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16 その景色は

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「では、おさらいです」

 アルニカは、眺めていた外壁の上からコルネリウスへと視線を移し、言う。

「まず、すでに解析して見つけてあるこの墓地の結界の綻び……という名の隙間を、私たちは小動物に変身して通り抜け、中に入ります」
「……ああ」

 まだ顔色は悪かったが、もたれていた壁に手をつき体を離して姿勢を正し、コルネリウスは頷く。

「そしてあの人のお墓に一直線です。小動物に変身したまま、飛行魔法を使って素早く移動します」
「ああ」
「で、あらかじめ他のお墓で予習していましたが、あの人のお墓にかかってる防御の魔法を解析して、解いて、墓を暴きます」

 暴く、というその言葉に、コルネリウスは息を呑む。

「大丈夫です。墓暴きは私一人でやります。あなたが罪を背負う必要はないと、最初に言ったでしょう?」
「……いや、僕もやる。……背負わせてくれ」

 アルニカは、コルネリウスを見つめ、

「……分かりました。手元を狂わせたりしないでくださいね」
「あ、ああ」
「で、私が用意した偽物のあの人の遺体と本物を入れ替えます。あなたはなるべく顔を背けててくださいね」
「……前処する」
「……まあ、はい。で、お墓を直して、防御の魔法を張り直して、痕跡を消して、あの人を生き返らせます」
「ああ……!」

 昏かったコルネリウスの目に、光が宿った。

「で、あの人は混乱するでしょうけど、説明もそこそこにまた結界の隙間から出て、転移魔法で私の家まで行きます。いいですか?」
「ああ。……分かった」
「では、始めます」

 アルニカがそう言った瞬間、アルニカとコルネリウスを、光の粒子が包む。そしてそれは小さくなり──

「はい。ネズミさんです」

 アルニカは赤色のネズミに、コルネリウスは黒色のネズミになっていた。
 黒ネズミは外壁を見上げ、

「……結界の隙間が、この上なんだよな?」

 赤ネズミがそれに頷く。

「はい。なので、浮き上がりましょう」
「っ……?!」

 二人──二匹はふわりと浮き上がり、外壁の上部、そのすぐ近く、中の庭や墓が見える位置まで来ると、停止した。

「そ、それで……その、隙間とやらは……」
「あなたには魔力がほとんどありませんから、見えないと思います。なので、私が通しますね。動かないでください」
「っ……!」

 ピキン、と動きを止めた黒ネズミをアルニカが操作し、外壁を、そこに張られた結界の隙間を通り抜けさせる。そして、黒ネズミはそのまま地面に着地した。

「……」

 コルネリウスが外壁を見上げると、

「お待たせしました」

 赤いネズミが外壁を伝ってトトト、と降りてくる。

「では、ここからは高速移動です。防音と認識阻害と気配察知をかけてはいますが、万が一を考えて動きます」
「わ、分かった」

 と、また二匹は浮かび上がり、

「うっ?!」
「静かに」

 ピュン、と広い墓地を、ある場所に──フィリベルトの墓に向かって一直線に進む。

「着きましたよ」

 ふわり、と地面に着地した二匹のうち、黒い方──コルネリウスはくたりとその場にしゃがみ込んだ。

「……頭が、ぐらぐらする……」
「そのうち治まります。動かないで、ゆっくり深く呼吸しててください。私は防御の魔法の解析に取り掛かります」

 赤ネズミから元の姿に戻ったアルニカは、魔力を巡らせた目を凝らし、墓に施された魔力の流れと構造を感知し、その仕組みを理解していく。

(……大丈夫。結構複雑だけど、ブリュンヒルデ様のよりは簡単に作られてる)

 ブリュンヒルデの墓廟は別の場所にあるが、この、フィリベルトの隣にある、最初にブリュンヒルデが埋葬された墓も、今現在も残され、管理されている。
 これはエーレンフリートの愛の証だと、人々は当たり前のように口にする。
 そのブリュンヒルデの墓は、この皇族用の墓地で一番複雑で気合が込められた防御の魔法がかけられていた。

(……そして、二番目に複雑なのが)

 この、フィリベルトの墓なのだと、アルニカは読み取り、理解する。
 これも、エーレンフリートの愛ゆえなのだろうか。死してなお、見放されてなお、愛される息子。

(……まあ、今はそれは置いといて)

 解析を終えたアルニカはコルネリウスに振り向き、

「終わりまし、た……」

 涙をこぼす黒ネズミに、思わず呆気に取られる。

「……気持ちは分かりますが、今は切り替えてください」
「……すまない……」

 アルニカがコルネリウスを元の姿に戻すと、彼は指で涙を拭い、

「どうすればいい」

 強い眼差しで聞いてきた。

「……私が防御の魔法を解きます。お墓の構造は単純なものですから、あとは楽ちんです」

 そう言って、アルニカは墓に手をかざす。

「……はい。終わりました」
「……え、……早いな」
「不備はありませんので、ご心配なさらず」
「あ、いや、……ああ」
「では、墓標ごと墓石をどかしますよ」

 アルニカが言うなり、墓石が音もなくふわりと浮かぶ。

「……は」

 それを見て、コルネリウスは目を見開いた。

「土もそのまま持ち上げます」

 その通りに、土が、四角く被せられた状態を保ったまま浮かび上がる。

「で、棺を取り出します。……向こう向いててください」

 コルネリウスに言うアルニカに、

「……いや、大丈夫だ」

 コルネリウスは意志のこもった声で言った。

「……そうですか。ここで吐かないでくださいね。痕跡が残ります」
「……」
「では、いきますよ」

 アルニカの声とともに、装飾が施された棺が、深く掘られた穴の中から浮かび上がってきた。

「で、このまま開けます」

 その言葉通りに、厳重に固められていたはずの蓋が棺から外れる。そして、

「……!」

 コルネリウスが息を呑む。
 豪華絢爛な死に装束を着せられており、死人の肌の色をしたフィリベルトが、そこから浮かぶようにして出てきて、地面スレスレで停止した。

「ホント、見た時も思ったけど、脱がせるのが面倒くさい衣装……!」

 アルニカは悪態をつきながらも、魔力の流れをを様々に操作して、服を脱がせていく。

「……、……」

 それを見ているしかできないコルネリウスは、ハッと気付いたように、アルニカに顔を向けた。

「えっと、アルニカ。その、偽物はどこだ……?」
「この中です」

 アルニカが言うと同時に、フィリベルトの隣に大きな魔法陣が出現する。そして、その魔法陣から、

「なっ……?!」

 フィリベルトに瓜二つの、

「人間じゃないですよ。人形です。材料さえあれば、意外と簡単に作れます」

 アルニカの言葉に、コルネリウスは無意識に詰めていた息を吐いた。

「で、このお人形さんに服を着せます。……面倒くさい……!」

 また、悪態をつきながらも、アルニカは、最初にフィリベルトが着ていた通りに、人形に服を着せていく。

「この人には一旦布にくるまっててもらいます」

 というアルニカの言葉と同時に、魔法陣から大きな布が現れ、フィリベルトを包んだ。

「はぁ……あとは、今やったことの逆再生を行えばいいんです」

 アルニカの言葉とともに、死に装束を纏った人形は棺に納められ、蓋はがっちりと固められ、掘られた穴に戻り、土が被せられ、墓石が戻される。

「で、寸分違わず防御の魔法を張り直します」

 アルニカは手をかざし、下ろし、ふぅ、と息を吐いた。

「これで、墓暴きはおしまいです。あの人形は腐敗が早いですから、正式なお墓が出来る前に、肉体は土に帰るでしょう。バレる心配も低くなります」
「……結局、僕は、何もやらずじまいだったな……」
「まあ、しょうがありません。あ、この人を支えてください。浮遊の魔法を解きますので」
「えっ、あ、わ、分かった」

 アルニカの指示で、コルネリウスが浮いているフィリベルトの背と地面の間に腕を差し込むと、

「つっ……」
「浮遊の魔法を解きました。重いでしょ」
「……いや、問題ない」

 コルネリウスは、布にくるまったフィリベルトを抱え直した。

「それで、どうやって魂を戻すんだ」
「肉体に施された防腐の要素を取り除いて、崩れている肉体を再生させて、健康な肉体にしてから魂を戻します。繊細な作業なので、ちょっと時間がかかりますけど。あなたには魂は見えていないでしょうから、作業の見た目はとても地味に映ると思います」

 アルニカはフィリベルトに両手をかざし──

「始めます」

 静かに、言った。

「……」
「……」

 そこから、五分、十分、二十分。

「……なあ、「静かに」……」

 両手をかざしたまま動かないアルニカの額に、汗が浮かんでくる。
 そして、そこから更に十五分が経過したところで。

「……終わり、ました……」

 ハァァ、と大きく息を吐き、アルニカは地面に手をついた。

「……お、終わった……? ……しかし、特に変化は……」

 狼狽えるコルネリウスに、息を整えながらアルニカは言う。

「呼吸音、心臓の音。聞こえませんか?」
「?! ……!」

 即座にフィリベルトの胸に耳を当てたコルネリウスは、目を見開く。そして、布にくるまれて見えないが顔の方にも耳を寄せ、スゥ、スゥ、という音を聞き取った。

「っ……殿下……!」
「泣かない。まだ終わってません。この人を起こさないと」
「ああ、うん、そうだな……!」

 ぐるぐるに巻かれていた布を剥がしていくと、土気色ではなく、血の通った肌の色をしたフィリベルトが現れる。

「起きてください、殿下。至急起きてください」

 肩を叩きながらのアルニカの呼びかけと、

「殿下……!」

 泣きそうになっているコルネリウスの声に、フィリベルトの眉がピクリと動く。

「………………ぅ、…………ん……?」
「殿下……!!」

 薄く開いたその赤い瞳には、命の明かりが灯っており。

「……」

 フィリベルトは目を動かし、自分を覗き込んでいるアルニカとコルネリウスを捉えると。

「……私は地獄に落ちるのだと思っていたが、ここはあまり、地獄に見えないな」

 不思議そうに、そう言った。
 

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