上 下
13 / 19

13 大っ嫌い

しおりを挟む
 フィリベルトは、城の侍医に改めて診てもらい、全治二ヶ月と診断された。命に別状はないものの、体に回った呪いと麻痺毒が完全に抜けるまではしばらく思うようには動けないだろうと、侍医は言った。

「予想より一ヶ月長くなったな」

 フィリベルトの寝室にて、アルニカは椅子の上で胡座をかき、なんでもないように言う。

「ちゃんと動けるようになる頃には、冬だぜ?」
「そうだね」

 ベッドから起き上がって本を読むフィリベルトは、言ってから、アルニカに顔を向ける。

「アル」
「なん?」
「君は、私に処置を施す前、『まだ死にたくないんだろ』と、そう言ったね」
「え? うん」
「まだ、と、つけた理由を、聞いてもいいかな」
「え? そのまま。殿下は死にたくないんじゃなくて、『まだ』死にたくない」
「アル」

 扉の横についていたコルネリウスが、咎めるように名前を呼ぶ。

「いいんだよ、ネリ。それで、アル。その根拠は?」
「……」

 自分に向けられた、冷たさのある赤い瞳を見返し、アルニカは口を開く。

「殿下は、自分が一番良いと思う時に自分が死ねば、事は丸く収まると思ってる。自分が死ぬことによって、政権争いを収めようとしてる」

 それを聞いたフィリベルトは、薄く笑んだ。

「とても、不機嫌そうな顔だね、アル」

 アルニカの顔は、指摘された通りに顔を歪めていた。とても不機嫌そうに、そして、怒りを押し殺しているように。

「……俺は、アンタが嫌いだ」

 アルニカは言う。

「命を粗末にするアンタが大っ嫌いだ。けど、アンタは俺の雇い主だ。基本的な命令には従わなきゃならない。だけど、俺も人間だ。自分の意思がある。で、だ。殿下」

 アルニカは椅子から降り、

「俺は抵抗の意思を見せる」
「つまり?」
「専属魔法使い、辞めさせてもらう」
「アル!」
「いいよ、ネリ」

 足を踏み出したコルネリウスを、フィリベルトは言葉だけで止め、

「そうだね、そろそろ時期だと思っていたんだ。君には沢山働いてもらったし、命まで助けてもらってしまった。……いいよ、職を辞することを、認めよう」

 微笑んで、頷いた。

 ◆

「……」

 フィリベルトの部屋を出たアルニカは、与えられた自室に戻り、ベッドに座る。
 そして不機嫌な顔のまま、両手を器のような形にして膝の上に置くと、

「──、────」

 そこに向かって何事かを呟いた。
 すると、薄青い光の粒子が現れ、手の中で、ある生き物の姿を象る。
 それは、小鳥だった。

「……行け」

 アルニカが言うと、小鳥は羽ばたいて壁を通り抜け、どこかへ行ってしまう。

「……」

 そしてアルニカは、胸元から革の袋を取り出すと、中に手を入れゴソゴソと、様々なものを取り出し始めた。

 ◆

「殿下。話がある」

 一週間後。
 用がある、とフィリベルトの寝室に訪れたアルニカは、即座に防音をかけると、フィリベルトのベッドに躊躇いなく近付き、その横にあるサイドテーブルの上に、コトン、と小指サイズの小瓶を置いた。

「それがなにか、聞いたほうがいいかな、アル」

 ベッドで手紙を読んでいたフィリベルトは、ちらりとこちらを向いただけで、また手紙へと視線を戻す。

「殿下にうってつけのものだ。殿下が死んでも怪しまれない、特別性の薬」

 アルニカがそう言うと、フィリベルトはアルニカへ顔を向けた。

「これは殿下にしか効かない。他の誰が飲んでも、ただの水と同じ成分になる。飲まずに調べられても結果は同じ。どうだ? うってつけだろ?」

 アルニカはにっこりと、満面の笑みをフィリベルトに向ける。
 そこへ、扉についていたコルネリウスが足早に来て、アルニカの肩を掴んだ。

「……アル」
「痛ぇな、ルター兄ちゃん。手、どけてくれよ」
「ネリ」
「……、……」

 コルネリウスは、アルニカから手を離した。

「おー痛い。主君思いだねぇ、ルター兄ちゃんは」

 アルニカは、掴まれていた肩をぐるぐると回す。

「でだ、話を戻すぜ? この薬の有効期限は一年。舐めるだけでも致死量だけど、この量を一気に飲み干せば、飲んだ人間は昏倒し、深い眠りについて、そのまま一時間もしないで死ぬ。痛みも苦しみもない。楽に死ねるぜ?」
「浄化や解毒や回復魔法、治癒魔法などは効かないのかな?」
「効かない。この城の医者たちの腕も周りに住む医者の実力も調べたけど、俺の足元にも及ばない。遠くから高名な医者を呼ぶ時間なんて、この薬は与えない。安心していい。なんなら、証拠を見せようか?」

 アルニカは言うと、ズボンのポケットからネズミを取り出した。

「アル?!」
「大丈夫、ルター兄ちゃん。ただのネズミを眠らせてあるだけ。で、こっちがこのネズミ用の、同じ効能の薬」

 と、またズボンのポケットから、青い小瓶を取り出す。

「今こいつにこの薬を飲ませて、効果を確かめてもいいぜ?」
「へえ?」

 フィリベルトは手紙を畳んで封筒に仕舞い、サイドテーブルの上に置く。そして、サイドテーブルに置かれた小瓶を手にとって眺めた。

「……ネズミは、いいよ。……これ、透明だね」
「水だってことにしてるからな。で、それ、使うだろ?」

 アルニカはネズミと青い小瓶を仕舞い、フィリベルトが持つ小瓶を指差す。

「……有効期限は一年、と言っていたね。その一年の間に、私が死ねる瞬間が訪れると?」
「訪れる。……分かってんだよ。殿下が自分が死ぬための、一番障害に感じてるものなんて」
「へえ? なにかな」
「エーレンフリート皇からの関心」

 アルニカの言葉に、フィリベルトは目を細めた。

「愛した奥さんそっくりの殿下を、皇はずっと気にかけてる。政権争いを抑えるために、表面上は中立の立場にいるけど、心は殿下に傾いてる」
「……」
「なのに殿下は女遊びをするし、公務もしないし、自分の命に無頓着だ。次の皇には相応しくない。なのに、まだ、殿下の父君は殿下を見捨ててない。第二皇子のイージドーア様を世継ぎに認定しない。殿下を廃嫡しない。……けど、それもそろそろ、限界に来てる」

 アルニカは、フィリベルトが読んでいた手紙を指差し、ニコリと笑う。

「それ、エーレンフリート皇からのだろ? 今回についてのお小言だ。けど、内容はいつもと少し違う。だろ?」
「……確かに、これは父からのものだ。けれど、なぜ内容が違うと思うんだい?」
「殿下が安心した目をしてるから」

 その言葉に、フィリベルトは僅かに目を見開いた。

「最後通牒的なもんだろ? これで、殿下は晴れて自由の身だ。傀儡になったとしても、皇はその傀儡を世継ぎにはしない。いらない人間を傀儡にした犯人だって、死ぬほどの処罰を受けない。そして、現王妃様と妹君と弟君はもう命を狙われない。アンタが思い描く理想の未来だ」

 フィリベルトは小瓶をサイドテーブルに置き、微笑みをアルニカに向ける。

「……ありがとう。この薬、受け取るよ。薬代は給金に上乗せしておこう。それで良いかい?」
「どうも」
「……一つ、聞いていいかな、アル」

 フィリベルトは微笑んだまま、アルニカに、その緋色の眼差しを向ける。

「どうしてここまでしてくれるのかな」
「アンタのことが大っ嫌いだからだ」

 アルニカが睨みながら答えると、

「……。……ふ、ふふっ、ふははっ」

 フィリベルトは珍しく、ほんの少し声を上げて笑った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

処理中です...