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第二章 竜の文化、人の文化

二話

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 その時、高く透明な音が響いた。アイリスはぱちりと目を開く。

「アイリスーおはよう、起きてるかしら?」

 続いて聞こえたブランゼンの声に、はっとして椅子を降りる。

「おはようございますブランゼンさん! ちょっと待ってて下さい!」

 アイリスはそう返すと、玄関へ足早に向かった。

ここからの声も聞こえるのよね……けれど外へ向けたもの以外はしっかりと遮断される……)

 この家の構造を思い出しつつ、玄関扉の前まで着くと、

「開けますね」

 その大きな扉をいとも簡単に動かした。

「おはようございます、ブランゼンさん」
「おはようアイリス。動作にも問題は起きてないようね」

 玄関前に立っていたブランゼンは、滑らかな扉の動きを見て安心したように頷き、

「はい。家の中のものは今の所、問題なく動かせています」

 それに応えるようにアイリスも頷いた。

「ヘイルさんとブランゼンさんのお陰です! 今も魔力を馴染ませようと少し練習を」
「ここの家だ!」
「バカ! まだ早いだろ!」
「?!」

 割り込むような高い声が近くで響き、アイリスはびくりと肩を震わせた。

「何……?」

 ブランゼンは呟いて、響いた声を辿り、振り向く。
 辺りはしんと静まり返り、誰もいない。

「え……?」

 困惑するアイリスとは逆に、ブランゼンは冷静に、見極めるように目を細めた。

「……なるほど。アイリス、少し待っていて」
「え? あの」
「悪戯か何か分からないけど……逃がさないわよ!」

 ブランゼンの一喝。それとともにその身体から、何羽もの小鳥が飛び立った。

「?!」

 その光景に目を奪われたアイリスは、驚きのあまり口が開く。小さな鳥達は家々の間、屋根の上、ばらけるように飛んでゆき、

「あ痛っ!」
「うわあ?!」
「違う! 誤解!」

 その小さな脚や嘴で掴んだもの・・を連れてきた。

「違うってブランゼン! 悪戯とかじゃ……!」

 それは、五人の子供と二匹の竜。

(あ、いや、全員竜よね。人の姿と竜の姿なだけで)

 アイリスは数度瞬きし、思考を切り替える。
 小鳥は彼らを咥え、摘まんで浮かんだまま、横一列に並んだ。そこにはアイリスが昨日知り合ったばかりの顔──ゾンプとモアもいる。

「なんだか変な感じがすると思ったら……あなた達、私をけていたでしょう」

 ブランゼンは厳しい表情で、一竜一竜ひとりひとりと目を合わせていく。

「くそっバレてたのか……」

 ゾンプが小鳥から逃れようと、身体を捻る。けれど小鳥は反応を示さず、しっかりと掴んだその爪が逆にゾンプの肩に食い込んだ。

「いでっ!」
「ゾンプ、暴れても無駄よ。自分の身体を痛めるだけだわ。他の皆もよ。あなた達はまだそれに対抗できるほどの魔法ものを身に付けていないでしょう?」

 ブランゼンが諭すように言う。ゾンプの反応とその言葉で、全員、脱力するように肩を落とした。二匹の竜も、人の──同じく子供の姿になる。

「ちぇ……」
「だから出るのが早いって」
「お前だって行こうとしただろ……」

 そしてこそこそと、互いに小突き合い出した。

「え、あの」

 その様子にアイリスは困ったように声をかけ、ブランゼンは溜め息を吐く。

「皆? 何で私を尾けてアイリスの家を突き止めたかったのか、それを話さないとずっとこのままよ?」
「変な事じゃないの!」

 モアが慌てたように首と手を振り、口を開く。

「ただ人の世界の「いた!」」

 その言葉に被さるように、上からまた別の声が降ってきた。同時に茶色の鱗の竜が、滑るようにアイリス達の側へと降り立つ。

「ああもう! もう何かしたんですね! 君達は!」
(……あの竜は)

 見覚えのある色と聞き覚えのある声に、アイリスはまた困惑した。

「……トゥリバー、さん……?」

 アイリスの呟きに、タウネははっとしたように首を上げ、一瞬で人の姿に変わる。

「ブランゼンさん、アイリスさん、申し訳ありません」

 そして深々と頭を下げた。

「えっ?! いえ、そんなっ?」
「この子達は私が寄越したようなものです。どうお詫びすれば良いか……」
「……どういう事かしら」

 タウネの言葉に、ブランゼンは腕を組む。アイリスは未だ頭を上げないタウネに、慌てて駆け寄った。

「それが……」
「あ、あのっ頭を、お顔を上げて下さい……!」
「ですが、アイリスさん」

 アイリスは無言でぶんぶんと首を振る。その顔は苦しげに歪んでいた。

「……タウネ、顔を上げて頂戴。私もその方が話し易いから」

 それを見ていたブランゼンは、静かに言って、腕を解いた。

「……分かりました」

 渋々と姿勢を正すタウネを見上げ、アイリスはほっと息を吐く。

「タウネのにーちゃんは別に悪くないじゃん」
「そーだよ」
「うん」

 ぼそりと聞こえた複数の声に、ブランゼンが厳しい視線を投げる。

「なら、きちんと説明出来るわね?」

 その圧に、タウネ以外の全員が息を呑んだ。その様子を見たブランゼンは、少し長めに息を吐き、

「……この場でする事でもないでしょうから、私の──」
「おー? 今度は何があったワケ?」

 またもや降ってきた声を聞いて、自分の額に手を当てた。

「えっシャオンさん?」

 アイリスは反射的に顔を上げ、

「おはようアイリス! お届け物だよー」

 いつの間にか頭上にいた、金の竜シャオンへと目を向けた。

「お、おはようございます……」

 その明るい声に、アイリスはどうにかそれだけ返す。

「いやーほら、昨日話してたらしいモノを持ってけってヘイルがさ」

 その爪が地に着く前に、ふわりと風が起こる。軽く靴音を響かせ、シャオンはその場の真ん中へと降り立った。

「自分は会議があって行けないって俺にね、これを」

 そう言って持ち上げるのは、しっかりした作りの革製の鞄。それが片手に一つずつ。旅行用ほどもある大きさのそれらを揺らしながら、シャオンはぐるりと辺りを見回し、

「で、何があったの?」

 軽く首を傾げた。


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