竜の都に迷い込んだ女の子のお話

山法師

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第一章 そこは竜の都

三十四話

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 何故今まで気付かなかったのか。

 他の建物と同様に、いやそれ以上に輝きを放つ大きな城。貴石の煌めきと、柔らかな光沢の城壁は鮮烈で、しかしとてもその『空間』に馴染んでいた。それの周りに何本もの尖塔と、半球や幾何学屋根の大きな建物が幾つも。
 そしてそれらを囲むように、広大な敷地。ここもまた、濃く淡く、様々な植物達がひそやかに、けれどその存在を主張する。

(領主様、長のお住まいだもの。これくらいの大きさは……)

 建物比や構造や、敷地の広さの違和感は、もう魔法だろうと推測が立つ。それよりもアイリスは、その城の主、今自分の下にいる竜に気がいった。

(やっぱり、おさ、さま……こんな……いいえでも、)
「アイリス、ちょっと深呼吸しましょうか」
「!」

 ブランゼンの声に、アイリスは知らず詰めていた息を吐き出す。言われた通り呼吸を整え、離れかけていた手は、ヘイルの鱗を掴み直した。

「失礼しました。ありがとうございます」
「どういたしまして」

 微笑んだブランゼンは、ヘイルに顔を向け、目を眇めた。

「それで?」
「……悪かった、アイリス」

 誰が聞いても分かるほどの落ち込んだ声が、ヘイルから聞こえた。

「いえ、私が驚いてしまっただけですので! 今まであんな大きくて立派な建物に気付かなかった自分にびっくりです」

 慌ててアイリスは、高めの声になりながら、ヘイルに向かってそう言った。

「……威圧感を与えないよう、常時軽く、眩ましをかけているからな。……それで、市場はあそこだ」

 些か暗めの口調のまま、ヘイルが体の向きを変える。アイリスはそれに合わせるように姿勢を整え、まっすぐそちらを見ると

「……あれが」

 ここより幾分森に近く、けれど確かに都の一画。沢山の竜が集まり、降り立ち。その周りには大きめの四角や丸やら、多様な立体物が浮いていた。

(そういえば、全然見かけなかったひと達がどんどん……)

 あちらこちらから竜が飛び立ち、その市場や様々な方角へ飛んでいく。まるで昨日の昼間のように。

「……!」

 アイリスの瞳が輝き出す。あそこには一体何があるのか、自分の知る市場と何がどう違うのだろうか。

「じゃ、行きましょう。そろそろ本当に混み出すわよ」
「はい!」
「……ああ」

 二人の羽は音も無く動き、静かに動き出す。この、都を見渡せる場所から市場へ、まるで泳ぐように空を進む。

(凄い、すごい! 飛んでる! 空を進んでる……!)

 前から後ろへ、上から下へ流れ行く景色。それらを目に焼き付けながら、

(区画毎に建物の様式が違う……? そういえば街灯が、でも昨日は……ああ、とっても速くてきちんと見れない! もっと近くで、もっとじっくり……!)

 今度は声を上げないよう気を付け、アイリスは心の中だけであっちこっちと思考を散らす。けれど、首を動かし身体を揺らし、無意識にその興奮は表に出る。

「……」

 ヘイルは、そんなアイリスを視界の端に捉えながら飛ぶ。その横で、ブランゼンは微笑ましげに尾を揺らした。

「そういえば、林檎はあの後どうしたの?」
「庭の奥の方へ置いておいた。小さな者達が食べてくれるだろう」

 思い出したように言うブランゼンに、ヘイルはそう答える。けれど、その会話が耳に入らないほど、アイリスはそこに釘付けになっていた。

(……これが、市場?!)


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