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16 ヨウシアの独白1
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眠りに落ちた、その顔を眺める。
「……」
暗くとも細部まで見える。瞼を縁取る睫の一筋が、薄く開いたままの唇が。とても、良く。
眼も人でなくなり、久しい。
翼を開けば、灯りがその顔を照らす。頬に伝うそれは、彼女のものではない。
「……」
拭えば、その手が嫌でも目に入る。黒く、どこまでも黒く。闇の域にある己の手。
「っ……」
手だけの話ではない。この全て、肉体の全て。存在の全てが『王』と成る。永く、それに抗っていた。愚か者のように、道化のように。
自分の命を繋いだそれは、本来ならば恐ろしいものでも穢らわしいものでもないのだ。けれどそれを受け入れるには、──いや。
(僕が、消えるのが)
それが、怖かった。
受け入れ、かき消え、自分が失われるのが。ぼくの中の『きみ』を失うのが。
(だから抗った。……こんな姿に、成ってまで)
彼女をそっと、抱え上げる。
「……」
本当は触れるのも躊躇ってしまう。
壊しそうで。それでなくとも、自分の穢れが、そこから移ってしまいそうで。
「ん……」
「!」
身をよじる声に、息を呑んだ。眠りが浅かったかと、身を固くする。
「……ぅ、ん、……、……」
顔をこちらに寄せ、またゆったりとした呼吸が始まる。それに安堵と、喜びが湧いてくる。
腕の中が一番安全だと言われたかのような、求められたような、仄暗い感情。
(……気色の悪い)
込み上げる想いを自ら潰す。なんて利己的で、浅ましい。
自分は浅ましい。
彼らの王にも成りきれず、人としての死も選べず。
「…………あまつさえ、夢を見た」
人であった頃の夢を見た。今も見ている。
初めは気付かれなかった。その事に安心し、同時に落胆した。心を灼く憧憬が、暴れそうになった。
近付くなと言い聞かせ、なのに身体は勝手に君を探す。そして君は、
「……君は、皆と笑い、生活し」
(僕はそれを眺め)
身を焦がし、諦観する。痛みで心を落ち着ける。
隣に僕が居なくとも、君は幸せになれるんだと。醜い抵抗を止め、その景色を当たり前に。
「日常の中に……」
溶け込まない。どうやっても。周りを妬ましく思うほど。
(いや、それだけなら、まだ)
良くは無いが、最悪でも無い。無かったはずだ。
諦めきれずに、君の近くに。朝、川岸まで来る姿を目に焼き付ける。短い会話を交わす。
他人行儀な振る舞いに、毎度勝手に打ちのめされたけれど。
逆にこうしていればいつか諦められると、そんな馬鹿な考えすら浮かんでいた。
本当に、馬鹿だ。
「君の、目が」
視線が、表情が、仕草が。次第に変化していった。
僅かに追うように、時折懐かしげに、そして戸惑いを持って。
僕を、憶えている。
「……」
暗くとも細部まで見える。瞼を縁取る睫の一筋が、薄く開いたままの唇が。とても、良く。
眼も人でなくなり、久しい。
翼を開けば、灯りがその顔を照らす。頬に伝うそれは、彼女のものではない。
「……」
拭えば、その手が嫌でも目に入る。黒く、どこまでも黒く。闇の域にある己の手。
「っ……」
手だけの話ではない。この全て、肉体の全て。存在の全てが『王』と成る。永く、それに抗っていた。愚か者のように、道化のように。
自分の命を繋いだそれは、本来ならば恐ろしいものでも穢らわしいものでもないのだ。けれどそれを受け入れるには、──いや。
(僕が、消えるのが)
それが、怖かった。
受け入れ、かき消え、自分が失われるのが。ぼくの中の『きみ』を失うのが。
(だから抗った。……こんな姿に、成ってまで)
彼女をそっと、抱え上げる。
「……」
本当は触れるのも躊躇ってしまう。
壊しそうで。それでなくとも、自分の穢れが、そこから移ってしまいそうで。
「ん……」
「!」
身をよじる声に、息を呑んだ。眠りが浅かったかと、身を固くする。
「……ぅ、ん、……、……」
顔をこちらに寄せ、またゆったりとした呼吸が始まる。それに安堵と、喜びが湧いてくる。
腕の中が一番安全だと言われたかのような、求められたような、仄暗い感情。
(……気色の悪い)
込み上げる想いを自ら潰す。なんて利己的で、浅ましい。
自分は浅ましい。
彼らの王にも成りきれず、人としての死も選べず。
「…………あまつさえ、夢を見た」
人であった頃の夢を見た。今も見ている。
初めは気付かれなかった。その事に安心し、同時に落胆した。心を灼く憧憬が、暴れそうになった。
近付くなと言い聞かせ、なのに身体は勝手に君を探す。そして君は、
「……君は、皆と笑い、生活し」
(僕はそれを眺め)
身を焦がし、諦観する。痛みで心を落ち着ける。
隣に僕が居なくとも、君は幸せになれるんだと。醜い抵抗を止め、その景色を当たり前に。
「日常の中に……」
溶け込まない。どうやっても。周りを妬ましく思うほど。
(いや、それだけなら、まだ)
良くは無いが、最悪でも無い。無かったはずだ。
諦めきれずに、君の近くに。朝、川岸まで来る姿を目に焼き付ける。短い会話を交わす。
他人行儀な振る舞いに、毎度勝手に打ちのめされたけれど。
逆にこうしていればいつか諦められると、そんな馬鹿な考えすら浮かんでいた。
本当に、馬鹿だ。
「君の、目が」
視線が、表情が、仕草が。次第に変化していった。
僅かに追うように、時折懐かしげに、そして戸惑いを持って。
僕を、憶えている。
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