竜の都に迷い込んだ女の子のお話

山法師

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第二章 竜の文化、人の文化

十二話

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『どうだろう? ヘイル。監視という言葉の聞こえが悪ければ、審査、と言い換えても良いだろう』
「……仮に、監視だか審査だかで根拠を作り出したとして。そちらはそれに耳を傾けるのか? 問答無用で跳ね退けないと言い切れるか?」

 ヘイルの声に、明確に苛立ちが混じる。

「そもそも、竜であれ人であれ、個々の危険度をどう測るという? その監視の期間も、どう算出するつもりだ? 我々りゅうの認識で動けば、一生監視の身となる可能性も高い」
『……ヘイル』

 低く朗々とした声に、ヘイルはそちらへ目を向ける。

「……何か。金華の長」
『その意見も、真っ当なものだろう』

 その言葉に、ヘイルは僅かに瞠目する。

『しかしだ。歴史と言われるまでになった期間の、もはや当たり前とされる認識は、簡単には覆らないのだよ』

 それを聞いたヘイルの溜め息と、金華の長の溜め息が重なる。

『覆すには、相応の時間と努力が必要だ。我々の認識が古いと主張するならば、玻璃の長よ。その新しい価値観を、不変のものとする努力が必要になる』

 ヘイルの眉が、僅かに動く。マーガントの目が見開かれる。

『新しい住民の生活も、元からいる住民の安寧も、我々は考えねばならない。よって私も、監視は一定期間必要と考える』

 金華の長は、ゆっくりと口を閉じた。

『私は別に要らないと思うけどなあ。さっきも言ったけど、歳を直しても百九十以下みせいねんで女の子でしょ?』

 プツェンの声に、ヘイルは溜め息を落とす。

「その部分も要素としてあるが……ただ居を移した竜にするように、安心と安定を。その対象にこそ提供すべきだと、長の立場なら考えないのか」

 その言葉に、首を縦に振るのは一竜ひとりだけ。

『人間だって住民は住民だしねー。でも今の所、四対二で負けてるよ。ヘイル』
「少数派の意見を切り捨てるのもどうかと思うが……これでは議論の終わりが見えない」

 ヘイルは淋しげに視線を巡らせ、

「あなた方はどこまで、〈人間〉について知っているというのか。それを持ち出すと切りがないので、止めて置くが」

 それを聞いたマーガントが、また何かを言う前に。

瑠璃の長マーガント、人間に監視を置く事について、貴方はどれだけの期間が必要と考える?」
『っ?! …………五十年は見るべきだろう』
「それだと個体によっては寿命を迎えるが?」
『っお前……!』

 マーガントの握り込まれた手の甲に、血管が浮き出る。

『はいじゃあヘイルはどう考えてるの』

 プツェンは言って、呆れ顔で二竜を見比べた。

「……長くて一年だ」

 それにとても渋い顔をして、ヘイルは低く言葉を零す。

『なっ』
『それはまた、短いな』

 マーガントとシュツラの声に、ヘイルはまた溜め息を吐く。

「人の一年は、竜の十年以上に相当する。そう考えれば充分だ。その上保護した人間は、未成年といえる年齢。心身ともに外からの影響を受け易く……そんな時に監視などと、悪影響この上ない」

 ヘイルは肩を竦め、

「しかし今の私に、あなた方を瞬時に説き伏せる力はない。よって、最大限の譲歩という形で、その提案を受け入れよう」
『お前……本当に、口が過ぎるぞ……?』

 こちらへ飛びかかってきそうな形相で、マーガントは抑えた声を出す。ヘイルはそれには応えず、受け流すようにして話を進める。

「先ほど、長くて一年と言ったが。この期間は最長・・であり、状況によって短縮される事も大いに考えられる。監視の者も、当然こちらが選出する」
『私もそれに賛成』

 同意したプツェンと頷くレーゲを見て、ヘイルは少し肩の力を抜いた。

「……それと、そもそも。議題に上がった人間についてだが」

 全体を見渡し、念を押すように言う。

「何の問題も孕まず都の永住権を有している事は、忘れないで頂きたい」


  ◆


 その翌日。アイリスの家の玄関先で。

「……それで?」

 腰に手を当て見据えてくるブランゼンと。

「……っ……」

 緊張した面持ちのアイリスを前にして。

「あー……それで」

 ヘイルはぐしゃりと、己の髪をかき混ぜた。


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