上 下
32 / 134

32 光海の家

しおりを挟む
「で、ここが我が家です」
「……ああ」

 学校から、そのまま二人で帰ってきて。橋本はウチを──成川家を、見上げた。
 うん。三階建てだしね。
 鍵を開け、ドアを開ける。

「ただいまー」
「……お邪魔します……」

 橋本を連れて玄関に入って、

「まず、私の部屋に行きます」
「お、おう」

 緊張しているらしい橋本を連れて、階段を登っていく。
 家族には、事前に──ていうか、愛流がねだったのを承諾された時点で──橋本が来ることを伝えてある。で、今日は、当たり前に平日であり、父母は仕事があり、大樹も愛流も、彼方も学校がある。勇斗は保育園だ。祖父母は残ろうか、と行ってくれたけど、マシュマロの散歩を優先してもらった。
 のを、橋本には伝えてある。
 三階まで上がり、

「このまま登ると屋上です」
「屋上、あんのか」
「はい。で、私の部屋はこっちです」

 と、三部屋あるうちの一番奥の部屋の前へ。

「間違ってマシュマロが入らないように、鍵がついてます」

 と、言いながら、鍵を開け、ドアを開く。

「どうぞ」
「……どうも……」

 おっかなびっくり、って感じで、橋本が部屋に入る。
 私の部屋は、フローリングで、八畳分の広さがある。一番端なので、窓は2つ。ベッド、本棚、勉強机、ローテーブル、あと、窓の無い側にクローゼットがついている。床にはラグを敷いている。

「まあ楽に、初めての人の部屋で楽って難しいでしょうけど。楽にして下さい」

 言いながら、勉強机の上に、カバンを置く。

「あ、座布団じゃなくて薄いクッションならありますけど、使いますか?」
「ああ、うん、頼む」

 クローゼットを開き、丸いクッションを2つ取り出す。それを、ローテーブルの前に並べて置く。

「では、飲み物持ってきますね。紅茶とコーヒー、どっちが良いですか?」
「あ、や、その前に、な。これ」

 橋本はリュックから、薄い箱を取り出した。カメリアのものだ。

「手土産的な、やつ。リーフパイ」
「わ、ありがとうございます。なら、お茶うけで出しますね」

 箱を受け取り、紅茶で、と確認して。

「じゃ、待ってて下さい」

 言って、部屋をあとにした。

  ◇

 落ち着かない。その一言に、全てが集約されている。
 一応、勉強のために来たんだから、と、2つ並べられたクッションの、右の方に腰を下ろし。

「……」

 一応ってなんだ。と、橋本涼は、自分に突っ込んだ。
 こういう部屋が好きなのか、どうなのか。橋本は教材を出しながら、そろり、と室内を見回す。
 クリーム色の壁、敷かれているラグもクリーム色。カーテンは薄い緑で、出されたクッションは薄いグレー。ベッドもクリーム色の系統らしい。
 クリーム色が好きなのか、薄い色が好きなのか。
 そして、それとは別に、ここまでを見ていて、橋本は気になった。
 家が、新築のようだ、と。
 思ったところで足音がして、

「おまたせしました。入って良いですか?」

 と光海の声がし、橋本は努めて冷静に、返事をした。

  ◇

 紅茶2つ、お皿に乗せたリーフパイ6枚、を、トレーからローテーブルに移す。トレーは机の上に置き、カバンを持ち、ローテーブルに座って、

「さあ、始めましょう」

 勉強を始めて、一時間ほど。橋本の緊張も解けてきたらしく、いつも通りな感じだ。
 それと、そろそろ、愛流が帰ってくる頃だけど……。
 ただいま、と、愛流の声がした。

「あ、帰ってきましたね」
「おお、あの」
「はい。迎えに行ってきます」

 で、部屋を出て、階段の所で。

「あ、お姉ちゃん。靴、あれ、橋本さんだよね?」
「そうだよ。おかえり。失礼のないようにね」
「分かってるって。あ、ただいま」

 大丈夫か。
 そんな感じで、勉強は一回中断。愛流は、私の部屋で、橋本の写真を撮り始めた。
 立ってくれます? で、5枚ほど。
 座ってくれません? を数パターンでまた何枚か。
 私と並んで立ち、また数枚。背中合わせで数枚。

「愛流、そろそろ30分くらい経つよ」
「え、もう少し……まあ、いっか! それは次回で!」
「次回って、愛流よ。橋本さんが困るでしょ」
「え、駄目です?」
「え、や、このくらいなら、別に」

 橋本を見れば、少し戸惑っているけど、そのくらい。

「じゃ、愛流。次もこんな感じでね?」
「了解! じゃ! この勢いのままにラフ書くから、橋本さん、失礼します!」

 愛流は、風のように出ていった。

「橋本さん、どうします? 少し、休憩します?」
「あ、ああ、じゃあ……あ、屋上、あるんだよな? 行ってもいいか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。じゃ、行きましょうか」

 そして、屋上の鍵──5桁の数字を合わせる南京錠タイプ──を、開けて。ドアの横の棚にあるサンダルを手に取り、橋本にもサンダルを持ってもらって。

「ここが我が家の屋上です」
「へー……」

 高めの柵と、ほぼ障害物の無い、ゴム質の床。

「一応説明しますと、ああいう鍵なのは、マシュマロと勇斗、4歳児が間違ってここに出てこないようにです。柵が高いのも同じ理由です。まだだとは思いますが、祖父母と散歩に行っているマシュマロが帰って来るかも知れませんから、、一旦、鍵を閉めました。こっちからの鍵はすぐに開きます」
「はー……1個、聞いていいか?」
「なんですか?」
「家がさ、こう……新しい感じに、見えるんだけど」
「あ、そうですね。3年ほど前に、増改築しました。祖父が当てた宝くじのお金で。屋上もその時に作りました」
「なるほどね」

 橋本は、柵に近寄る。柵、2メートルあるんだけどな。180超えの橋本を見ると、まだ低いんじゃないかって思ってしまう。

「はー……結構見えるんだな。この辺の家、2階までが多いからか?」
「そうだと思います」

 柵に添って歩いていく橋本の、後ろを歩く。

「──あ」

 橋本が足を止め、少し遠くを見た。

「ああ、ご自宅ですね」

 視線の先は、カメリアだ。

「……なあ、成川」
「なんですか?」
「また、ここ、来ていいか?」
「はい。どうぞ」
「あの店にも、行っていいか。フランス料理の」
「はい。お待ちしてます」
「あと、また、家、来てくれないか。……会って欲しい、人が居る」
「分かりました」
「あと、さ、名前」

 名前?

「光海って、呼んで良いか?」

 橋本が、こっちを見た。泣くのを我慢してるような、笑顔だった。

「いいですよ。橋本さ……んん? どうしましょう? 私も名前で呼んだほうが良いですか?」

 なんか、不公平な気がする。なんの不公平かは、分かんないけど。
 橋本は、ぽかんとして、けど、すぐ、その顔は、真面目なものになった。

「お前、光海が、良いなら」
「じゃ、そうします。涼さん……涼さん……涼くん……涼ちゃん……?」

 なんか、違和感があるな。うつむき加減に考えていたら。

「……お前、ホント、マジ、そういうの……」

 橋、……涼、暫定『涼』が、しゃがみこんでうつむいていた。

「あ、すいません。嫌でした? 戻しましょうか」
「違うわ。名前で呼んで欲しいんだよ」

 大丈夫らしい。

「えー……なら、涼、で、良いですか?」
「ああ」
「勉強、どうします? 再開します? もう時間ですけど……」
「……光海の、このあとの、予定は」
「えっと、7時半に夕食の予定なので、それまでは、勉強を」
「じゃあ俺も、そうする。いいか」
「私は構いませんが……ご自宅へは」
「今から連絡する。いつも夜、遅いから、大丈夫だと思う」
「分かりました。……では、戻ります?」
「ああ」

 涼は、スクっと立ち上がった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

ひとひらの花弁 〜大正時代に夫婦だった私達ですが、転生したら夫が小学生でした〜

月城雪華
恋愛
時代は大正初期。 「来世こそ一緒に生きよう──必ず見つけ出すから待っていて、愛しい人」 心から慕っていたその人は、桜が舞い落ちる日に息を引き取った。 もしこの世に神が居るのなら私も一緒に連れて行って。何度願ったのか分からない。 時は過ぎ去り、20××年。ひらり、はらりと桜が舞う日。 今世、烏丸葵として転生した。 高校2年に進級したある日。桜の樹の下で出会った少年は前世の夫───あれ、小さい? 聞けば今の名は八坂麗というらしく、この春から小学生だという。 葵と麗の温かくも|愛《かな》しい物語が、ここから始まる。 現代と過去を行き来する物語 主人公の過去からお送りします。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ *章ごとに視点が切り替わります。基本的に葵、麗の二人でたまに第三者。これらが大丈夫な方のみお進みください* カクヨム、小説家になろうでも投稿しています

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

母は、優秀な息子に家の中では自分だけを頼ってほしかったのかもしれませんが、世話ができない時のことを全く想像していなかった気がします

珠宮さくら
恋愛
オデット・エティエンヌは、色んな人たちから兄を羨ましがられ、そんな兄に国で一番の美人の婚約者ができて、更に凄い注目を浴びる2人にドン引きしていた。 だが、もっとドン引きしたのは、実の兄のことだった。外ではとても優秀な子息で将来を有望視されているイケメンだが、家の中では母が何から何までしていて、ダメ男になっていたのだ。 オデットは、母が食あたりをした時に代わりをすることになって、その酷さを知ることになったが、信じられないくらいダメさだった。 そんなところを直す気さえあればよかったのだが……。

【完結・全7話】妹などおりません。理由はご説明が必要ですか?お分かりいただけますでしょうか?

BBやっこ
恋愛
ナラライア・グスファースには、妹がいた。その存在を全否定したくなり、血の繋がりがある事が残念至極と思うくらいには嫌いになった。あの子が小さい頃は良かった。お腹が空けば泣き、おむつを変えて欲しければむずがる。あれが赤ん坊だ。その時まで可愛い子だった。 成長してからというもの。いつからあんな意味不明な人間、いやもう同じ令嬢というジャンルに入れたくない。男を誘い、お金をぶんどり。貢がせて人に罪を着せる。それがバレてもあの笑顔。もう妹というものじゃない。私の婚約者にも毒牙が…!

皇太子から愛されない名ばかりの婚約者と蔑まれる公爵令嬢、いい加減面倒臭くなって皇太子から意図的に距離をとったらあっちから迫ってきた。なんで?

下菊みこと
恋愛
つれない婚約者と距離を置いたら、今度は縋られたお話。 主人公は、婚約者との関係に長年悩んでいた。そしてようやく諦めがついて距離を置く。彼女と婚約者のこれからはどうなっていくのだろうか。 小説家になろう様でも投稿しています。

揺れる想い

古紫汐桜
恋愛
田上優里は、17歳の春。 友達の亀ちゃんの好きな人「田川」君と同じクラスになって隣の席になる。 最初は亀ちゃんの好きな人だから……と、恋愛のキューピットになるつもりで田川君と仲良くなった。でも、一緒に時間を過ごすうちに、段々と田川君の明るくて優しい人柄に惹かれ始めてしまう。 でも、優里には密かに付き合っていた彼氏がいた。何を考えているのか分からない彼に疲れていた優里は、段々と田川君の優しさと明るさに救いを求めるようになってしまう。そんな優里に、田川君が「悩みがあるなら聞くよ」と、声を掛けてきた。「田上は、なんでも一人で背負い込もうとするからな」優里の気持ちを掬い上げてくれる田川君。でも、田川君は亀ちゃんの想い人で……。 タイプの違う二人の間で揺れ動く優里。 彼女が選ぶのは…… 。 イラストは、高宮ロココ様に描いて頂きました。

処理中です...