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4 ざんばら
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「……本当についてくるとはね」
「雇用関係を結びましたから」
ガタゴトという音に反して揺れの少ない馬車の中で、座り心地の良い座面に腰掛け、対面に座る呆れた声のフィリベルトに、アルニカはさらりと言葉を返す。
因みに、フィリベルトの隣にはネリが座っている。
「アルニカ、だったか。君、皇族や貴族というものがどういうものか理解はしてる?」
「伝聞や本の知識、じーちゃんからの教えなどで、ある程度は知っています」
「そう。それで」
フィリベルトは、アルニカを頭のてっぺんからつま先まで眺め、言った。
「その格好は、なんの意味があるのかな」
アルニカは、最初に着ていた赤茶のワンピースから、濃い茶色のスラックスと生成りのシャツに着替えており、その上から黒いローブを目深に被っている。
「? お分かりになりませんか?」
首を傾げるアルニカに、フィリベルトは苦笑を返す。
「まあ、想像はつくけど、確認のために聞きたいな」
「変装です」
「それで、その真意は?」
「殿下は女誑しなのでしょう? そんな殿下が女の専属魔法使いを選んでも全く不自然ではありませんが、それではその人一人を重用しなければならなくなる」
「そうだね。それで?」
「それだと周りの女性と関係を持ちにくくなると思いまして。プランとしては、あたしはこれから男装して、一人称も俺にして、粗野な小僧……そうですね、十二歳くらいでしょうか。そんな子供を演じようかと思ってるんです」
「……」
フィリベルトは目を細め、
「連れ帰らなければならなくなったからには、そうしてもらおうかと思っていたけれど。君には何がどこまで見えているのかな?」
「それほどのものは見えておりません」
「そう? それと、私はそんなに女に飢えてるように見えるかい?」
「いいえ、全く」
考えるまでもない。そんなアルニカの返答に、フィリベルトは一瞬眉をひそめ、次には微笑みを湛える。
「じゃあ、どう見えているのかな」
「自分の評判を地の底まで落としたい、ですかね」
淡々と言うアルニカの言葉を、口調を、そしてその表情を、フィリベルトは見極めるように見つめて。
「──うん。君は探偵か占い師になれるよ」
「目標はじーちゃんのような魔法使いです」
「そのベンディゲイドブラン殿に泣きつかれながら出て来たのに?」
「じーちゃんは、あたしに甘いんです。そろそろあたし離れをしてくれないと」
アルニカは澄ました顔をして言う。
「それと、前金はいただきましたが、お給金、ちゃんと払ってくれるんですよね?」
「ああ、払うさ。金は見極めた場所になら、出しておいて損はない。……君、お金のためだけについてきたの?」
「ためだけではありませんが……家の手前の村を通ってきたからにはお気付きでしょう? あの村が、その周りが、貧困にあえいでいるのを」
「ああ。この辺りの地域は日照り続きで、作物がやられてきてしまっているらしいね。でも、魔法使いが──ベンディゲイドブラン殿が居るだろう?」
それに、アルニカは首を横に振る。
「歳がいったじーちゃんは、あまり無理はできません」
ベンディゲイドブランやアルニカの魔法で、村や周りを定期的に潤しているけれど、自然の脅威がそれを上回り、それほど効果は得られていない状況であること。
加えて、もしあの村だけが復活してしまったら、村人たちは他の地域の人々に目を付けられてしまうだろうこと。
だから、贔屓などは出来ないということ。
そこまで説明したアルニカは、
「それと、じーちゃんは目立つのを嫌います。だから、あたしがお金を稼いで、村と近隣の再建に取り掛からなくちゃいけないんです」
そのように締めくくった。
「……そう。立派な志だね」
溜め息でも吐くように言ったフィリベルトに、「ありがとうございます」と、淡々と礼を述べてから、今度はアルニカが問いかける。
「殿下が自身の評判を地の底まで落としたい理由、お聞きしてもよろしいですか?」
「知りたがりは、宮殿内では命取りだよ、アルニカ」
「……。分かりました」
アルニカは口を噤み、そこから馬の休憩時間まで、馬車の中で口を開くものは居なかった。
◆
「すみません」
「? っ?!」
馬の休憩時間。馬のための水を汲んでいたネリは、アルニカに声をかけられ振り返り、その姿に目を見開いた。
「髪、整えたんですけど。後ろが変になってないか見て欲しいんです」
そう言うアルニカの姿は──腰ほどまであった真紅の髪の毛は、今や肩ほどの長さになっており、しかも、ざんばらと言えそうな髪型に変わっていた。
「……そ、」
「はい」
「その、頭は……どうした」
とてつもなく驚いているらしいネリの言葉に、アルニカはこともなげに答える。
「ですから、髪を整えたんです。短いほうが少年らしく見えるでしょう? で、粗野という設定なので、整えすぎず、ばらばらな感じにしてみたんです」
「……切る、道具など、持っていたか……?」
「いえ、構築しました」
ネリの問いにアルニカは軽く答え、右手を掲げ、握り、人差し指と中指だけ立てる。
と、その指に薄い青色の、ハサミの幻影のようなものが見えてきた。
「これで切ったんです」
朧気な幻影がしっかりと形を保つと、アルニカは指を閉じたり開いたりさせる。指の動きに合わせて青白い刃先が擦り合わさり、シャキシャキと金属音を立てた。
「で、どうですか? 後ろ、変になってないですか?」
くるりと後ろを向いたアルニカに、ネリはなんとも言えない顔をしながらその後頭部を眺め、感想を述べた。
「……なんともばらばらに、粗野な感じが出ている」
「そうですか。なら良かった」
アルニカはほっとした声を出す。
「……切った髪は、どこへやった?」
「仕舞いました。圧縮した空間に。あ、その空間はここです」
アルニカはまたネリへと向き直ると、首に下げていた小さな革袋を示した。
「君も出来るのか……空間圧縮の魔法が……」
「はい。出来ますよ。これは構築式を覚えてしまえば簡単なので、失われたと聞いた時は内心びっくりしてました」
「……」
何やら言いたげな顔になったネリだったが、溜め息を一つ落として口を閉じた。
「なんだい? 二人はもう仲良くなっ、た……」
こちらに歩いてきたフィリベルトの声が、急速に小さくなる。
「……アルニカ」
そして、二人のもとまで来ると、
「はい」
「髪は、どうしたんだい」
至極真面目な顔で聞いてきた。
「切りました」
「切った」
「はい。さっきネリさんにも説明したんですけど、あたし、これから粗野な小僧の設定になるじゃないですか。だから髪を短くしたんです」
「そう……」
フィリベルトも、ネリと同じようになんとも言えない顔になった後、
「アルニカ。髪は女の命だと聞くけれど、そして君は花ほころぶ十六だと聞いているけれど、良かったのかい?」
「また伸びてきますし。仕事を全うするにはこれが最善だと思いましたので。胸も潰して布を巻きました」
「……そう」
「あ、それと」
アルニカは思い出したように、パン! と手を打った。
「あたし、じゃない、俺の名前だけど、アルニカじゃなくてアルって呼んでくれ」
「アル?」
「アルニカは花の名前だからな。ま、男に花の名前がついててもいいとは思うが、今回は念には念を入れたほうが良いと思うんだ。だから、アルでよろしく頼む」
ニカッと笑ったアルニカに、フィリベルトとネリは目を合わせ、
「……分かった。アル、よろしく頼むよ」
「……こちらも、よろしく頼む」
アルニカに視線を戻した二人は、若干疲れたような声で言った。
「それとアル、僕の名前なんだが、本名はコルネリウス・ルターと言う。今更だが、名乗りそびれてしまって済まない」
「コルネリウス・ルターか。分かった。ルター兄ちゃんとでも呼べばいいか?」
「……ああ、うん。それで頼む……」
「じゃ、改めて、よろしく頼むな! 殿下、ルター兄ちゃん!」
ニッ! と笑うアルニカに、
「……君は胆力があるねぇ……」
フィリベルトが呆れたような、感心したような声で言った。
「雇用関係を結びましたから」
ガタゴトという音に反して揺れの少ない馬車の中で、座り心地の良い座面に腰掛け、対面に座る呆れた声のフィリベルトに、アルニカはさらりと言葉を返す。
因みに、フィリベルトの隣にはネリが座っている。
「アルニカ、だったか。君、皇族や貴族というものがどういうものか理解はしてる?」
「伝聞や本の知識、じーちゃんからの教えなどで、ある程度は知っています」
「そう。それで」
フィリベルトは、アルニカを頭のてっぺんからつま先まで眺め、言った。
「その格好は、なんの意味があるのかな」
アルニカは、最初に着ていた赤茶のワンピースから、濃い茶色のスラックスと生成りのシャツに着替えており、その上から黒いローブを目深に被っている。
「? お分かりになりませんか?」
首を傾げるアルニカに、フィリベルトは苦笑を返す。
「まあ、想像はつくけど、確認のために聞きたいな」
「変装です」
「それで、その真意は?」
「殿下は女誑しなのでしょう? そんな殿下が女の専属魔法使いを選んでも全く不自然ではありませんが、それではその人一人を重用しなければならなくなる」
「そうだね。それで?」
「それだと周りの女性と関係を持ちにくくなると思いまして。プランとしては、あたしはこれから男装して、一人称も俺にして、粗野な小僧……そうですね、十二歳くらいでしょうか。そんな子供を演じようかと思ってるんです」
「……」
フィリベルトは目を細め、
「連れ帰らなければならなくなったからには、そうしてもらおうかと思っていたけれど。君には何がどこまで見えているのかな?」
「それほどのものは見えておりません」
「そう? それと、私はそんなに女に飢えてるように見えるかい?」
「いいえ、全く」
考えるまでもない。そんなアルニカの返答に、フィリベルトは一瞬眉をひそめ、次には微笑みを湛える。
「じゃあ、どう見えているのかな」
「自分の評判を地の底まで落としたい、ですかね」
淡々と言うアルニカの言葉を、口調を、そしてその表情を、フィリベルトは見極めるように見つめて。
「──うん。君は探偵か占い師になれるよ」
「目標はじーちゃんのような魔法使いです」
「そのベンディゲイドブラン殿に泣きつかれながら出て来たのに?」
「じーちゃんは、あたしに甘いんです。そろそろあたし離れをしてくれないと」
アルニカは澄ました顔をして言う。
「それと、前金はいただきましたが、お給金、ちゃんと払ってくれるんですよね?」
「ああ、払うさ。金は見極めた場所になら、出しておいて損はない。……君、お金のためだけについてきたの?」
「ためだけではありませんが……家の手前の村を通ってきたからにはお気付きでしょう? あの村が、その周りが、貧困にあえいでいるのを」
「ああ。この辺りの地域は日照り続きで、作物がやられてきてしまっているらしいね。でも、魔法使いが──ベンディゲイドブラン殿が居るだろう?」
それに、アルニカは首を横に振る。
「歳がいったじーちゃんは、あまり無理はできません」
ベンディゲイドブランやアルニカの魔法で、村や周りを定期的に潤しているけれど、自然の脅威がそれを上回り、それほど効果は得られていない状況であること。
加えて、もしあの村だけが復活してしまったら、村人たちは他の地域の人々に目を付けられてしまうだろうこと。
だから、贔屓などは出来ないということ。
そこまで説明したアルニカは、
「それと、じーちゃんは目立つのを嫌います。だから、あたしがお金を稼いで、村と近隣の再建に取り掛からなくちゃいけないんです」
そのように締めくくった。
「……そう。立派な志だね」
溜め息でも吐くように言ったフィリベルトに、「ありがとうございます」と、淡々と礼を述べてから、今度はアルニカが問いかける。
「殿下が自身の評判を地の底まで落としたい理由、お聞きしてもよろしいですか?」
「知りたがりは、宮殿内では命取りだよ、アルニカ」
「……。分かりました」
アルニカは口を噤み、そこから馬の休憩時間まで、馬車の中で口を開くものは居なかった。
◆
「すみません」
「? っ?!」
馬の休憩時間。馬のための水を汲んでいたネリは、アルニカに声をかけられ振り返り、その姿に目を見開いた。
「髪、整えたんですけど。後ろが変になってないか見て欲しいんです」
そう言うアルニカの姿は──腰ほどまであった真紅の髪の毛は、今や肩ほどの長さになっており、しかも、ざんばらと言えそうな髪型に変わっていた。
「……そ、」
「はい」
「その、頭は……どうした」
とてつもなく驚いているらしいネリの言葉に、アルニカはこともなげに答える。
「ですから、髪を整えたんです。短いほうが少年らしく見えるでしょう? で、粗野という設定なので、整えすぎず、ばらばらな感じにしてみたんです」
「……切る、道具など、持っていたか……?」
「いえ、構築しました」
ネリの問いにアルニカは軽く答え、右手を掲げ、握り、人差し指と中指だけ立てる。
と、その指に薄い青色の、ハサミの幻影のようなものが見えてきた。
「これで切ったんです」
朧気な幻影がしっかりと形を保つと、アルニカは指を閉じたり開いたりさせる。指の動きに合わせて青白い刃先が擦り合わさり、シャキシャキと金属音を立てた。
「で、どうですか? 後ろ、変になってないですか?」
くるりと後ろを向いたアルニカに、ネリはなんとも言えない顔をしながらその後頭部を眺め、感想を述べた。
「……なんともばらばらに、粗野な感じが出ている」
「そうですか。なら良かった」
アルニカはほっとした声を出す。
「……切った髪は、どこへやった?」
「仕舞いました。圧縮した空間に。あ、その空間はここです」
アルニカはまたネリへと向き直ると、首に下げていた小さな革袋を示した。
「君も出来るのか……空間圧縮の魔法が……」
「はい。出来ますよ。これは構築式を覚えてしまえば簡単なので、失われたと聞いた時は内心びっくりしてました」
「……」
何やら言いたげな顔になったネリだったが、溜め息を一つ落として口を閉じた。
「なんだい? 二人はもう仲良くなっ、た……」
こちらに歩いてきたフィリベルトの声が、急速に小さくなる。
「……アルニカ」
そして、二人のもとまで来ると、
「はい」
「髪は、どうしたんだい」
至極真面目な顔で聞いてきた。
「切りました」
「切った」
「はい。さっきネリさんにも説明したんですけど、あたし、これから粗野な小僧の設定になるじゃないですか。だから髪を短くしたんです」
「そう……」
フィリベルトも、ネリと同じようになんとも言えない顔になった後、
「アルニカ。髪は女の命だと聞くけれど、そして君は花ほころぶ十六だと聞いているけれど、良かったのかい?」
「また伸びてきますし。仕事を全うするにはこれが最善だと思いましたので。胸も潰して布を巻きました」
「……そう」
「あ、それと」
アルニカは思い出したように、パン! と手を打った。
「あたし、じゃない、俺の名前だけど、アルニカじゃなくてアルって呼んでくれ」
「アル?」
「アルニカは花の名前だからな。ま、男に花の名前がついててもいいとは思うが、今回は念には念を入れたほうが良いと思うんだ。だから、アルでよろしく頼む」
ニカッと笑ったアルニカに、フィリベルトとネリは目を合わせ、
「……分かった。アル、よろしく頼むよ」
「……こちらも、よろしく頼む」
アルニカに視線を戻した二人は、若干疲れたような声で言った。
「それとアル、僕の名前なんだが、本名はコルネリウス・ルターと言う。今更だが、名乗りそびれてしまって済まない」
「コルネリウス・ルターか。分かった。ルター兄ちゃんとでも呼べばいいか?」
「……ああ、うん。それで頼む……」
「じゃ、改めて、よろしく頼むな! 殿下、ルター兄ちゃん!」
ニッ! と笑うアルニカに、
「……君は胆力があるねぇ……」
フィリベルトが呆れたような、感心したような声で言った。
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