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38 爆発

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「ほあー……」

 一緒にキッチンに移動して、「一応、付けてくれ」と渡されたマスクをして、私は、涼のバナナカップケーキを涼が作る、その過程を見学させてもらっていた。
 手際が良い。当たり前だけど、手際が良いな。
 出来た生地を、カップケーキの型にセットしてあるカップに入れて、切ったバナナをその上に乗せる。そこでオーブンの予熱がちょうど終わり、カップケーキをオーブンに入れ、焼いていく。

「あとは、待ち」

 マスクを付け、厨房を見学させてもらった時に見た、十九川さんが着ていたような服を着て作業していた涼は、そう言った。

「で、その間に、片すから」

 途中途中でもしていたけど、涼は、残っている器具を洗い、キッチンを綺麗にして、そこに焼いたケーキを乗せる網を出して、置いた。
 ここに、乗せるのか。

「で、焼いてる間、どうする? 見てるか?」

 マスクを外しながら、涼が聞く。

「見てたいです」

 それを見て、私もマスクを外した。

「じゃ、椅子」

 と、私が何かする前に、涼は椅子を2脚持って来て、1つをオーブンの前に、もう1つをその隣に、置く。

「光海、ここ」

 そのオーブンの前に置いた椅子の背もたれを、涼が軽く叩いた。

「えっ、作った人が座る場所では……?」
「隣からでも様子は分かる。ほら」
「し、失礼します……」

 恐る恐る座り、オーブンへ目を向ける。その隣に、涼が座った。

「にしても、お前、ホントにこれ好きな」
「好きですよ」
「一昨日にも渡したのに」

 ……あれは。

「一昨日のは、食べてません」

 オーブンを見つめながら、言う。

「一昨日、……あのあと、今の自分には、これを食べる資格が無いんじゃないかって、思ってしまって。なので、家族に食べてもらいました。みんな、美味しいって、言ってくれましたよ」
「……光海」
「はい」
「もっかい手、握っていいか」

 隣を見れば、涼は少しマシュマロの顔を、こっちに向けて、片手を差し出していて。

「はい」

 私はそこに、自分の手を、重ねた。

  ◇

 熱々のそれを、慎重に、でも時折「あちっ」と言いながら、食べて。

『焼き立ても格別です』

 と、光海は笑顔で言った。
 その、一つ一つの仕草に、涼の、心が跳ねる。冷静に、と念じながら、残りは持って帰れと、粗熱が取れたバナナカップケーキを箱に入れ、持たせた。
 玄関で靴を履く光海を、まだ居て欲しい。そう思いながら眺めていたら。

『また、お邪魔していいですか? 涼の部屋でも一緒に、勉強したいです。あと、良ければ、ですが。また、日向子さんに、ご挨拶させていただいても、いいですか?』

 良いなんてもんじゃねぇわ最高だよこのヤロウ。
 舌に乗りかけたそれを、飲み込んで。

『全然問題ない。母さんも喜ぶ』

 なんとかそう言って、見送った。
 そして、その夜。光海からのメッセージを受け取った涼は、

『お付き合い、誰に話しても大丈夫ですか? マリアちゃんと桜ちゃんには、さっき伝えましたけど。愛流とかに伝えると『マジ?! 恋人シチュのポーズが撮り放題じゃん!』とか、言いそうなんですけど……』

 嬉しいやら、気遣いが寂しいやら。

『光海の判断に任せる』

 涼は、そう、伝えた。

  ◇

「では。報告会を。始めます」

 桜ちゃんの言葉に、

「ああ」「はい」

 マリアちゃんと私が答える。
 今日は、涼に告白された次の日だ。

『放課後、いつものお店に集合。みつみんと橋本ちゃんについて』

 桜ちゃんに、グループラインでそういう号令をかけられた。そして、いつものお店、コーヒーチェーンに居る。

「あの、それで、その、どう、報告すればいいの?」
「どう思ってるかの確認と、状況報告♪」

 え、えーと……。

「涼のこと、好きなのは、本当。状況は……まだ、初日だし。そもそも、誰かとお付き合いしたことないし。手探り、みたいな」
「光海、橋本と会っている時の自分を、客観視出来ているか?」

 マリアちゃんに、聞かれる。
 その、聞かれ方からするに……?

「え、その、だだ漏れ……ですか……?」

 誰にも話していないのに?!

「授業中がどうだかは、分からないが。……その……例えが悪いが……姉さんの、アレを……十分の一くらいにしたような、感じに見える」

 ま、マジかよ。ベッティーナさんの十分の一は、相当強烈な気がするんだけど?

「えぇ……授業は真面目に受けてる、つもりなんだけど……小テストの点数も、大丈夫だと思うんだけど……」
「見ていい?」

 桜ちゃんに言われたので、今日あった、物理と公民、倫理と日本史の小テストを出す。

「私も良いか?」
「どうぞ」

 二人に見られて、なんか、心臓がバクバクする。

「うん。ありがと、みつみん。点数、いつもの感じだね」
「ありがとう。大丈夫だと思う」
「よ、良かった……」

 胸を撫で下ろし、二人からテストの紙を受け取って、仕舞う。

「全部、疎かには、したくないし」

 恋にうつつを抜かす、なんて、周りにも、自分にも、相手にも失礼だ。

「……うん。みつみんは、大丈夫そうだね」
「そうだな」
「ありがとう、て言いたいけど。その言い方だと、涼に、何か……?」
「んー……みつみんから見て、どう?」

 どう、とは。

「そうだね……なんか、頑張ってくれてると思う。授業も真面目に受けてるみたいだし、休み時間もさ、二人が来てくれて、一緒に喋ったり、クラスのみんなと喋ったり、普通な、感じは、ある。けど……なんか、頑張ってる感もあるような気がしてる」
「それについて聞いたか?」
「聞いてみた。まだ、学校では、二人以外に話してないから、ラインで。で、返事が……その……見てくれる?」

 私はそれを見せた。

『頑張ってるっつーか、堪えてる。爆発しそうだから』
『どういう意味ですか?』
『時間ある時に、話す』

 二人はそれを見て、神妙な顔になった。

「これ、どうすれば良いかな? 爆発って、どういう意味の爆発かな? 時間ある時ってさ、たぶん、勉強の時のことを言ってるんだと思うんだけど」
「ヘタレだ」
「光海には悪いが、私もそう思う」

 涼は、ヘタレだったのか。行動力はあるのに。

「みつみん、次の勉強会、いつ?」
「一応、日曜の予定。10時から。土曜はバイトがあるし……」
「橋本、図書室に寄るって言っていたよな。もう、帰ったのか?」
「分かんない。聞いてみる」

 送ったら、1分もしないで返事が来た。

「まだ居るって。……呼ぶ?」
「呼ぼう呼ぼう。話はそれからだ」

 桜ちゃんのそれに、「分かった」と返事をして、それを涼へ伝えた。


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