酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

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『あ、私もどうなってるか見たいから、ちょっと化粧室行くね』

 そう言って彼女は席を立ち、行ってしまった。

「……はぁ……」

 セイは溜め息を吐きながら、額に手を当てる。
 彼女がネックレスを着ける仕草、石を手に取り、「ありがとう」とこちらに向けたあの顔──

「意識が飛ぶかと思った」

 受け取ってくれただけでも嬉しかったのに。追加で更にご褒美を貰った気分だ。
 それも、特上の。
 五百年、生きてきた。最初は独りで、魔法使いに──師匠になる人に拾われてからは、二人で。……そしてまた、ひとりになって。
 けれど、こんな感情を抱いたのは、これが、初めてで。

「僕、そういうのとは縁遠いと思ってたんだけど……」

 この見た目からか、好意を向けられることは多かった。けれど、誰にもそれを返せたことがなかった。
 だから、自分は、そういう人間なのだと、思っていた、のに。

「……」

 深く考えると、更に深みに嵌りそうだ。変なことを口走って、彼女に嫌われたくはない。
 それに、また、それも明日、彼女に会えることになるなんて。
 自分の心配をしてくれる、彼女のことが、逆に心配になる。
 良い人すぎやしないか。誰かに騙されやしないか。
 もしそうなったら、彼女を全力で守って、騙したヤツは金輪際彼女に近付かないよう徹底的に教えこむだけだけれど。

「……」

 思考が過激になっている。冷静になれ。彼女に嫌われたくないんだろう?

「……あ、防音」

 もう、いいだろう。そう思ってセイは、防音の魔法を解く。

「おまたせ」

 すると丁度、彼女が戻ってきた。

「いや、改めて見てみたけど、綺麗なネックレスだね。私にはもったいないくらい」
「いえ、良くお似合いですよ」
「はは、ありがと」

 席に座りながら、ナツキは困ったような笑顔になる。
 お世辞だと思われただろうか。本心からの言葉なのだけれど。
 そう言いたかったけれど、セイは口を閉じた。まだ、そこまで言えるほどの勇気を、持てなかったから。

「じゃ、時間も時間だし、お店出る?」
「え? あ、ああ、そうですね」

 そうだ。もう料理も食べ終わって、飲み物もほとんど残っていない。彼女との時間も、もう終わりが近い。

「じゃ、メニューは別の所で話し合おう」

 ナツキが言う。

「……メニュー……」
「そう。明日のメニュー」

 はにかみながら、ナツキは言う。
 そうだった。まだ、彼女と一緒に居られる。

「……はい」

 セイは、嬉しさでにやけないように意識しながら、頷いた。
 その顔がとても綺麗な微笑みとなって、ナツキをまた混乱させていることなど気付かずに。

 *

「いやぁごめんね。思いほう持ってもらっちゃって」
「いえ、こちらこそ。結局またお世話になってしまいまして……」

 私が言うと、セイは申し訳無さそうに、でもなんだか嬉しそうに言う。
 あれからコーヒーチェーンへと場所を移し、明日のメニューを二人で考えていたら、ふと、思いついてしまったのだ。

『ね、セイ。思ったんだけど』
『はい』
『今日の夜は空いてるの?』
『はい。……え?』

 セイがぽかんとした顔になる。

『いやさ、夜も空いてて明日も空いてるなら、今夜もご飯作れるなーと思って』
『え……え、え?』
『いや、急な話だから、断ってくれて構わないんだけど』
『いえ断るなど!』
『うぉう』

 すごい勢いで言われた。

『あ、……すみません……ちょっと、その、少し、混乱? してしまって』

 混乱。そのあともセイはちょっと俯いて口元に手を当ててなんだかぶつぶつ言うけど、声が小さすぎて聞こえない。

『セイ?』
『あ、いえ、すみません。……その、ご迷惑に、なりませんか……?』
『うん。全然大丈夫。あ、帰りにさっき言ったスーパー寄ろう。夜分と明日の分の食材買わないと』
『……本当に、良いんですか……』
『うん? うん。それともセイにやっぱ用事がある?』
『いえ、全く。ぜひ』

 と、いうことになって、夜のメニューもそこで話し合って、一緒に帰って途中の激安スーパーに寄っての帰り道、という場面だ。
 で、家までもう少しという人通りのない道まで来て、思い出した。

「あ、セイ。ちょっと道変えていい?」
「? はい。何かあるんですか? ……!」

 その瞬間、セイが目を見開いた。

『あれぇ? ナツキちゃん。その人だぁれぇ?』

 後ろから、聞き覚えのある女性の声。けど、なんでここで?

「アカネさん?」
『久しぶりぃ』

 後ろから私の肩に手を回すアカネさん。その体は半透明で、彼女はふわふわと浮かんでいる。
 彼女は、幽霊だ。

「え、どうしてここに? あの、もう少し行った通りがテリトリーじゃありませんでした?」
『んーとねぇ、なんか動けるようになったんだよねぇ』

 二十歳くらいに見え、愛らしい顔をして、肩までの髪は毛先がくるりと内側に巻かれている。そんないつもの姿のアカネさんは、私からセイへと視線を移して。

『で、この人だぁれ?』

 その瞬間。ヒヤリとした空気が体にまとわりついた。


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