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(そろそろ、だと思うんだけど)

 専属魔法使いを辞め、ベンディゲイトブランの待つ家に帰ったアルニカは、空を眺めていた。
 皇都を離れてから、約二ヶ月。季節はもう冬だ。
 アルニカとベンディゲイドブランの住む山はすっかり雪に覆われ、アルニカは玄関から村まで続く道に積もった雪を、雪かき用のシャベルでどかしていた。けれど、その作業の手が時々止まる。そして、アルニカは皇都の方へ顔を向ける。
 と、玄関扉が開き、ベンディゲイトブランが顔を出した。

「アルニカよい。あまり長く外にいると寒さにやられるぞ。ほれ、中に入りなさい」
「……うん。じーちゃん」

 アルニカはシャベルを仕舞うと、暖かい家の中へと入る。
 コートを脱ぎ、手袋を外し、マフラーを外していると、

「……アルニカよ」

 ベンディゲイトブランが、難しい顔をしてアルニカを見下ろしていた。

「? なに?」
「お前が無事戻ってきて儂は嬉しいが……まあ、髪を切ったことには死ぬほど驚いたが……」

 切った髪を捨てずに持っていたアルニカは、それを付け毛として身に着けている。
 短い髪のまま家に戻るとベンディゲイドブランが驚くだろうと思っての行動だったが、ベンディゲイドブランは付け毛の存在をすぐに見抜いてしまった。
 見抜いたと同時に大いに嘆いたベンディゲイドブランへ、アルニカは謝りながら、「また伸びてくるんだし」と言って、だから元気出して、と励ました。

「──いや、それはよい」

 ベンディゲイトブランは、浅く息を吐くと、しゃがみ込み、アルニカへと少し厳しい視線を向けた。

「アルニカ。……何を、隠しておる?」
「内緒」

 アルニカはニコッと微笑んで、コート類をコート掛けにかける。

「そのうち教える。ていうか分かっちゃう。じーちゃんには隠し事はできないもん。……でも、待ってて」

 真面目な顔になったアルニカは、まっすぐにベンディゲイトブランを見つめた。

「……そうか。分かった。では、その時を待とう。……さあ、おやつの時間じゃぞ」
「おやつ!」

 立ち上がり、奥へと歩き出すベンディゲイトブランに、アルニカはステップを踏みながらついて行った。

 ◆

(……!)

 その数日後。久しぶりに晴天になった冬の午後。自室で魔法書を読んでいたアルニカは、その気配を捉えた。
 アルニカは急いで紙とペンを取り出し、最低限のことだけ走り書きしてそれを机に置くと、

「ふっ!」

 四階にある部屋の窓から飛び降り──
 フォン、と飛行魔法を発動させ、気配のする方へ飛んでいく。

「あ!」

 それほどせず、目的のものが見えてきた。それは、青い光の粒子で出来た小鳥。
 小鳥もアルニカへと一直線に飛んできて、空中に留まったアルニカの手の上に留まると、スゥ……と消える。

(合図が、来た)

 アルニカはそのまま、空中で集中する。
 自分の今いる場所、そして、小鳥が飛んできた場所──小鳥を飛ばした人物の場所を特定し、

「……」

 目の前、空中に、複雑な紋様の魔法陣を展開すると、

「……大丈夫。上手くいく」

 祈るように言って、その魔法陣に触れる。
 瞬間、アルニカの姿は、消えていた。

 ◆

「うわ?!」
「静かに! ルターさん!」
「むぐ?!」

 目の前の人物、コルネリウスの口をふさいで、アルニカは辺りを見回し気配を探る。

(……大丈夫。行く前に感知した通り、周りに人はいない)

 見る限り、ここは、林の中らしい。
 アルニカは手早く防音と認識阻害と気配察知の魔法をかけ、そしてやっと、コルネリウスから手を離す。

「ゲホッ、ゴホッ……ハァ……」
「すみません。大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫。声を出してしまってすまない。けれど、まさか本当に、目の前に突然現れるとは」
「転移魔法って、そういうものですし」

 息を整えているコルネリウスに、アルニカはけろりと言い、

「で、状況は?」

 そのまま、ずい、と、その眼前に迫る。

「……今しがた、僕の家にも知らせが届いたばかりなんだ。……殿下が、フィリベルト様が、亡くなったと……それで、君が言った通りにこの紙に言葉をかけたら、青い小鳥が現れて──」

 コルネリウスは、手に持っている紙をアルニカに見せようとして、

「亡くなったんですね? 殺されたんじゃなくて自死したんですね?! そしてばっちり息絶えたんですね?!」

 ずずい、と迫るアルニカに気圧され、一歩下がりながら「あ、ああ、いや」と、歯切れ悪く答える。

「その場に僕はいなかったから……詳しくは分からない。けれど、正式に書状が届くくらいなのだから、……あの薬を使ったとみて、……いいと思う……」

 暗くなったコルネリウスの両頬を、アルニカはパチンと挟む。

「いちいち暗くならないでください! これからが大事なんですから! 気落ちしてる暇なんてありませんよ!」
「……あ、うん……」
「分かりました?!」

 顔が迫る。

「……分かった」
「本当に?!」

 迫る。

「分かった! 本当に分かった!」

 コルネリウスはアルニカの手を掴んで頬から外し、アルニカから距離を取ると、

「僕だって、覚悟を決めたから君の提案に乗ったんだ。成功させなければ意味がない……!」
「よし! その意気です!」

 アルニカはコルネリウスの手から自分の手を引き抜き、

「で、ここ、ルターさんの家の敷地内の林、で合ってますか?」

 再度、辺りを見ながら聞く。

「ああ。特にこの辺りは放られている場所だから、人が来ることは稀だ」
「じゃあ、ここで流れをおさらいしましょう」

 自分で自分に頷くと、アルニカはコルネリウスに顔を向け直し、

「まず、皇族が亡くなったら、一週間以内に皇族用の棺が用意されて、盛大に葬式が行われて、遺体はそのまま皇都の大聖堂に公開安置される。その期間は季節によりますけど、今は冬ですから長い。恐らく二週間くらいは置かれる。合ってますか」

 アルニカの問いかけにコルネリウスは「ああ」と弱々しい声と苦い顔で応じた。

「で、そのあと、皇族用の墓地に埋葬され、一年以内にその人用の神殿が建てられ、そこに埋葬され直される」
「ああ」
「と、いうことは、殿下が皇族用の墓地に埋葬されるまでの約三週間、私たちは殿下には手を出せない。勝負はそれからです」
「……ああ、そうだな」

 アルニカの、勝負、という言葉に、弱々しかったコルネリウスの瞳に光が灯り、強い口調となった彼は頷いた。


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