魔法使いに育てられた少女、男装して第一皇子専属魔法使いとなる。

山法師

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9 クリスティアンとツェツィーリア

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 仮面舞踏会当日。その夕方。
 アルニカとフィリベルトとコルネリウスは、アルニカの家に来た時とはまた違うお忍び用の馬車に乗って、とある路地に向かっていた。

「この辺りでいいだろう」

 フィリベルトの言葉を受け、コルネリウスが御者に停まるよう伝える。
 そして扉が開くと、

「じゃ、行ってくんね」

 アルニカが飛び出し駆けていった。
 アルニカは横の細道に入り、馬車からは見えなくなる。が、程なくしてその横道から顔を出し、キョロキョロと辺りを見回し、誰かの手を引いて出てきた。
 手を引かれているのは、大判で暗色のストールを頭から被った人間。そのシルエットから、おそらく女性だと推測出来た。
 アルニカはその女性の手を引き馬車まで来ると、その女性を馬車に乗せ、自分も乗り込む。

「はい、第一任務完了」

 アルニカがそう言いながら扉を閉め、女性がフィリベルトの隣に、アルニカがコルネリウスの隣に座ると、コルネリウスが御者に声をかける。

「で」

 動き出した馬車の中、アルニカは手際よく防音と防御の膜を馬車内に張り直し──
 同時に、女性が身に着けていたストールがバサリと落ちた。そして、そこに、女性はいなかった。

「うん。幽霊でも見た気分だ」

 フィリベルトの言葉に、

「幻覚を混ぜつつ、布を操っただけだけど」

 アルニカはそう言いながら、右手をストールに向け、くい、と引っ張る動作をする。ストールはアルニカの右手に向かって飛んでいき、アルニカの膝の上にふわりと着地した。

「で、次の任務ね」

 ストールを畳み、膝の上に置いたアルニカは、床に置いてある小さな袋を掴み取り、口を広げ手を突っ込む。
 そこからズルリと引き出されたのは、紫色のドレス。そのドレスには胸元と、腰から裾にかけてに銀の刺繍が施され、そこかしこに輝石が散りばめられている。縫製もとても丁寧で、ひと目見ただけでその金のかけようが分かる一品だった。
 ただ、一つ疑問を上げるとすれば、そのドレスがどう見ても、アルニカの手元の小さな袋には収まりきらないということだ。

「空間圧縮って便利だねぇ」
「これは簡易的なもんだから、あんまり物を入れられねぇけどな」

 言いながら、靴、レースの手袋、ネックレス、ピアス、髪飾り、羽飾りの付いた扇子、舞踏会用の仮面を、簡易的な空間圧縮の魔法をかけたという袋から出していくアルニカ。

「それで、アル」

 フィリベルトはアルニカとそれらとを見比べ、

「本当にここで着替えるのかい?」
「他にどこで着替えろと? ってか、その話もうしたじゃん。俺、承諾もらったよな?」
「まあ、したけどね。私はそこまで気にしないんだが、やはり、ネリが少し気の毒でね」

 フィリベルトが目を向けた先をアルニカが追うと、コルネリウスはカーテンを締め切った窓の方を向いていた。

「ご心配なく。ちらりとも振り向きませんので」

 少し硬い声になっているコルネリウスを見て、はぁ、と息を吐いたアルニカは。

「だから、大丈夫だって。見せねぇようにするから」

 呆れた顔になりながら、光の粒子を纏う。瞬く間にアルニカを覆ったそれは、また同じ速度で消え去り、

「はい。変身終わり」

 一週間前に見た、妖艶な雰囲気を纏う長い茶色の髪の美女に変わっていた。

「その姿、本当にそのまま三日も持つのかい?」
「最低三日、な。今日の調子は良いほうだから、このままなら一週間は持つんじゃねぇかな」
「なら、安心だね」

 フィリベルトは一つ頷くと、

「それで、そこから?」

 アルニカに微笑みを向け、問いかける。

「こう」

 アルニカが答えるのと同時に、今度は黒い靄がアルニカをすっぽりと包んだ。

「へえ。見てご覧、ネリ」
「ですが」
「大丈夫だから、ほら。面白いことになってるよ」

 フィリベルトの言葉と、そのいつも通りの口調を受け、コルネリウスは硬い動きで首を回す。

「……? なんですか、これは」

 そして、自分の横にある黒い靄の塊を見て、目を見開いた。

「アル。聞こえるかい? 君はどうなっているのかな」
「ええ、ちょうど着替え終わりましたわ」

 艶のある声がしたのと同時に、靄が消え去る。

「……へぇ」

 現れたその姿を見て、フィリベルトは感心したような声を漏らした。
 ドレスとレースの手袋、宝飾品を身に纏い、化粧を顔に施した美女──もとい、その姿に変身したアルニカ。髪もフィリベルトが指定したデザイン画通りに複雑に編み込まれ結い上げられ、髪飾りもきちんとつけられている。
 アルニカが着ていた衣服と畳んだあのストールは、パニエで膨らむスカートの上にあった。履いていた靴は、床の上にある。

「うん。衣装を仕立てた者たちに見せてあげたいね」
「まあ。そう言っていただけて嬉しいですわ」

 手に持った扇子を広げ、口元に持ってきたアルニカは、ふふ、と控えめに笑う。

「でも、一番注目を浴びるのは、あなたなのでしょうね」
「そうかい? 私はいつも通りだよ」

 そう言ってアルニカに微笑みかけるフィリベルトも、仮面舞踏会用に盛装している。流行りの形にされたクラヴァットは、薄く虹色に輝き。紺のテールコートは金の刺繍とモール、そして輝石で飾り付けられ、白金色のスラックスにも、浮き出るように刺繍と同じ紋様があしらわれていた。
 そしてこの紋様は、アルニカが着ているドレスの刺繍の紋様と同じものだ。それに互いの仮面も、とても似通ったデザインになっている。二人は対になるものを身に着けるほど深い仲だと、周囲は推測するだろう。

「わたくしにここまでしていただけるなんて……感謝の念に堪えませんわ」
「そう。でも、ツェツィーリア。今日の私はどこぞのクリスティアンという男だ。そう堅苦しくされると寂しいな」
「あら、ごめんなさいませ、クリスティアン」

 仮面舞踏会では身分を隠す。必然的に名も隠す。皆、そこでは偽名を名乗り、一夜限りの出会いを楽しむのだ。──表向きは、だが。
 なので、今夜の仮面舞踏会では、アルニカはツェツィーリア、フィリベルトはクリスティアンという架空の人物として夜を過ごす。

「ふふ。わたくしがツェツィーリアと名乗れる日が来るなんて、夢のようですわ」

 アルニカが言う。
 ツェツィーリア。クリスティアン。
 一見すると何も特別に思えない名前だ。だが、仮面舞踏会でそれを名乗るものは、一組の男女だけ。
 フィリベルトと、そのパートナーの女性だけ。
 皇族の証である緋色の瞳を隠す気のない形状の仮面、特定の名前。フィリベルトはこれでもかと、周りに自分の存在を示す。この仮面舞踏会には、第一皇子が居るのだ、と。

「君のいつもの名前も素敵だけれどね。さあ、そろそろ着くようだよ」

 馬車の速度は、少しずつ緩やかになってきていた。フィリベルトとコルネリウスが仮面を着けている間に袋に衣類や靴を仕舞って床に置いたアルニカは、自分も仮面を顔にあてがう。
 やがて馬車は完全に止まり、会場に着いたと御者が声をかけてきた。

「では」

 扉を開け、先に降りたコルネリウスを見届け、自分も降りると、

「行こうか」

 フィリベルトはアルニカに手を差し出す。

「ええ」

 アルニカは微笑みながら、その手にそっと、自らのを重ねた。
 会場は、こういう時によく使われる貸しホールだ。借りる側は匿名でホールの使用許可を得られ、ホールを壊したり傷付けたりしなければ、何に使用しても構わないとされている。
 仮面舞踏会の文化ができ始めた当初は、貴族たちは秘密の別邸などを使っていたというが、いつしかこのような施設が作られ、管理され、使用されるようになったのだという。
 フィリベルトとアルニカは腕を組み、コルネリウスはその後ろを歩く。三人がホールの入り口の前まで来ると、

「お言葉を」

 ホールの扉の前に立つ仮面を着けた三人の男、その真ん中に立っている者が静かに、そんな言葉をかけてきた。
 フィリベルトは、ゆっくりと口を開き、

「──明けの空に鳥が一羽。金の翼を羽ばたかせている。若者はその鳥に向かって弓を引き、金の鳥は地へと堕ちた。鳥は『死よ。平等に降り注げ』と言祝ぎ、力尽きた」
「……どうぞ。良い夜を」

 男たちは頭を下げ、豪奢に飾られている扉を開けた。

(……これが、仮面舞踏会の会場、ね)

 床にはタイルが嵌め込まれ、幾何学模様を描いている。天井からは明かりの灯ったシャンデリアが幾つも下がり、会場内を眩しく照らしていた。そしてシャンデリアの下には、人、人、沢山の人。皆、様々に着飾っていて、それぞれに趣向を凝らした仮面を着けている。

「じゃあ、行ってくるよ」

 フィリベルトが後ろに──コルネリウスに声をかける。コルネリウスは無言で頭を下げ、会場に入っていく二人を見送った。

「……」

 二人が会場に入ると、扉はすぐさま閉められる。それを見届けたコルネリウスは、くるりと向きを変え、もと来た道を戻っていった。
 二人の無事を、祈りながら。


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