酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

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55 要望は、素直に

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 その言葉に、既にアイスを食べ終えて、チョコドーナツを齧っていた私は、画面に集中し直した。

『今回は……そうですね、六名のお客様の望む奇跡を、起こしましょうか。どなたか、奇跡を体験されたい方は、いらっしゃいますか?』

 一人目、また、最初のサラマンダーが見たい。
 アジュールはさっきよりも勢いのある炎を出現させ、サラマンダーの数も多く、客により近く見えるように、パフォーマンスをさせた。

 二人目、ライオンが見たい。
 子供のライオンを出現させ、成体になるまでの成長期を早回しのように見せ、大人になったライオンは、大きく吠え、サーカスの一幕のように、炎の輪をくぐった。

 三人目、サンタさんに会いたい。
 上から、赤鼻のトナカイのソリに乗ったサンタが現れ、「Marry Christmas!」と言いながら、ホール上空をを二周して、リクエストを出した子にプレゼントを渡し、また上に昇り、消えていった。

 四人目、イルカを出して。
 何種類ものイルカが現れ、バズった時のようにホールを泳ぎ回り、アジュールが出した海に繋がる道から帰っていった。

 五人目、天使が見たい。
 三歳くらいの子供に見える天使が複数現れ、ホールを飛び回っていたら、三メートルくらいある人型の光が壇上に現れ、天使たちはその人のもとへ集まり、輝きだし、翼を広げて上に飛んだ、ところで、全てが消えた。

 最後の六人目、動画で観た、妖精が見たい。
 アジュールの背後から妖精が次々に現れ、ホール内を飛び回り、それぞれに楽器を取り出し、演奏し、また、バイバイ、と手を振って、消えた。

『さて、六つの奇跡、如何だったでしょうか』

 アジュールの声が響く。

『そして、名残惜しいですが』

 アジュールが上へ顔を向ける。ホールに淡雪が降ってくる。
 アジュールは顔の向きを戻して、

『そろそろ、時間のようです。今夜、相見あいまみえたことに、感謝を。またいつの日か、会いに来てくださる希望を胸に。──このアジュール、失礼させていただきます』

 アジュールが礼をする。その姿は揺らめいて消え、雪だけが、静かに降り続ける。
 ホール内がざわめく中、画面が切り替わり、配信は終了。

「……終わっ……た……」

 ユイちゃんが、放心しながら言う。

「すごかったね。私も動画、ちゃんと観ようかな」

 リミさんが言う。

「すごいですよ、特に伸びてる動画とか。最初にバズったヤツ、送ります?」

 副島の言葉に「なら、お願い」とリミさんが言う。

「……あ! お金、副島、幾ら?」

 私はハッとして、副島へ顔を向ける。

「アイスとドーナツ、〆て三千円弱」
「一人七百円強くらい?」
「割り勘なら」
「じゃあ、千円渡せばいいかな? ポテチとお茶も合わせて」
「ども」

 私が財布を取り出していると、

「私も千円払うね」

 と、リミさんも財布を出し、

「私は……この場の感謝も込めまして、二千円でいかせてもらいます」

 テレビから目を離したユイちゃんもそう言い、財布を出した。

「どーも皆さん。ありがとうございます」

 合計四千円を受け取った副島は、お札を財布に仕舞う。
 後片付けをしていて、リミさんが、ぽつりと。

「忘年会、明後日だよね」
「ですね。あ、キャンセルとかですか?」

 聞いてみる。

「ううん。もう年末だなぁって。会社が休みになったら、大掃除しないと」
「あー、ですねー」

 最近の我が家は、セイのおかげで、とっても綺麗だけども。
 そして、片付けが終わり、解散。
 午後十時半過ぎ、帰宅。セイは、午前の一時過ぎに帰ってくる予定だ。

「みんなただいまー」

 セイに帰宅の連絡をしてから、子猫たちに癒やされ、明日の支度をササッとして、シャワーを浴び、レモネードとメモを用意して、

『一回寝ちゃうけど、何かあったら連絡してね』

 というメッセージと、おやすみのスタンプを、セイに送った。

 *

 午前一時半に帰宅したセイは、

『お風呂とかシャワーとか、足湯に浸かるだけでも、疲れは取れるらしいよ。レモネード、作ってあるから、良かったら飲んでね。ナツキ』

 そのメモを読み、愛しさで胸がいっぱいになった。
 風呂の用意をして、レモネードを持ち込み、湯船に浸かる。

「……ナツキさん」

 あの日の朝に、宝石言葉について尋ねてみた。

『あ、エメラルドの? それなら調べた時に出てきて、知ってるよ。愛と幸福と希望と幸運、で合ってる?』
『……そうです……』

 分かってて渡してくれたのか。抱きしめたくて、でも食事中だからと、抑えた。
 受け入れてくれたこと、嫌悪されなかったこと、それだけでも、充分に思えたのに。
 ナツキに優しくされる度、触れられる度、触れる度、安心感と胸の高鳴りが強くなった。強くなり、膨れ上がる。溢れそうになる。
 怯える心を抑え、もう一度だけと、縋るように求めてしまって。受け入れてくれて。

『あのね、その……ね? 私も嬉しいからね、体に負担にならないくらいなら、大丈夫だよ?』

 頭を撫でられながら言われ、その胸の中で泣いてしまった。ナツキは、自分が泣き止むまで、頭を撫で続けてくれた。

「……」

 レモネードを一口飲む。甘みと酸味が、体に行き渡る。
 ナツキは、自分が怯えながら求める理由を、聞いてこない。ただ、大丈夫だと、優しく言ってくれる。
 いつか、話せるだろうか。……話したとして、受け入れて貰えるだろうか。

「……疲れてる、うん」

 セイはレモネードを飲み干し、湯船から上がった。

 *

「セイ、朝だよ。起きて」

 セイは唸って、頭を寄せてくる。

「セイ、昨日のクリスマスショー、観てたよ。凄かったね。お疲れ様」

 頭を撫でながら言えば、

「……ナツキさん……」
「うん。ここにいるよ、セイ」
「ずっと、居て……」
「居るよ。だから、そろそろ起きようね。朝ご飯の時間だよ」
「あさごはん……」
「そう、あさごはん。一緒に食べよう?」
「食べます……、……えっと……」

 セイが、私を見て、目をパチクリさせて、

「おはようございます……」

 赤くなりながらそろそろと、私から手を離す。

「おはよう、セイ、昨日のショー、みんなで観てたよ。凄かったね。お疲れ様」

 セイが寝ぼけていた時に言った言葉を、もう一度、言う。

「ありがとう、ございます……支度、してきます」

 セイはそそくさと、寝室を出ていった。
 もうちょっと普通にしてくれても良いのになぁと、思いながら着替える。恥ずかしがるセイも可愛いけど、起きた時に笑顔で「おはようございます」と、言って欲しくもある。

「……ま、要望は素直に伝えるのが一番だよね」

 支度を終え、準備してあった朝ご飯を、セイと一緒に作り──カボチャスープとフレンチトーストとホットミルク──テーブルに着いて。

「「いただきます」」

 セイが、フレンチトーストを一口。

「ふわっふわですね……」
「昨日から卵液に漬けてたからね。染み染みになっていて、それが熱を加えられて、ふわっふわ」

 因みに、卵液を甘くしてあるから、フレンチトーストには基本、何もかけない。それがウチ流。

「……ね、セイ。一つ、言っても良いかな」
「? なんですか?」

 ホットミルクを飲んだセイに、言う。

「起きた時にね、そこまで恥ずかしがらなくて良いよ。っていうのを、伝えたかった」

 ……セイの動きが止まった。

「私はね、ホントに全然、嫌じゃないの。むしろ嬉しいの。起きた時にね、セイがくっついてくれてると、くっつくと安心するのかな、私にくっつくと安心するのかな、だったら良いなって、思ったりしてる。だから、セイが嫌だと思ってないなら、起きてからも、もっとくっついたり、そういうことしてくれて、全然構わない。──っていうか、そうして欲しいなぁって」

 セイが固まったまま、顔を赤くしていく。

「そ、そぁ、それは、……精進、します……」
「いや、精進とか、頑張らなきゃいけないなら、別にいいよ? 負担、かけたくないし」
「いえ、その……精進、は、……自分の問題、でして……」

 セイはうつむき加減に、目をうろうろさせる。

「しょ、正直、言いますと……あのまま、で、居たい、という、思いは、あります。……ですけど、……何と言いますか……条件反射のようなもので……なんとか、したいなとは、思って、います……」

 なんとか、ねぇ……。

「何か手伝える? セイが離れようとしたら、抱きしめるとか?」
「ぅえぁ……それ、は……、……では、一度、……お願いします……」
「分かった。そうするね。あ、あと、セイ。もう一個、これは相談なんだけど、いい?」
「……なんでしょうか……」
「私が実家に帰ってる間のご飯、どうしよって、さっき気付いたんだけど。どうしよっか?」

 それを聞いたセイは、悩ましげな顔になる。

「どう……そうですね……考えてなかったです……どう……?」

 首をひねっている。

「一応、聞くけどさ。コンビニとかで売ってるのは、食べられそう?」
「…………どうでしょう…………?」

 首は、反対側にひねられる。
 これはもう、あれかな。

「なら、なるべく、作り置きを作っとくよ。メモも用意しとくし、クロシロミケにも、伝えておくし。どうかな?」
「いいん、ですか」

 泣きそうになっている……。

「私は、そうしたい。私の我が儘。私がセイに、そうしたい。分かった?」

 少し、語気を強めて、あえて笑顔で言う。

「っ……わ、分かりました……お願いします……」

 セイは顔を赤くして、こくり、と、頷いた。


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