昔々の幼なじみの

山法師

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14 進んだ先

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 唸り声。
 すすり泣く声。
 苦痛にあえぐ声、何もかもを拒絶する叫び声。
 諦めたような、深く低い、溜め息。

「……」

 様々な声が響く。けれどそれは一つの声、ひとりの声。
 真っ暗な通路を歩いて、どれくらい経った?
 そもそもここは通路か?

「……むう……」

 右も左も、前も後ろも、上と下さえあやふやになってきた。
 すぐそこにいるのに。手を伸ばせば、掴める所にいる筈なのに。
 声の主は未だ、その姿を隠す。

「ヨウシア!」

 何度目かの呼び掛けに、うんともすんとも応えてくれない。
 だけど耳に届いていると、何故か確信めいたものはある。

 ──ここから、見つけ出せ。

 ──来るな、今すぐ帰れ。

「見つけ出せ、ね」

 生憎と、帰る気は全くない。
 けど今のままじゃ、辿り着けない気もする。

「進むも戻るも駄目ならば」

 止まってみようか。……目を閉じる。耳を澄ます。
 渦巻く声、その中に、その一つに。聞き覚えのあるものが混じる。
 目を閉じたまま、そっちへ手を伸ばす。ヨウシア、私の知ってる幼いヨウシアの声……。

『アルマ』
「!」

 ぱちりと開けた視界の先、暗闇の中に光るようにいた。

『アルマ』

 小さなヨウシアが、目の前に。

「ヨ、ウシア……?」
『アルマ、ぼくの事覚えてたんだ』

 目の前に居るのに、手が届かない。

「覚えてたも何も……!」

 忘れた事なんて! 一度もない!

『そっか。……そっか……それは本当にぼく?』
「っえ?」

 なんで届かないんだ?! 前にも進めない!

『ぼく? それとも』

 ……大きくなった。王様の、姿になった。

『僕? アルマの想うぼくは、“誰”?』

 にっこりと笑う。口だけで。瞳の奥は、吸い込まれそうな深い闇。

「どっちも」
『……そう。じゃあ』

 仮面の白が、ぐにゃりと崩れた。溶けて、別の形を成す。
 …………真っ黒な、

『これは違うね?』

 陰影さえ分からない真っ黒な左の顔。
 髪の毛も半分闇の色で、その側面から大きな角が巻くように生えている。
 顔には血のように紅い瞳。裂けた口からは鋭い牙が覗き、その奥も鮮やかな赫。

「……初めて見た」

 なるほど、子供が思い描く様な、化け物の姿だ。
 向かって左だけ、見た目が変わってないのが余計そう・・思わせる。

『ああ、初めて見せた。……見せる気はなかった」

 声が、一つに集約される。
 闇に幾つもの光が灯り、いつの間にか、とても広い部屋にいた。

「この姿をさらすつもりは無かった。君に存在を、」

 顔を伏せられる。続きは聞き取れなかった。

「ヨウシ「来るな」……」

 呼んだだけだよ。手も足も、動かしてないよ。

「来るな」

 その、震えてる手。手袋だったのにそこも黒くなるんだね。
 鋭く生えた爪だけ艶やかで、でも同じ黒だ。

「……来るな」
「やだ」

 大股で歩み寄る。肩を掴まれ、爪が食い込む。

「い゛っ!」
「ぅ、っ」

 爪が引っ込んだ。

「ヨウシアは優しいね」
「……違う」

 顔は上げてくれないなぁ。

「この街のひと達も優しいし、ここは良いところだね」
「……あぁここは、ここの皆は。優しいよ……」

 腕も離してくれないし、前にも後ろにも進めないな。

「僕が、駄目なんだ。恩を仇で返す、こんな奴」

 爪は短くなったけど、指が食い込む。

「王にも半端で、朽ちる事も選べず。抗いながら必死に縋る」

 少し、痛い。

「挙げ句の果てに、夢を見た。悪夢だ」
「……どんな?」
「叶うも破れるも地獄だ。見てしまった事が罪だ、こんなもの」

 声が震えて、その指も、震え出す。

「君が来るなんて思わなかったんだ……」

 震えて、力が抜けたその腕ごと。低いままの頭ごと。

「良かった」

 抱き締めたら、その肩が大きく跳ねた。

「っ?! アルマ?!」

 ああ、やっと。

「やっとちゃんと、名前を呼んでくれたね」


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