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第一章 そこは竜の都
十六話
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「え……」
アイリスは目を何度か瞬いてから、青年を見る。
明るめの茶色の髪。さっき頭上にいた竜と同じ色の……。
「ぁ」
(そうだった。竜は、人になれるんだったわ)
シャオンの事があったのにすっかり忘れていたと、アイリスは姿勢を正す。
「いえ、こちらこそ失礼しました」
アイリスの言葉に虚を衝かれたような表情になった後、青年は軽く笑んだ。
「それで、ついお声掛けしてしまいましたが……今日は何かある日だったでしょうか」
ヘイルに向き直り、その装いに目を向けた青年は僅かに首を傾ける。
「彼女の案内をしていてな、新しい住民のアイリスだ」
アイリスの横に立ったヘイルは、その背に手を添える。
「ああ、なるほど」
「アイリス、彼はタウネ。酒房の息子だ」
青年はアイリスの目線まで屈んで、にこやかに手を差し出す。
「初めまして。玻璃の都、トゥリバー酒房……お酒を扱う所ですね、そこのタウネ・トゥリバーと申します」
「初めましてトゥリバーさん。アイリスと申します」
アイリスもにこやかに、タウネと握手を交わす。
「アイリスは人間だからな、何かあったら手を貸してやってくれ」
「ええ勿論……」
手を解き、腰を伸ばしかけた姿勢でタウネが止まる。
「……すみません、聞き違いでなければ今、人間と?」
一拍して動き出し、ヘイルに顔を向ける。
「ああ、アイリスは人間だ」
事も無げに言うヘイルを見、ブランゼンに視線を移す。
「とってもいい子よ、アイリスは」
言いながら、神妙に頷くブランゼン。
「……なるほど」
そう零すと、タウネはもう一度アイリスに目線を合わせた。
「失礼しました、アイリスさん。そこまで思い至らず」
「えっいえ、私こそ……?」
「……それで、人間という事は、人間の文化にも少なからず詳しいと」
「え? ……まあ……はい……」
戸惑いながらもアイリスは肯定する。自分は人間だが、改めて言われると妙な感じがした。
「では、どこかの機会で人間の文化について教えて頂けませんか」
至極真面目な顔をしたタウネの、緑の瞳が煌めく。
「へ」
「特に食文化、お酒……いえ、どのようなものでもいいのですが」
「は、あ」
「ああ、私の家は酒房と言いましたが、ここの所何か新しい事が出来ないかと考えていまして」
「新しい事を」
「ええ。どれだけ好まれる味でも、五十年百年変わらなければやはり飽きが来てしまうものなんです」
「ひゃくねん」
「そこで新たな風を吹かせるために、どうするかと考え──」
「タウネ」
ヘイルの良く響く声で、タウネの口が止まる。
「……失礼」
口元に手をやり、タウネは姿勢を直した。
「……籠の方は大丈夫なの? 配達の途中かと思ったんだけれど」
「いえ、今は帰りなのでそれほど問題ありません」
ブランゼンの言葉に、タウネは籠を軽く叩く。
「まあでも、そろそろ戻らないといけませんかね。アイリスさん、余裕があったらで結構ですので、人間の文化の話、考えておいて頂けませんか」
タウネに言われ、アイリスは目を丸くする。
「……私の話で、宜しければ」
「ええ!」
タウネの笑顔にアイリスが目を瞬かせる。その次の瞬間には、そこには茶色い鱗の竜がいた。
「それでは失礼します」
タウネは羽を羽ばたかせ、ふわりと浮き上がる。こんなに近くにいるのに、風はあまり起こらなかった。
「では、行くか」
飛んでいくタウネを目で追いかけるアイリスに、ヘイルが声をかける。
「あ、はいっ」
アイリスは目を何度か瞬いてから、青年を見る。
明るめの茶色の髪。さっき頭上にいた竜と同じ色の……。
「ぁ」
(そうだった。竜は、人になれるんだったわ)
シャオンの事があったのにすっかり忘れていたと、アイリスは姿勢を正す。
「いえ、こちらこそ失礼しました」
アイリスの言葉に虚を衝かれたような表情になった後、青年は軽く笑んだ。
「それで、ついお声掛けしてしまいましたが……今日は何かある日だったでしょうか」
ヘイルに向き直り、その装いに目を向けた青年は僅かに首を傾ける。
「彼女の案内をしていてな、新しい住民のアイリスだ」
アイリスの横に立ったヘイルは、その背に手を添える。
「ああ、なるほど」
「アイリス、彼はタウネ。酒房の息子だ」
青年はアイリスの目線まで屈んで、にこやかに手を差し出す。
「初めまして。玻璃の都、トゥリバー酒房……お酒を扱う所ですね、そこのタウネ・トゥリバーと申します」
「初めましてトゥリバーさん。アイリスと申します」
アイリスもにこやかに、タウネと握手を交わす。
「アイリスは人間だからな、何かあったら手を貸してやってくれ」
「ええ勿論……」
手を解き、腰を伸ばしかけた姿勢でタウネが止まる。
「……すみません、聞き違いでなければ今、人間と?」
一拍して動き出し、ヘイルに顔を向ける。
「ああ、アイリスは人間だ」
事も無げに言うヘイルを見、ブランゼンに視線を移す。
「とってもいい子よ、アイリスは」
言いながら、神妙に頷くブランゼン。
「……なるほど」
そう零すと、タウネはもう一度アイリスに目線を合わせた。
「失礼しました、アイリスさん。そこまで思い至らず」
「えっいえ、私こそ……?」
「……それで、人間という事は、人間の文化にも少なからず詳しいと」
「え? ……まあ……はい……」
戸惑いながらもアイリスは肯定する。自分は人間だが、改めて言われると妙な感じがした。
「では、どこかの機会で人間の文化について教えて頂けませんか」
至極真面目な顔をしたタウネの、緑の瞳が煌めく。
「へ」
「特に食文化、お酒……いえ、どのようなものでもいいのですが」
「は、あ」
「ああ、私の家は酒房と言いましたが、ここの所何か新しい事が出来ないかと考えていまして」
「新しい事を」
「ええ。どれだけ好まれる味でも、五十年百年変わらなければやはり飽きが来てしまうものなんです」
「ひゃくねん」
「そこで新たな風を吹かせるために、どうするかと考え──」
「タウネ」
ヘイルの良く響く声で、タウネの口が止まる。
「……失礼」
口元に手をやり、タウネは姿勢を直した。
「……籠の方は大丈夫なの? 配達の途中かと思ったんだけれど」
「いえ、今は帰りなのでそれほど問題ありません」
ブランゼンの言葉に、タウネは籠を軽く叩く。
「まあでも、そろそろ戻らないといけませんかね。アイリスさん、余裕があったらで結構ですので、人間の文化の話、考えておいて頂けませんか」
タウネに言われ、アイリスは目を丸くする。
「……私の話で、宜しければ」
「ええ!」
タウネの笑顔にアイリスが目を瞬かせる。その次の瞬間には、そこには茶色い鱗の竜がいた。
「それでは失礼します」
タウネは羽を羽ばたかせ、ふわりと浮き上がる。こんなに近くにいるのに、風はあまり起こらなかった。
「では、行くか」
飛んでいくタウネを目で追いかけるアイリスに、ヘイルが声をかける。
「あ、はいっ」
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