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唸り声。
すすり泣く声。
苦痛にあえぐ声、何もかもを拒絶する叫び声。
諦めたような、深く低い、溜め息。
「……」
様々な声が響く。けれどそれは一つの声、ひとりの声。
真っ暗な通路を歩いて、どれくらい経った?
そもそもここは通路か?
「……むう……」
右も左も、前も後ろも、上と下さえあやふやになってきた。
すぐそこにいるのに。手を伸ばせば、掴める所にいる筈なのに。
声の主は未だ、その姿を隠す。
「ヨウシア!」
何度目かの呼び掛けに、うんともすんとも応えてくれない。
だけど耳に届いていると、何故か確信めいたものはある。
──ここから、見つけ出せ。
──来るな、今すぐ帰れ。
「見つけ出せ、ね」
生憎と、帰る気は全くない。
けど今のままじゃ、辿り着けない気もする。
「進むも戻るも駄目ならば」
止まってみようか。……目を閉じる。耳を澄ます。
渦巻く声、その中に、その一つに。聞き覚えのあるものが混じる。
目を閉じたまま、そっちへ手を伸ばす。ヨウシア、私の知ってる幼いヨウシアの声……。
『アルマ』
「!」
ぱちりと開けた視界の先、暗闇の中に光るようにいた。
『アルマ』
小さなヨウシアが、目の前に。
「ヨ、ウシア……?」
『アルマ、ぼくの事覚えてたんだ』
目の前に居るのに、手が届かない。
「覚えてたも何も……!」
忘れた事なんて! 一度もない!
『そっか。……そっか……それは本当にぼく?』
「っえ?」
なんで届かないんだ?! 前にも進めない!
『ぼく? それとも』
……大きくなった。王様の、姿になった。
『僕? アルマの想うぼくは、“誰”?』
にっこりと笑う。口だけで。瞳の奥は、吸い込まれそうな深い闇。
「どっちも」
『……そう。じゃあ』
仮面の白が、ぐにゃりと崩れた。溶けて、別の形を成す。
…………真っ黒な、
『これは違うね?』
陰影さえ分からない真っ黒な左の顔。
髪の毛も半分闇の色で、その側面から大きな角が巻くように生えている。
顔には血のように紅い瞳。裂けた口からは鋭い牙が覗き、その奥も鮮やかな赫。
「……初めて見た」
なるほど、子供が思い描く様な、化け物の姿だ。
向かって左だけ、見た目が変わってないのが余計そう思わせる。
『ああ、初めて見せた。……見せる気はなかった」
声が、一つに集約される。
闇に幾つもの光が灯り、いつの間にか、とても広い部屋にいた。
「この姿を曝すつもりは無かった。君に存在を、」
顔を伏せられる。続きは聞き取れなかった。
「ヨウシ「来るな」……」
呼んだだけだよ。手も足も、動かしてないよ。
「来るな」
その、震えてる手。手袋だったのにそこも黒くなるんだね。
鋭く生えた爪だけ艶やかで、でも同じ黒だ。
「……来るな」
「やだ」
大股で歩み寄る。肩を掴まれ、爪が食い込む。
「い゛っ!」
「ぅ、っ」
爪が引っ込んだ。
「ヨウシアは優しいね」
「……違う」
顔は上げてくれないなぁ。
「この街のひと達も優しいし、ここは良いところだね」
「……あぁここは、ここの皆は。優しいよ……」
腕も離してくれないし、前にも後ろにも進めないな。
「僕が、駄目なんだ。恩を仇で返す、こんな奴」
爪は短くなったけど、指が食い込む。
「王にも半端で、朽ちる事も選べず。抗いながら必死に縋る」
少し、痛い。
「挙げ句の果てに、夢を見た。悪夢だ」
「……どんな?」
「叶うも破れるも地獄だ。見てしまった事が罪だ、こんなもの」
声が震えて、その指も、震え出す。
「君が来るなんて思わなかったんだ……」
震えて、力が抜けたその腕ごと。低いままの頭ごと。
「良かった」
抱き締めたら、その肩が大きく跳ねた。
「っ?! アルマ?!」
ああ、やっと。
「やっとちゃんと、名前を呼んでくれたね」
すすり泣く声。
苦痛にあえぐ声、何もかもを拒絶する叫び声。
諦めたような、深く低い、溜め息。
「……」
様々な声が響く。けれどそれは一つの声、ひとりの声。
真っ暗な通路を歩いて、どれくらい経った?
そもそもここは通路か?
「……むう……」
右も左も、前も後ろも、上と下さえあやふやになってきた。
すぐそこにいるのに。手を伸ばせば、掴める所にいる筈なのに。
声の主は未だ、その姿を隠す。
「ヨウシア!」
何度目かの呼び掛けに、うんともすんとも応えてくれない。
だけど耳に届いていると、何故か確信めいたものはある。
──ここから、見つけ出せ。
──来るな、今すぐ帰れ。
「見つけ出せ、ね」
生憎と、帰る気は全くない。
けど今のままじゃ、辿り着けない気もする。
「進むも戻るも駄目ならば」
止まってみようか。……目を閉じる。耳を澄ます。
渦巻く声、その中に、その一つに。聞き覚えのあるものが混じる。
目を閉じたまま、そっちへ手を伸ばす。ヨウシア、私の知ってる幼いヨウシアの声……。
『アルマ』
「!」
ぱちりと開けた視界の先、暗闇の中に光るようにいた。
『アルマ』
小さなヨウシアが、目の前に。
「ヨ、ウシア……?」
『アルマ、ぼくの事覚えてたんだ』
目の前に居るのに、手が届かない。
「覚えてたも何も……!」
忘れた事なんて! 一度もない!
『そっか。……そっか……それは本当にぼく?』
「っえ?」
なんで届かないんだ?! 前にも進めない!
『ぼく? それとも』
……大きくなった。王様の、姿になった。
『僕? アルマの想うぼくは、“誰”?』
にっこりと笑う。口だけで。瞳の奥は、吸い込まれそうな深い闇。
「どっちも」
『……そう。じゃあ』
仮面の白が、ぐにゃりと崩れた。溶けて、別の形を成す。
…………真っ黒な、
『これは違うね?』
陰影さえ分からない真っ黒な左の顔。
髪の毛も半分闇の色で、その側面から大きな角が巻くように生えている。
顔には血のように紅い瞳。裂けた口からは鋭い牙が覗き、その奥も鮮やかな赫。
「……初めて見た」
なるほど、子供が思い描く様な、化け物の姿だ。
向かって左だけ、見た目が変わってないのが余計そう思わせる。
『ああ、初めて見せた。……見せる気はなかった」
声が、一つに集約される。
闇に幾つもの光が灯り、いつの間にか、とても広い部屋にいた。
「この姿を曝すつもりは無かった。君に存在を、」
顔を伏せられる。続きは聞き取れなかった。
「ヨウシ「来るな」……」
呼んだだけだよ。手も足も、動かしてないよ。
「来るな」
その、震えてる手。手袋だったのにそこも黒くなるんだね。
鋭く生えた爪だけ艶やかで、でも同じ黒だ。
「……来るな」
「やだ」
大股で歩み寄る。肩を掴まれ、爪が食い込む。
「い゛っ!」
「ぅ、っ」
爪が引っ込んだ。
「ヨウシアは優しいね」
「……違う」
顔は上げてくれないなぁ。
「この街のひと達も優しいし、ここは良いところだね」
「……あぁここは、ここの皆は。優しいよ……」
腕も離してくれないし、前にも後ろにも進めないな。
「僕が、駄目なんだ。恩を仇で返す、こんな奴」
爪は短くなったけど、指が食い込む。
「王にも半端で、朽ちる事も選べず。抗いながら必死に縋る」
少し、痛い。
「挙げ句の果てに、夢を見た。悪夢だ」
「……どんな?」
「叶うも破れるも地獄だ。見てしまった事が罪だ、こんなもの」
声が震えて、その指も、震え出す。
「君が来るなんて思わなかったんだ……」
震えて、力が抜けたその腕ごと。低いままの頭ごと。
「良かった」
抱き締めたら、その肩が大きく跳ねた。
「っ?! アルマ?!」
ああ、やっと。
「やっとちゃんと、名前を呼んでくれたね」
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