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第一章 そこは竜の都

三十六話

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 アイリスは思わず勢いをつけてそちらを向く。

「久しいな、テイヒ」

 テイヒと呼ばれた声の主は、黒に近い緑の長髪を後ろで縛り、堂に入った姿で立っていた。暗めの色合いのシャツと細身のパンツを着て、片腕を腰に当てている。
 いつの間やらアイリス達を囲むように、空間が出来ていた。テイヒはそこへ、周りの代表のように押され出て来たらしい。

「新しい住民を皆に紹介しようと思ってな」
「ああ! 新しい仲間か!」

 ヘイルの答えに、少し訝しんでいたテイヒの顔は、一気に明るくなった。周りの者達もどこか緊張が解けたように、騒めきが広がる。

「なんだ。そんなカッコでブランゼンも居て、見ない顔を連れてるもんで、何があるかと思ったよ」

 胸をなで下ろしたテイヒに続くように、辺りから次々に声がかかる。

「新しい仲間は久し振りだねえ、ようこそ! 名前はなんて言うんだい?」
「あ、アイリスと申します」

 アイリスは反射的にそれに応じる。

「アイリスか! ここは良い所だよ!」
「長が長だからね。住み易い都だ」

 今度は皆、アイリスに近付こうとしてか、どんどん集まってくる。空いていた空間は狭まり、背の高いヘイルに抱えられていなければ、埋もれそうな程になっていく。

「あの、えっと」
「もう案内は済んだ? 今がそれかな」
「あ、はい、その」
「ウチの子とも仲良くしてくれな。ここいらはみんな元気なのばっかでね」
「え、あ、えと」

 なんとか一人一人に答えようとして、けれどその数は増えるばかり。

「もう昼は食べた? オススメはね──」
「そっちよりあっちのが──」
「そういえばヘイルさん達と──」
「アイリスさんは──」

 それぞれに一生懸命に追い付こうと、なんとかアイリスは口を開く。

「あの、その……」

 けれど周りの速度は、完全にそれを上回る。
 ブランゼンは波に押され、距離が出来てしまった。助け船はヘイルのみ。

「皆、一旦落ち着け。アイリスが目を回す」

 その助け船で、周りの声は少しだけ静まった。

「アイリス、大丈夫か」
「は、い……」

 いや、本当は頭も身体もぐったりと、それでいてぐるぐる何かが巡っている。しかしそれを言った所で何になるかと、アイリスはそう答えた。答えようとした。

「大丈夫、で──」

 呼吸を整えながら、ヘイルへ顔を向ける。

(……あ)

 その瞳の色を認識した瞬間、頭と身体を巡っていたものが、辺り一面に放たれた。


「──!!?」


 虹色の光、その奔流。周りから驚きの声と、何故か歓声も上がった。

「アイリス!」

 少し遠くで、ブランゼンの声が聞こえる。光源のアイリスは不思議と、冷静にそれを受け止めた。

「すまない。少し無理をさせたか」

 光に塗りつぶされ何も見えない空間で、ヘイルの声が聞こえた。同時に、アイリスの頭に大きな手が乗る。その手は数回、優しくアイリスの頭を撫でた。

(……ヘイル、さん……?)

 数秒後、光は波が引くように収まった。市場はさっきと変わりなく、竜達だけが動きを止めて。

 ──────……ワアァッ!

 静寂の後、皆が一斉に声を上げた。


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