「あの、皆さん。そんなにいっぺんに話すと、シャツァタリマンさんが困ってしまいます」

 アイリスはなんとか割って入り、ゾンプ達の興奮を静めようとする。

「ていうか、そもそもアイリスにも聞きたい事が」
「そうだった!」
「……ダンファ。呼び捨てじゃなくて、アイリス先生にしようって……昨日……」

 ドゥンシーの言葉に、アイリスは目を瞬く。

「へ、え? ……先生?」
「そっちもそうだった!」
「えっえっ?! 私そんな、先生なんて務まりません?!」

 アイリスは慌てて首を振る。それを見たケルウァズが面倒そうに、オレンジの頭を掻いて。

「一応さ、僕らの方が押しかけてきた形だから。誠意を見せようって」
「わたしの発案」

 胸を張るモアへ、アイリスは目を白黒させた。

「……で、もう一度聞くけど」

 そんな彼らから少し離れ、ブランゼンは口を開く。

「監視を付ける、ですって?」

 睨みを利かせるブランゼンに、ヘイルは渋い顔で頷いた。


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