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39 Nessun dorma

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「で、なんでここなんだ?」

 涼へ伝えたあと、私は二人からアドバイス的な指示を受け、合流した涼と一緒に、4人でカラオケ店に入った。
 桜ちゃん、涼、私、マリアちゃんで、座っている。

「ここでも勉強出来るし、私たちは2、3曲歌ったら帰るから」
「そのあとのことは、光海から聞いてくれ」
「……大丈夫なのか?」

 涼が聞いてくれる。けど、私も聞きたいし。

「うん。大丈夫です」
「……。そうか、分かった」

 またなんか、頑張ってる感じする……。

「ヘイ! じゃ、まずは、私から!」

 桜ちゃんが歌い始めて、マリアちゃん、私、……で、涼が。

「歌とか、あんま分かんねぇんだけど……」

 選曲しようとして、悩んでいる。

「あんま、ということは、少しは知ってるのか? 歌いたくないなら別に良いが」
「あー、こう、音楽の授業で習うようなのとかしか知らねぇ」
「なら、もう1回いくぜ!」

 桜ちゃんの音頭により、三人でまた歌って。

「で、どう? いく?」

 完全に桜ちゃんの空気で、涼はマイクを渡された。

「……なら、これ。授業っぽくないやつ」

 涼が歌ったのは、『誰も寝てはならぬ』。しかも、訳詞じゃなくて、原曲の詞のまま。
 なんでそれを。しかも上手いし。

「……で、歌ったけど」

 涼はマイクをテーブルに置き、座る。

「……橋本ちゃん。なぜにその歌を?」
「ああ、祖母の好きな歌。俺、高い音出せないし、丁度いいかと」
「なんの歌か分かってるのか?」
「いや? 家にCDあるけど、日本語じゃねぇし。歌詞カードは失くしたらしいし。音で覚えた」

 そうなんかい。……あ、だからリスニングも、少し得意なのか?

「……じゃ、みつみん」
「あ、うん?」
「話と、その曲の説明任せていい?」

 まじか。

「しょ、承知した」
「で、マリアちゃん、どうする? もう1曲歌う?」

 桜ちゃんの言葉に、

「いや、潮時だと思う」

 マリアちゃんは、そう答えて。
 二人は行ってしまった。

「……で、何がなんだったんだ? あの二人が光海に変なことするとは思わねぇけど」

 不思議そうな顔の涼に、「えーと。まず、聞いて欲しいことがあります」と、私はコーヒーチェーンでの話をした。

「それで、疑問は早いうちに解決したほうが良いって、言ってくれまして。ここなら人目にもつかないからって。ごめんね、図書室で勉強してたのに」
「……や、悪い……気ぃ遣わせた……」

 りょ、涼が項垂れている……!

「えー……爆発の意味はな、お前がどっからどう見てもいつ見ても可愛くて、気を引き締めてないと脳みそがショートしそうだから、なんだが」

 脳みそがショート。

「それは、どうすれば改善されます……?」
「……。…………引かねぇ?」

 何を言うつもりだ。

「が、頑張ります」
「ありがとう。じゃ、言う。お前ともっと触れ合いたい。手ぇ繋ぐだけじゃなくて、抱きしめたり、……キスとか、したい」

 ふぉ、ほおぅ……。

「それに、光海、朝早いだろ。学校で勉強するからって。下校は、お前、バイトとかあるし、しょうがないと思ってるけど。俺も朝早めて、一緒に登校したい」
「そ、それは、睡眠時間とか、大丈夫ですか?」
「今はな、夜に、資格とかの勉強してる。だからそれを、朝に回せばいいと思う」
「大丈夫なら、いいですけど……」
「で、光海。それらひっくるめて、どう思う?」

 え、えーと。

「登校は、大丈夫です。下校も、出来る日は一緒に帰りましょう。で、その、触れ合い、なんですが……」
「や、無理にとは言わねぇから」
「いえ、そうでは無くてですね。そういうことを、家族や友達以外としたことがほとんど無いので、出来るか、不安で」
「ほとんどってなんだ?」

 涼が顔を上げてくれたけど! なんか怖い!

「ほとんどって誰だ? 誰とそういうことした?」
「じょ、常連さんとかです! バイト先の! 地域や民族性にもよりますけど、日常的にハグなんかをする人もいるので! ですけど、今は配慮して下さっているので! 皆さん! そういうことはありません!」
「ハグなんかって? キスもしたのか?」
「小さい子に、挨拶でほっぺにされただけです!」
「何歳」

 グイグイ来る!

「よん、4歳の子です!」
「そうか。で、光海。提案なんだが」
「な、なんですか……?」
「どこまで出来るか、試してみねぇ?」
「え?」
「手は、握れただろ。そこから今、どこまで大丈夫か。確認したい。ダメだと思ったら即言ってくれ。やめるから」

 真剣に、でも不安そうに、言う、から。

「す、少しずつ、なら……」
「じゃ、今、手。握っていいか?」

 差し出される。

「あ、はい。それは」

 それに、自分のを、重ねる。握り込まれる。

「大丈夫か?」
「大丈夫です。でも、これだと、私の手がすっぽり包まれてしまいますね」
「……なら、これは?」

 手のひらを合わせるようにされて、指を絡められた。
 これは! 世に言う! 恋人繋ぎ!

「……離すか?」
「い、いえ、そうではなく……こんな気持になるんだぁ……と……」
「……嫌では、ない?」
「緊張、しては、いますけど……嫌では、ないです。なんか、くすぐったいです」
「……はーーー可愛い」

 うつむきながら言われましても!

「……このまま、少し、寄ってもいいか」
「は、はい」

 少し空いていた距離を詰められて、足が、触れた。あ、足! そしてそのままぴったりと!

「まだ、いけるか?」
「こ、ここから、どうすれば……?」
「体、引き寄せたい。腕、回していいか」
「は、はい……」

 空いている手が、ウエスト辺りに回される。繋がれていた手も離れて、背中に。
 グイ、と、引き寄せられて。

「──っ!」

 ぶつかる、と思ったけど、その少し手前で止まった。……ちょっと、びっくりした。

「……怖いか」

 すぐ近くに、涼の顔があって。瞳の奥に、期待と不安と色んなものが、ごちゃまぜになってるのが、分かって。

「ちょっと、びっくりしただけです。ぶつかるかも、と、思ってしまって」

 安心して貰おうと、笑顔で言った。
 ら。

「……なら、ゆっくりやるから、このまま抱きしめてみる」

 また、頑張ってる……堪えてる、だっけ。顔になって、そう言って。
 そっと、ゆっくり、ふわ、と、抱きしめられた。
 やっぱり、良い人だ。優しい人だ。

「涼」
「なんだ」
「私も、腕を回して、いいですか?」
「ああ」

 涼の背中に腕を回す。エアコン、効いてるから、涼が温かいな。

「もう少し、寄ってもいいですか?」
「うん」

 体を寄せて、腕に力を込めて。涼も、確かめるように、回した腕に力を込めてくれた。

「光海」
「はい」
「少し、このままでいて、いいか」
「もちろんです」

 数分、そのままでいて。

「……なあ、光海」
「はい」
「もう1個、いいか」
「なんですか?」
「口調、三木とか百合根に話すみたいに、してくれないか?」
「えっと、タメ口、ですか?」
「そう」
「どう、えぇと、ずっとこうだったから……頑張り、……頑張る」
「……うん。光海、好きだ」
「私も、えっと、好き。涼のこと」
「ありがとう。……そういや、曲の説明って?」

 え? この状態で?

「あ、あれは、あるオペラ──歌劇の、アリア、曲で……」

 私は、トゥーランドットの概要と、その曲の歌詞や内容について説明した。

「……はっず……」
「いえ、あ、知らなかったんだから、しょうがない、と、思うよ? それに、とっても上手だったし」
「流行りの曲、覚えるわ」
「それも良いと思うけど。また聴きたい気持ちもちょっとある」
「……なら、光海と居る時にだけ、歌う」
「うん。ありがとう」

 そしてまた、こうしてて。
 時間の連絡の呼び出し音に、二人して驚いた。


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