上 下
62 / 112

62 モミの木の飾り付け

しおりを挟む
 さて、バイト先にて。
 最近、アイリスさんと弓崎さんが相席しているのを、よく見かける。アイリスさんは微笑んで、弓崎さんはほとんど表情を動かさず、何か小声で話しているようだ。小声なので、なるべく音を拾わないようにしているけど、聞こえてしまうものもあって。ユキさんとアズサさん、それとマキさんについても話してるんだな、と、それだけ理解した。
 で、そのユキさん。文化祭に来てくれると言う。全員のを見たいし、と、ラインで言ってくれた。
 全員。マリアちゃんと桜ちゃんのも、だ。私も観たい。

 マリアちゃんのは、一人の男子生徒に二人の女子生徒が迫り、男子生徒はどちらを選ぶのか、と、宣伝文句があったが、マリアちゃんがフラれ役だと知っている私は、マリアちゃん、役とはいえ、高峰にフラレるのか……と思った。マリアちゃんの名演技を期待している。
 そして、桜ちゃん。白雪姫だと聞いていたけど、タイトルが。『白雪姫は森で楽しく暮らしたい~この世で一番美しいとか、一目惚れとか、どうでも良いんですけど?~』なんだけど。ストーリーはコメディ調で、気の強い白雪姫が主人公だそうだ。舞台で1日2公演するそうなので、たぶん、観に行ける。

 カラン、と明宏さんたちがご来店だ。ルーティンをこなし、引っ込む。また指輪をしていた。これは簡単だ。二人はこの時期に、パートナーになると、指輪を買ったそうなのだから。
 そのままバイトを終え、店のチェックの報告をして、帰宅。
 課題の点検をしていたら、涼からラインが来た。

『今、電話、大丈夫か』

 なので、かける。すぐ繋がった。

「もしもし」
『悪い。急に』
「全然大丈夫。どうしました?」
『……声、聞きたくなった』

 嬉しい言葉だ。けど、涼の声の硬さが気になるな。

「私も声、聞けて嬉しいです」
『バイト、どうだった?』
「クリスマス仕様に向けての準備が、順調に進んでます」
『ああ……アデルさんが小物を磨いたりしてんだっけか。で、光海は、店内の点検』
「ですです。ツリーは本物のモミの木ですよ。そろそろ、ホームページなどにクリスマスのお知らせが載る筈ですから、良ければ来てくださいね」
『ああ』
「私は、明日の点検を軽くしてましたけど、涼は何をしてました?」
『まあ、……課題、してた。……あとさ、じいちゃんに聞いてみた。あれ』

 声の調子が、少し戻ってきた。

「そうなんですね。なんとおっしゃってました?」
『自分もそうだったし、母さんもそうだったって。同じだって、言われた。だからお前は、……俺は、ちゃんとやってけるって、言……てくれた』
「……涼、今、家ですか?」
『え、そうだけど』
「行っても良いですか? すぐに帰りますから」
『え、あ、光海が、良いなら』
「なら、すぐ、行きますね。待ってて下さいね。一回切ります」
『お、おお……?』

 切って、ものを仕舞うのを面倒に思ってしまって、スマホと鍵を持って、リビングに一声かけて、家を出た。
 そのまま走って、涼の家へ。

「みつ、……おい、大丈夫か?」

 玄関口に居てくれた涼に、息を切らしながら抱きついて。

「み、光海……?」
「涼。ありがとう、ございます。我が儘を、聞いて、くれて」

 ぎゅう、と、抱きしめる。

「涼は、良い人です。すごい人です。努力出来る人で、行動力がある人です。私は、涼が、大好きです」
「……光海、ありがとう」

 涼からも、抱きしめてくれた。

「文化祭、頑張ろうな」
「はい。あと、一緒に見て回りましょうね。マリアちゃんのも、桜ちゃんのも」
「ああ。一緒に」

 そのまましばらく、抱きしめあって。

「(こういうの、俺以外にしないでくれよ)」

 フランス語に、

「(当たり前です。涼にしかしません)」

 フランス語で、返した。

  ◇

「そんで、これから、飾り付けの手伝いってワケか」
「そうです。まあ、時間が時間なので、あまり、出来ることはありませんが」

 学校帰り。電車内で。バイト先に向かう私は、いつものように途中まで一緒に、涼と話していた。

「本物のモミの木って、どこで買うん?」
「地元から取り寄せるそうです。それと、店内用のモミの木と、出入り口近くに飾る小さなモミの木の二つを用意します」
「あとさ、この時期からって、き……木材、保つんか?」
「去年は保ってましたよ。だから今年も、大丈夫だと思います。──あ、電車、停まるので、降りますね」
「ああ」

 繋いでいた手を、ぎゅっと握ってから離し、立ち上がり、涼へと顔を向けて。

「頑張ってきます」

 と、笑顔で言った。

「……ああ、頑張れ」

 涼も、少し笑って言ってくれた。
 そして、バイト先にて。

「(光海、これ、まっすぐかしら)」

 アデルさんに、カウンター前に並べられた小さいサントン人形の確認を求められ、

「(まっすぐに見えます)」
「(そう? 良かった。途中で呼んでごめんなさいね)」
「(いえ、全然。では、作業に戻りますね)」

 私は、大きなモミの木の飾り付けに戻っていった。
 店内は、模様替えされたように、クリスマス仕様になっている。
 午前中に業者を呼び、大掃除して、テーブルなどの位置を元に戻してもらう。壁に、キラキラしたモールやリボンやヤドリギを飾り、飾り棚のお皿も、クリスマスの絵付けのものに。テーブルに飾りを置いたり、メニュー表をクリスマス用にしたり、カトラリーなどもクリスマスのデザインのものに。

 そして今、今年はアデルさんに高所の作業はさせられないからと、私は、結構、責任重大だと思われる、大きなモミの木の飾り付けを、ラファエルさんとしている。
 梯子に乗り、ラファエルさんからオーナメントを受け取り、指示された場所に飾る。その繰り返し。邪魔になる枝は落としてあるとのことで、飾り付けだけに集中する。
 で、天辺に、豪華な星飾りを付けて。

「(ありがとう、光海。一度、下りて貰えるかな)」
「(はい)」

 床に下りて、梯子と一緒に下がる。

「(うん。……うん、うん……)」

 ラファエルさんは、モミの木を眺め、ぐるりと周り、

「(うん。ありがとう、光海。最高の出来栄えだよ)」
「(なら、良かったです)」

 ほっと息を吐く。

「(あとは、何をすれば良いですか?)」
「(ああ、もうほとんど終わりだよ。時間でもあるしね。光海は帰って大丈夫。梯子をくれるかな)」

 梯子を渡し、店内を確認して。

「(では、お言葉に甘えて、お先に失礼します)」

 アデルさんにも挨拶して、裏から帰った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

妻と愛人と家族

春秋花壇
現代文学
4 愛は辛抱強く,親切です。愛は嫉妬しません。愛は自慢せず,思い上がらず, 5 下品な振る舞いをせず,自分のことばかり考えず,いら立ちません。愛は傷つけられても根に持ちません。 6 愛は不正を喜ばないで,真実を喜びます。 7 愛は全てのことに耐え,全てのことを信じ,全てのことを希望し,全てのことを忍耐します。 8 愛は決して絶えません。 コリント第一13章4~8節

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

「脇役」令嬢は、「悪役令嬢」として、ヒロインざまぁからのハッピーエンドを目指します。

三歩ミチ
恋愛
「君との婚約は、破棄させてもらうよ」  突然の婚約破棄宣言に、憔悴の令嬢 小松原藤乃 は、気付けば学園の図書室にいた。そこで、「悪役令嬢モノ」小説に出会う。  自分が悪役令嬢なら、ヒロインは、特待生で容姿端麗な早苗。婚約者の心を奪った彼女に「ざまぁ」と言ってやりたいなんて、後ろ暗い欲望を、物語を読むことで紛らわしていた。  ところが、実はこの世界は、本当にゲームの世界らしくて……?  ゲームの「脇役」でしかない藤乃が、「悪役令嬢」になって、「ヒロインざまぁ」からのハッピーエンドを目指します。 *「小説家になろう」様にも投稿しています。

どうやら今夜、妻から離婚を切り出されてしまうようだ

結城芙由奈 
恋愛
【離婚なんて、嘘だよな?】 若くして小さいながらも商会を経営していた俺。子爵家令嬢と1年前に結婚、憧れだった貴族の称号を手にすることも出来、まさに順風満帆な暮らしを送っていた。会社の経営も、プライベートも充実していたある日、俺は偶然妻の部屋から離婚届を見つけてしまったのだった。俺の何処が不満なんだ? 離婚なんて嘘だよな? ※他サイトでも投稿中 ※3万文字以内に終わります

愛はないですが、地の果てからも駆けつけることになりました ~崖っぷち人質姫の日常~

菱沼あゆ
ファンタジー
遠縁に当たるバージニア姫とともに大国に花嫁として送られたアイリーン。 現王家の姫ではないので、扱いが悪く。 およそ、王様が尋ねてきそうにない崖の上の城に住むように言われるが。 狩りの帰りの王様がたまたま訪れ。 なにもなかったのに、王様のお手がついたのと同じ扱いを受けることに。 「今後、アイリーン様に課せられるお仕事はひとつだけ。  いつ王様がいらしても、ちゃんと城でお出迎えされることです。  あとは、今まで通りご自由に」 簡単でしょう? という感じに言われるが。 いえいえ。 諸事情により、それ、私にはかんたんじゃないんですよっ! 寝ると死んでしまうアイリーンと近隣の国々を侵略しつづける王様の物語。 (「小説家になろう」でも掲載しています。)

婚約破棄!? ならわかっているよね?

Giovenassi
恋愛
突然の理不尽な婚約破棄などゆるされるわけがないっ!

処理中です...