魔法使いに育てられた少女、男装して第一皇子専属魔法使いとなる。

山法師

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13 大っ嫌い

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 フィリベルトは、城の侍医に改めて診てもらい、全治二ヶ月と診断された。命に別状はないものの、体に回った呪いと麻痺毒が完全に抜けるまではしばらく思うようには動けないだろうと、侍医は言った。

「予想より一ヶ月長くなったな」

 フィリベルトの寝室にて、アルニカは椅子の上で胡座をかき、なんでもないように言う。

「ちゃんと動けるようになる頃には、冬だぜ?」
「そうだね」

 ベッドから起き上がって本を読むフィリベルトは、言ってから、アルニカに顔を向ける。

「アル」
「なん?」
「君は、私に処置を施す前、『まだ死にたくないんだろ』と、そう言ったね」
「え? うん」
「まだ、と、つけた理由を、聞いてもいいかな」
「え? そのまま。殿下は死にたくないんじゃなくて、『まだ』死にたくない」
「アル」

 扉の横についていたコルネリウスが、咎めるように名前を呼ぶ。

「いいんだよ、ネリ。それで、アル。その根拠は?」
「……」

 自分に向けられた、冷たさのある赤い瞳を見返し、アルニカは口を開く。

「殿下は、自分が一番良いと思う時に自分が死ねば、事は丸く収まると思ってる。自分が死ぬことによって、政権争いを収めようとしてる」

 それを聞いたフィリベルトは、薄く笑んだ。

「とても、不機嫌そうな顔だね、アル」

 アルニカの顔は、指摘された通りに顔を歪めていた。とても不機嫌そうに、そして、怒りを押し殺しているように。

「……俺は、アンタが嫌いだ」

 アルニカは言う。

「命を粗末にするアンタが大っ嫌いだ。けど、アンタは俺の雇い主だ。基本的な命令には従わなきゃならない。だけど、俺も人間だ。自分の意思がある。で、だ。殿下」

 アルニカは椅子から降り、

「俺は抵抗の意思を見せる」
「つまり?」
「専属魔法使い、辞めさせてもらう」
「アル!」
「いいよ、ネリ」

 足を踏み出したコルネリウスを、フィリベルトは言葉だけで止め、

「そうだね、そろそろ時期だと思っていたんだ。君には沢山働いてもらったし、命まで助けてもらってしまった。……いいよ、職を辞することを、認めよう」

 微笑んで、頷いた。

 ◆

「……」

 フィリベルトの部屋を出たアルニカは、与えられた自室に戻り、ベッドに座る。
 そして不機嫌な顔のまま、両手を器のような形にして膝の上に置くと、

「──、────」

 そこに向かって何事かを呟いた。
 すると、薄青い光の粒子が現れ、手の中で、ある生き物の姿を象る。
 それは、小鳥だった。

「……行け」

 アルニカが言うと、小鳥は羽ばたいて壁を通り抜け、どこかへ行ってしまう。

「……」

 そしてアルニカは、胸元から革の袋を取り出すと、中に手を入れゴソゴソと、様々なものを取り出し始めた。

 ◆

「殿下。話がある」

 一週間後。
 用がある、とフィリベルトの寝室に訪れたアルニカは、即座に防音をかけると、フィリベルトのベッドに躊躇いなく近付き、その横にあるサイドテーブルの上に、コトン、と小指サイズの小瓶を置いた。

「それがなにか、聞いたほうがいいかな、アル」

 ベッドで手紙を読んでいたフィリベルトは、ちらりとこちらを向いただけで、また手紙へと視線を戻す。

「殿下にうってつけのものだ。殿下が死んでも怪しまれない、特別性の薬」

 アルニカがそう言うと、フィリベルトはアルニカへ顔を向けた。

「これは殿下にしか効かない。他の誰が飲んでも、ただの水と同じ成分になる。飲まずに調べられても結果は同じ。どうだ? うってつけだろ?」

 アルニカはにっこりと、満面の笑みをフィリベルトに向ける。
 そこへ、扉についていたコルネリウスが足早に来て、アルニカの肩を掴んだ。

「……アル」
「痛ぇな、ルター兄ちゃん。手、どけてくれよ」
「ネリ」
「……、……」

 コルネリウスは、アルニカから手を離した。

「おー痛い。主君思いだねぇ、ルター兄ちゃんは」

 アルニカは、掴まれていた肩をぐるぐると回す。

「でだ、話を戻すぜ? この薬の有効期限は一年。舐めるだけでも致死量だけど、この量を一気に飲み干せば、飲んだ人間は昏倒し、深い眠りについて、そのまま一時間もしないで死ぬ。痛みも苦しみもない。楽に死ねるぜ?」
「浄化や解毒や回復魔法、治癒魔法などは効かないのかな?」
「効かない。この城の医者たちの腕も周りに住む医者の実力も調べたけど、俺の足元にも及ばない。遠くから高名な医者を呼ぶ時間なんて、この薬は与えない。安心していい。なんなら、証拠を見せようか?」

 アルニカは言うと、ズボンのポケットからネズミを取り出した。

「アル?!」
「大丈夫、ルター兄ちゃん。ただのネズミを眠らせてあるだけ。で、こっちがこのネズミ用の、同じ効能の薬」

 と、またズボンのポケットから、青い小瓶を取り出す。

「今こいつにこの薬を飲ませて、効果を確かめてもいいぜ?」
「へえ?」

 フィリベルトは手紙を畳んで封筒に仕舞い、サイドテーブルの上に置く。そして、サイドテーブルに置かれた小瓶を手にとって眺めた。

「……ネズミは、いいよ。……これ、透明だね」
「水だってことにしてるからな。で、それ、使うだろ?」

 アルニカはネズミと青い小瓶を仕舞い、フィリベルトが持つ小瓶を指差す。

「……有効期限は一年、と言っていたね。その一年の間に、私が死ねる瞬間が訪れると?」
「訪れる。……分かってんだよ。殿下が自分が死ぬための、一番障害に感じてるものなんて」
「へえ? なにかな」
「エーレンフリート皇からの関心」

 アルニカの言葉に、フィリベルトは目を細めた。

「愛した奥さんそっくりの殿下を、皇はずっと気にかけてる。政権争いを抑えるために、表面上は中立の立場にいるけど、心は殿下に傾いてる」
「……」
「なのに殿下は女遊びをするし、公務もしないし、自分の命に無頓着だ。次の皇には相応しくない。なのに、まだ、殿下の父君は殿下を見捨ててない。第二皇子のイージドーア様を世継ぎに認定しない。殿下を廃嫡しない。……けど、それもそろそろ、限界に来てる」

 アルニカは、フィリベルトが読んでいた手紙を指差し、ニコリと笑う。

「それ、エーレンフリート皇からのだろ? 今回についてのお小言だ。けど、内容はいつもと少し違う。だろ?」
「……確かに、これは父からのものだ。けれど、なぜ内容が違うと思うんだい?」
「殿下が安心した目をしてるから」

 その言葉に、フィリベルトは僅かに目を見開いた。

「最後通牒的なもんだろ? これで、殿下は晴れて自由の身だ。傀儡になったとしても、皇はその傀儡を世継ぎにはしない。いらない人間を傀儡にした犯人だって、死ぬほどの処罰を受けない。そして、現王妃様と妹君と弟君はもう命を狙われない。アンタが思い描く理想の未来だ」

 フィリベルトは小瓶をサイドテーブルに置き、微笑みをアルニカに向ける。

「……ありがとう。この薬、受け取るよ。薬代は給金に上乗せしておこう。それで良いかい?」
「どうも」
「……一つ、聞いていいかな、アル」

 フィリベルトは微笑んだまま、アルニカに、その緋色の眼差しを向ける。

「どうしてここまでしてくれるのかな」
「アンタのことが大っ嫌いだからだ」

 アルニカが睨みながら答えると、

「……。……ふ、ふふっ、ふははっ」

 フィリベルトは珍しく、ほんの少し声を上げて笑った。


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