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第一章 そこは竜の都

四十五話

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 どこか弱さを感じさせる笑みを浮かべながら、アイリスは顔を上げた。そして、こちらを凝視するヘイル達に、自身も目を見開く。

「へ? あの……?」
「……読めたのか。この、ほんの僅かな時間で」
「あ! いえその、なんとか推測して文字を繋いで単語を連ねて……きちんと読めてる訳では……」

 アイリスはヘイルの視線から逃げるように、その瞳を彷徨わせる。そして壁の文字達メニューに焦点が定まった。

「あ、あれ、とか……「コカトリスの卵の……オム、レツ」、「白鳥魚はくちょううお……の、フライ……付け合わせは右……? から、選んで下さい……」……みたいに、まだ全然」

 何故コカトリスの卵や白鳥魚が簡単に食べられるのか。アイリスは気にはなったけれど、言及はしない。それより今は文字についてだと、二人の反応を恐々確かめる。

「読めてるな」
「読めてるわね」

 ヘイルとブランゼンは壁の字を確認し、アイリスへと向き直った。

「……アイリス、あなた、凄いわ」
「いえそんな、全然……まだ切れ切れですし、遅いし……」

 呆然と言ったブランゼンへ、アイリスは素早く首を振る。

「あっ……読み書きとかは、花嫁修業でさせて貰いましたから……それが役立ってるのかも……」

その言葉に、ブランゼンは目を瞬いた。

「花嫁……修業……?」
「あ、はい。『貴族の妻』として振る舞えるように、と。幼少の頃から……」

 美しい字や手紙の書き方、刺繍に作法に舞踏ダンスに楽器──。
 がくは淑女の足枷になると母は言い、家庭教師もそれに倣った。けれど学びたかったから、他にも沢山知りたかったから。自分で本を漁り、よく父について行ったのだ。

「学ぶ機会を貰えて、それ自体は楽しかったんですけど……」

 目を細めたヘイルと、ただただ言葉を聞くブランゼンへ、アイリスは曖昧に微笑む。

「あまり、出来が良くなくて。いつも先生方に叱られていました。姉はなんでもそつなく出来ていましたから、先生方にも申し訳なくて──」

 そこまで話し、アイリスは動きを止めた。

「……すみません、話が逸れました……」

 そして俯き、テーブルに置かれたものが目に入り。

「あ……! ごめんなさい! お料理も冷めちゃいます! た、食べなきゃ……!」
「あ……あ、ええ、それはまだ大丈夫だけれど……」

 慌てるアイリスに呆けた声でブランゼンは応え、ヘイルは腕を組む。

「……アイリス」
「はいっ……!」

 その低いヘイルの声に思わず椅子を降りて頭を下げかけ、アイリスはまた動きを止めた。

(違う。もっと、普通に……)

 姿勢を戻し、背筋を伸ばし、アイリスはまっすぐにヘイルの顔を見る。

「なん、でしょうか?」
「……まだ会って日が浅い。だから恐らく、と付けざるを得ないが」

 ヘイルも、アイリスを真正面から見つめ返す。

「アイリス、お前の出来は悪くもなんとも無い。むしろ、様々な面にいて優れたものを持っている」


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