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第一章 そこは竜の都
二十八話
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「らしいわね……あ?! アイリス!」
突然声を上げたブランゼンが、アイリスの肩を掴む。
「朝食、なんともなかった?!」
「え? 朝食ですか?」
きょとん、としてから、アイリスは思い出すように少し目線を上げる。
「いえ、ただただ美味しくて。あんなに食べたのは初めてでしたけれど」
「そう……?」
アイリスは揺れる蒼の瞳を見つめながら、少しずつ冷静さを取り戻す。
「……食べ慣れないものだと、何かしらに、恐らく魔力関係で反応してしまうようです……すみません……」
「いや、こっちが迂闊だった」
うなだれるアイリスの旋毛を見ながら、ヘイルは顎に手を当てた。
「しかしそうなると」
アイリスの手元からフォークが消え、林檎の皿が再び花弁を閉じる。
「この家はあまりアイリス向きではないな」
「え?!」
アイリスの顔が勢い良くヘイルへ向く。
「っ……いえ、とても素敵な、特にこのお庭が……もっと良く知りたくて……」
ヘイルと目があった、瞬間にまた下を向き、そう言葉を紡いだ。
「……」
「そうなのね……でもその庭が厄介な部分になっちゃったわね……」
アイリスの瞳に眉を下げたブランゼンと、後ろの家が映る。少しずらすとヘイルと林檎の木。その奥は、まだ見ぬ何かがあるだろう、深くなる緑。
ここは竜の家、竜の庭。
(人にとって未知の場所。ああでも、だからこそ、その未知を知りたい、理解したい……!)
アイリスはぎゅっと目に力を込め、ヘイルを見上げた。
「お家もお庭も、とても素敵です。私には勿体ないくらい……でも、ここで暮らせるならば、それはもっと素敵な事だろうと思いました」
微かに目を見張った後、ヘイルはその表情を硬くした。
「しかし不安要素が大きい。俺の見通しの甘さもあったが、今のような事が再び起こりうる可能性は高い」
「……お庭へは徒に近寄りません、どんなに些細な事でも報告します。皆さんの事も、土地も文化も人との違いも沢山勉強して、危険を減らす努力もします」
力み過ぎたのか睨むような目つきで、ヘイルに一歩近付く。
「ご迷惑をかけないよう尽力します! だから、どうか! ここにいる許しを、頂けませんか!」
胸の前で手を組み、アイリスはほぼ真上を見る形で懇願する。
袖が触れそうなほどの距離でヘイルは、微かに顔を顰めたと思うと、屈み込んだ。
「……」
その視線はまっすぐにアイリスに注がれる。
「……っ」
それに負けじとアイリスは、吸い込まれそうな瞳を見返す。
「……そのあたりも、協力を仰ぐか……」
ヘイルは顔を引いて、力が抜けたようにそう零した。
「!」
「もとからその予定ではあったが、定期で様子は見に来るぞ」
離した顔をアイリスに向け、釘を刺すように言う。
「……あ、じゃあ私、なるべくアイリスに付いてていいかしら」
ここまでのやり取りを見ていたブランゼンが、思い立ったように声を上げた。
「私の所だったらそもそも一緒だったし、私がヘイルに付いてる必要は今の所ないし」
「……まあ、そうだな。そうなるか……」
「あ、あの、それでは……」
もう一度手を握り直し、アイリスは二人を見る。
「ああ、決定だな。今からここがアイリスの家だ」
頷くヘイルを見上げるその顔は、一気に喜色に溢れた。
「ありがとうございます!」
竜の都に来てから一番と言えるほどの、満面の笑み。
ヘイルは束の間、その表情に呆気にとられ、アイリスを見つめた。その間にアイリスは、くるりとブランゼンに向き合う。
「ブランゼンさんも、ありがとうございます! 改めて宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
笑みを零しながら応えるブランゼン。そして二人で両手を握り合い、手遊びのように軽く振る。そのあたりでヘイルは、差し込むように口を開いた。
「いや、アイリス。先ほどの気を付けるべき事柄は、しっかりと遵守するんだぞ」
どことなくステップでも踏みそうになっていたアイリスは、その言葉に姿勢を正す。
「はい。危険には自ら近寄りません、その可能性のあるものも同じく」
ブランゼンから手を離し、再び身体ごとヘイルへ向く。
「ご迷惑をお掛けしないよう、出来る限り知識を蓄え、責任が持てるように致します」
「……責任を持つのは大切だ、大切だが……」
溜め息を吐くように言って、ヘイルは膝をついた。
「迷惑などでは無くて、自身の、身を守るためだからな?」
突然声を上げたブランゼンが、アイリスの肩を掴む。
「朝食、なんともなかった?!」
「え? 朝食ですか?」
きょとん、としてから、アイリスは思い出すように少し目線を上げる。
「いえ、ただただ美味しくて。あんなに食べたのは初めてでしたけれど」
「そう……?」
アイリスは揺れる蒼の瞳を見つめながら、少しずつ冷静さを取り戻す。
「……食べ慣れないものだと、何かしらに、恐らく魔力関係で反応してしまうようです……すみません……」
「いや、こっちが迂闊だった」
うなだれるアイリスの旋毛を見ながら、ヘイルは顎に手を当てた。
「しかしそうなると」
アイリスの手元からフォークが消え、林檎の皿が再び花弁を閉じる。
「この家はあまりアイリス向きではないな」
「え?!」
アイリスの顔が勢い良くヘイルへ向く。
「っ……いえ、とても素敵な、特にこのお庭が……もっと良く知りたくて……」
ヘイルと目があった、瞬間にまた下を向き、そう言葉を紡いだ。
「……」
「そうなのね……でもその庭が厄介な部分になっちゃったわね……」
アイリスの瞳に眉を下げたブランゼンと、後ろの家が映る。少しずらすとヘイルと林檎の木。その奥は、まだ見ぬ何かがあるだろう、深くなる緑。
ここは竜の家、竜の庭。
(人にとって未知の場所。ああでも、だからこそ、その未知を知りたい、理解したい……!)
アイリスはぎゅっと目に力を込め、ヘイルを見上げた。
「お家もお庭も、とても素敵です。私には勿体ないくらい……でも、ここで暮らせるならば、それはもっと素敵な事だろうと思いました」
微かに目を見張った後、ヘイルはその表情を硬くした。
「しかし不安要素が大きい。俺の見通しの甘さもあったが、今のような事が再び起こりうる可能性は高い」
「……お庭へは徒に近寄りません、どんなに些細な事でも報告します。皆さんの事も、土地も文化も人との違いも沢山勉強して、危険を減らす努力もします」
力み過ぎたのか睨むような目つきで、ヘイルに一歩近付く。
「ご迷惑をかけないよう尽力します! だから、どうか! ここにいる許しを、頂けませんか!」
胸の前で手を組み、アイリスはほぼ真上を見る形で懇願する。
袖が触れそうなほどの距離でヘイルは、微かに顔を顰めたと思うと、屈み込んだ。
「……」
その視線はまっすぐにアイリスに注がれる。
「……っ」
それに負けじとアイリスは、吸い込まれそうな瞳を見返す。
「……そのあたりも、協力を仰ぐか……」
ヘイルは顔を引いて、力が抜けたようにそう零した。
「!」
「もとからその予定ではあったが、定期で様子は見に来るぞ」
離した顔をアイリスに向け、釘を刺すように言う。
「……あ、じゃあ私、なるべくアイリスに付いてていいかしら」
ここまでのやり取りを見ていたブランゼンが、思い立ったように声を上げた。
「私の所だったらそもそも一緒だったし、私がヘイルに付いてる必要は今の所ないし」
「……まあ、そうだな。そうなるか……」
「あ、あの、それでは……」
もう一度手を握り直し、アイリスは二人を見る。
「ああ、決定だな。今からここがアイリスの家だ」
頷くヘイルを見上げるその顔は、一気に喜色に溢れた。
「ありがとうございます!」
竜の都に来てから一番と言えるほどの、満面の笑み。
ヘイルは束の間、その表情に呆気にとられ、アイリスを見つめた。その間にアイリスは、くるりとブランゼンに向き合う。
「ブランゼンさんも、ありがとうございます! 改めて宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
笑みを零しながら応えるブランゼン。そして二人で両手を握り合い、手遊びのように軽く振る。そのあたりでヘイルは、差し込むように口を開いた。
「いや、アイリス。先ほどの気を付けるべき事柄は、しっかりと遵守するんだぞ」
どことなくステップでも踏みそうになっていたアイリスは、その言葉に姿勢を正す。
「はい。危険には自ら近寄りません、その可能性のあるものも同じく」
ブランゼンから手を離し、再び身体ごとヘイルへ向く。
「ご迷惑をお掛けしないよう、出来る限り知識を蓄え、責任が持てるように致します」
「……責任を持つのは大切だ、大切だが……」
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