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72 マリアちゃんからウェルナーさんへ
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「おまたせしてしまって、すみません」
「あ、いや、大丈夫。それほどでもないから」
光海のバイト先、『le goût de la maison』にて。
テーブルを挟んで対面に座ったマリアの言葉に、ウェルナーは緊張した心地で返事をした。
文化祭のお礼を渡したい。大したものでもないけれど。
そのメッセージを受け取って、ウェルナーは、これは夢か? と、思った。じっと見つめてから我に返り、自分なりに軽めだと思うOKの返事を送り、連絡を取り合って日程と場所を決め、今に到る。
マリアはアデルに、ホットココアを注文し、カバンから、一通の封筒を取り出した。
「これがそれです。……3日来てくださったお礼です。本当に些細なものですが」
言いながら、封筒をテーブルに置く。
『Maria Miki Abs. Herrn Werner Ahlersmeyer』
母国の書き方で、マリアと自分の名前を。
「いや、ありがとう」
ウェルナーは、胸が高鳴るのを悟られないようにと、封筒を手に取る。つい、眺めてしまう。
その間に、アデルがマリアにホットココアを持ってきて、マリアは、ウェルナーの様子を見つつ、それを飲んだ。
ココアを置いたマリアが、口を開く。
「……あなたからの気持ちは、重々承知しています。ですけど、私はあなたを、友人くらいにしか、見れません」
友人。その言葉にウェルナーは顔を上げ、マリアを見た。驚いている様子のウェルナーに、マリアは冷静な声で続ける。
「それでも良ければ、今後も、お付き合いを。上からの物言いになってしまいますが、これが私の本心です」
「……良いのか。友人になって」
ウェルナーのそれに、今度はマリアが、少し驚く羽目になった。
「……はい。あなたがそれで良ければ」
「ありがとう、マリア。俺たち、これから、友人なんだな」
嬉しそうに、愛おしそうに、自分を見てくるウェルナーに、マリアは複雑な気分になる。
「そうですね。友人です」
「なら、マリア。……あ、いや、なんでもない。悪い、忘れてくれ」
明るく言ったウェルナーは、ハッとしたように真面目な顔になり、苦笑しながら謝ってくる。
「……なんて言おうとしたか、伺っても?」
マリアの言葉に、ウェルナーは目を瞬き、少し迷う素振りを見せながら、
「いや、……名前で、呼んでくれないか、と、言いそうになったんだ。悪い」
ウェルナーは言い、また苦笑する。
名前。この場合は、ファーストネームを指すんだろう。以前には、呼んでもいたし。
それくらいなら、まあ。そう思い、マリアは口を開く。
「分かりました。ウェルナーさん」
ウェルナーの驚いた顔を見て、マリアはまた、複雑な気分になる。
「いや、その、……無理しなくても……」
不安そうに言うウェルナーに「無理ではないので」と、マリアは返した。
「そう、か……? ……なら、ありがとう、マリア」
照れるように、はにかむウェルナーを見つめ、
「……では、私の用は、これだけですので」
マリアは残りのココアを飲みきり、席を立ち、
「呼び出した側ですみませんが、失礼します」
「ああ。……また、連絡していいか? マリア」
自分を見上げるウェルナーに、
「……どうぞ。友人なので」
マリアは冷静な口調で言い、アデルに会計を頼み、店を出る。
「…………」
店から遠のいてから、速足になっていた歩調を緩め、
「はあ……」
立ち止まったマリアは、うつむき加減に息を吐いた。
◇
「……、……」
マリアからのそれを、ウェルナーは見つめる。
封筒をカバンに丁寧に仕舞ったウェルナーは、3杯目だったコーヒーを飲み、会計を済ませ、疾る心を落ち着かせながら、家に向かった。
そして自室に入り、ペーパーナイフで、封筒をなるべく傷付けないように注意しながら開けて、中にあったそれらに、釘付けになっていた。
入っていたのは、1枚のポストカードと、手紙。
青信号だけに色の付いている写真の、交差点のポストカード。これは、青は、進めという意味だろうか。特に意味はないのだろうか。
手紙は日本語で、ドイツ語でないことを謝罪されていて、少しクセのある、けれど綺麗な文字と、丁寧な文章で、文化祭に来たこと、クラスの映画を観てくれたことに対しての礼が、記されていた。
「(手書き……こんな字、書くのか……)」
他人かそれ以下に思われていると、ウェルナーは思っていた。だけどマリアは、友人と、言ってくれた。
友人、友人だ。これからは、名前でも呼びあえるのだ。
「(……あーマズい。冷静に冷静に)」
額に手を当て、自分に言い聞かせる。
母国的な友人ではない、と、ウェルナーは心に刻む。ある程度距離を保った、そういう友人なのだと。
だとしても、やはり、嬉しい。
また兄に、苦笑されるだろうか。光海に冷静になれと諭されるだろうか。
でも、やっぱり今は、めいっぱいにこの喜びを、味わいたい。
「あ、いや、大丈夫。それほどでもないから」
光海のバイト先、『le goût de la maison』にて。
テーブルを挟んで対面に座ったマリアの言葉に、ウェルナーは緊張した心地で返事をした。
文化祭のお礼を渡したい。大したものでもないけれど。
そのメッセージを受け取って、ウェルナーは、これは夢か? と、思った。じっと見つめてから我に返り、自分なりに軽めだと思うOKの返事を送り、連絡を取り合って日程と場所を決め、今に到る。
マリアはアデルに、ホットココアを注文し、カバンから、一通の封筒を取り出した。
「これがそれです。……3日来てくださったお礼です。本当に些細なものですが」
言いながら、封筒をテーブルに置く。
『Maria Miki Abs. Herrn Werner Ahlersmeyer』
母国の書き方で、マリアと自分の名前を。
「いや、ありがとう」
ウェルナーは、胸が高鳴るのを悟られないようにと、封筒を手に取る。つい、眺めてしまう。
その間に、アデルがマリアにホットココアを持ってきて、マリアは、ウェルナーの様子を見つつ、それを飲んだ。
ココアを置いたマリアが、口を開く。
「……あなたからの気持ちは、重々承知しています。ですけど、私はあなたを、友人くらいにしか、見れません」
友人。その言葉にウェルナーは顔を上げ、マリアを見た。驚いている様子のウェルナーに、マリアは冷静な声で続ける。
「それでも良ければ、今後も、お付き合いを。上からの物言いになってしまいますが、これが私の本心です」
「……良いのか。友人になって」
ウェルナーのそれに、今度はマリアが、少し驚く羽目になった。
「……はい。あなたがそれで良ければ」
「ありがとう、マリア。俺たち、これから、友人なんだな」
嬉しそうに、愛おしそうに、自分を見てくるウェルナーに、マリアは複雑な気分になる。
「そうですね。友人です」
「なら、マリア。……あ、いや、なんでもない。悪い、忘れてくれ」
明るく言ったウェルナーは、ハッとしたように真面目な顔になり、苦笑しながら謝ってくる。
「……なんて言おうとしたか、伺っても?」
マリアの言葉に、ウェルナーは目を瞬き、少し迷う素振りを見せながら、
「いや、……名前で、呼んでくれないか、と、言いそうになったんだ。悪い」
ウェルナーは言い、また苦笑する。
名前。この場合は、ファーストネームを指すんだろう。以前には、呼んでもいたし。
それくらいなら、まあ。そう思い、マリアは口を開く。
「分かりました。ウェルナーさん」
ウェルナーの驚いた顔を見て、マリアはまた、複雑な気分になる。
「いや、その、……無理しなくても……」
不安そうに言うウェルナーに「無理ではないので」と、マリアは返した。
「そう、か……? ……なら、ありがとう、マリア」
照れるように、はにかむウェルナーを見つめ、
「……では、私の用は、これだけですので」
マリアは残りのココアを飲みきり、席を立ち、
「呼び出した側ですみませんが、失礼します」
「ああ。……また、連絡していいか? マリア」
自分を見上げるウェルナーに、
「……どうぞ。友人なので」
マリアは冷静な口調で言い、アデルに会計を頼み、店を出る。
「…………」
店から遠のいてから、速足になっていた歩調を緩め、
「はあ……」
立ち止まったマリアは、うつむき加減に息を吐いた。
◇
「……、……」
マリアからのそれを、ウェルナーは見つめる。
封筒をカバンに丁寧に仕舞ったウェルナーは、3杯目だったコーヒーを飲み、会計を済ませ、疾る心を落ち着かせながら、家に向かった。
そして自室に入り、ペーパーナイフで、封筒をなるべく傷付けないように注意しながら開けて、中にあったそれらに、釘付けになっていた。
入っていたのは、1枚のポストカードと、手紙。
青信号だけに色の付いている写真の、交差点のポストカード。これは、青は、進めという意味だろうか。特に意味はないのだろうか。
手紙は日本語で、ドイツ語でないことを謝罪されていて、少しクセのある、けれど綺麗な文字と、丁寧な文章で、文化祭に来たこと、クラスの映画を観てくれたことに対しての礼が、記されていた。
「(手書き……こんな字、書くのか……)」
他人かそれ以下に思われていると、ウェルナーは思っていた。だけどマリアは、友人と、言ってくれた。
友人、友人だ。これからは、名前でも呼びあえるのだ。
「(……あーマズい。冷静に冷静に)」
額に手を当て、自分に言い聞かせる。
母国的な友人ではない、と、ウェルナーは心に刻む。ある程度距離を保った、そういう友人なのだと。
だとしても、やはり、嬉しい。
また兄に、苦笑されるだろうか。光海に冷静になれと諭されるだろうか。
でも、やっぱり今は、めいっぱいにこの喜びを、味わいたい。
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