竜の都に迷い込んだ女の子のお話

山法師

文字の大きさ
上 下
34 / 117
第一章 そこは竜の都

三十四話

しおりを挟む
 何故今まで気付かなかったのか。

 他の建物と同様に、いやそれ以上に輝きを放つ大きな城。貴石の煌めきと、柔らかな光沢の城壁は鮮烈で、しかしとてもその『空間』に馴染んでいた。それの周りに何本もの尖塔と、半球や幾何学屋根の大きな建物が幾つも。
 そしてそれらを囲むように、広大な敷地。ここもまた、濃く淡く、様々な植物達がひそやかに、けれどその存在を主張する。

(領主様、長のお住まいだもの。これくらいの大きさは……)

 建物比や構造や、敷地の広さの違和感は、もう魔法だろうと推測が立つ。それよりもアイリスは、その城の主、今自分の下にいる竜に気がいった。

(やっぱり、おさ、さま……こんな……いいえでも、)
「アイリス、ちょっと深呼吸しましょうか」
「!」

 ブランゼンの声に、アイリスは知らず詰めていた息を吐き出す。言われた通り呼吸を整え、離れかけていた手は、ヘイルの鱗を掴み直した。

「失礼しました。ありがとうございます」
「どういたしまして」

 微笑んだブランゼンは、ヘイルに顔を向け、目を眇めた。

「それで?」
「……悪かった、アイリス」

 誰が聞いても分かるほどの落ち込んだ声が、ヘイルから聞こえた。

「いえ、私が驚いてしまっただけですので! 今まであんな大きくて立派な建物に気付かなかった自分にびっくりです」

 慌ててアイリスは、高めの声になりながら、ヘイルに向かってそう言った。

「……威圧感を与えないよう、常時軽く、眩ましをかけているからな。……それで、市場はあそこだ」

 些か暗めの口調のまま、ヘイルが体の向きを変える。アイリスはそれに合わせるように姿勢を整え、まっすぐそちらを見ると

「……あれが」

 ここより幾分森に近く、けれど確かに都の一画。沢山の竜が集まり、降り立ち。その周りには大きめの四角や丸やら、多様な立体物が浮いていた。

(そういえば、全然見かけなかったひと達がどんどん……)

 あちらこちらから竜が飛び立ち、その市場や様々な方角へ飛んでいく。まるで昨日の昼間のように。

「……!」

 アイリスの瞳が輝き出す。あそこには一体何があるのか、自分の知る市場と何がどう違うのだろうか。

「じゃ、行きましょう。そろそろ本当に混み出すわよ」
「はい!」
「……ああ」

 二人の羽は音も無く動き、静かに動き出す。この、都を見渡せる場所から市場へ、まるで泳ぐように空を進む。

(凄い、すごい! 飛んでる! 空を進んでる……!)

 前から後ろへ、上から下へ流れ行く景色。それらを目に焼き付けながら、

(区画毎に建物の様式が違う……? そういえば街灯が、でも昨日は……ああ、とっても速くてきちんと見れない! もっと近くで、もっとじっくり……!)

 今度は声を上げないよう気を付け、アイリスは心の中だけであっちこっちと思考を散らす。けれど、首を動かし身体を揺らし、無意識にその興奮は表に出る。

「……」

 ヘイルは、そんなアイリスを視界の端に捉えながら飛ぶ。その横で、ブランゼンは微笑ましげに尾を揺らした。

「そういえば、林檎はあの後どうしたの?」
「庭の奥の方へ置いておいた。小さな者達が食べてくれるだろう」

 思い出したように言うブランゼンに、ヘイルはそう答える。けれど、その会話が耳に入らないほど、アイリスはそこに釘付けになっていた。

(……これが、市場?!)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

処理中です...