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6 あの子のこと
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気になるのは両親と、約束したあの子のお墓。それだけ。
「うんうん、良くなったね」
ピンク兎のお医者さん、ラーカーさんが笑顔で頷く。
「完治と言って良いだろう。変なクセも出来なかったし!」
タタンッとステップを踏む。長い耳も合わせて揺れる。
「良かった!」
じゃあ。
「木登りとかも、問題ありません?」
「あははっ! 毎度聞くね!」
木登り好きなんです。
「大丈夫だよ、好きなだけ登って! ただし」
じぃっと、黒い目がこっちを覗き込む。
「ただし?」
「一つだけ」
「一つだけ……」
何を、と聞く前に。にぱっとその顔が笑った。
「滑ってまた怪我をしない事!」
「あ、はい」
あの子とした約束。小さい子同士の、他人にとっては他愛もない、もう叶わない宝物。
『……その、アルマ、さ』
私が五つか六つの時。九年前なのは確か。
『なに?』
あの金色。碧い色。その顔は真っ赤に染まってた。
『その』
二人だけで、村で一番の高い高い木の上で。
私と一緒にいるのが、誰かに見つかると怒られるから。
『アルマがよかったら、なんだけど。おとなに、なったら……』
ああいう時だけ弱気だった。
『よかったら? おとな?』
『……ぼくはいいんだよ。それがいいの』
声も小さくて。だからぐいぐい身体を寄せた。
『どういうこと? なんのはなし?』
『っ?! ……だから!』
少し怒ったようになって。
『いっしょにくらそうって! そういうこと!』
そう言われて、私はとっても驚いた。
『……ほんと?!』
嬉しくて。
『いっしょにいてもいいの?!』
『……アルマ、わかってる?』
『? なにが?』
分かってたよ。
『いっしょにくらすって、その……』
分かってるよ。今だって。
『……ふうふに、なるって、ことだよ?』
『うん!』
だからあんなに大きく頷いたんだ。
『……なんか、どうなんだろう……?』
逆に疑われたけど。
ねえ、あの木漏れ日の中に。私は捕らわれたままなんだ。
このまま、ずっと、そうでいたい。
「どうでしょう? ここの、その……居心地は」
様子を、と訪ねて来てくれたけど。
「とっても良いですよ!」
そんな不安そうにしなくても! スレィヤさん!
「そ、うですか?」
四つの黄色が瞬く。お星様みたいだ。
「ええ! 村──前いた所よりずっと!」
私疎まれてたからね!
「そ、それなら、良いんですが」
「はい。皆さんとっても良くしてくれますし、スレィヤさんも、王様も!」
あと食べ物が美味い! 水も美味い!
「王も? ……王と、何か話を?」
「あー……話というほどでも、ないんですけど」
朝の散歩は続けてる。というか日課になってしまった。
まあ気持ちいいし良いよね!
「朝に、川で時々」
王様を見かける。そして更に時たま、声をかけられる。
「調子はどうかって、聞かれるんです。それくらいですけど」
そしてすぐ居なくなってしまう。とても緊張する。
似ているだけに、変な顔とかしそうで。
「そう……なんですか……」
スタィヤさんの声に力がない。
「……王が……?」
「スタィヤさん? ……え? あれ?」
目が、目がどこか遠くを!
「す、スタィヤさん! スタィヤさん?! 私あれな事してしまいました?! スタィヤさん?!」
「……はっ?!」
あっ戻ってきた!
「……ああ、すみません……少しばかり、気が……」
「いえそれは……あの、私、失礼を?」
怖い、分からん。偉いひとへの適切な対応とか知らないもん。
「あの、近付いてはいないんですよ? こっちからは。声も私からは……あぁと! 朝もホントに、日が昇った後の『朝』ですし!」
言われた事は、守ってるはずだけど……。
「……王から……? お近付きに……お声を…………?」
おっとまた遠くに!
「スタィヤさん!」
「はっ! ……すみません」
スタィヤさんは頭を振って、ぺしぺしと額を叩く。角も叩く。
「……スタィヤさん。私、失礼をしているなら……」
「とんでもありません!」
「わあっ!」
身を乗り出すとお茶が! ……こぼれてないや、いいか。
「アルマさん、それは失礼には当たりません。安心して下さい」
「そ、そうですか……」
「ええそうです。それどころか……」
どころか?
「……王が、御自らそうなさっているならば……どれだけ……」
声はしぼみ、その身も引っ込む。
スタィヤさんは椅子に座り直して、溜め息を吐いた。
「……王は、とても、お優しいのです……」
いつも言いますね。いや、良いんですけど。
「私達に、有り余るほどの……御心を……」
どうしてそれを、そんなに苦しそうに言うのか。
「その苦しみを……向ける事すら……して頂けず……」
……苦しみ?
「咎めもせず……その内に…………なんと、すれば良いのか…………もう、分からない………………」
最後は、独白めいていて。その瞳も、また遠くを映していた。
「…………スタィヤさん」
「……え、あ」
「王様、何かに苦しんでるんですか」
ぽかんとして、一気に目が見開かれた。
「あ?! いや、すみません?!」
「スタィヤさんも、苦しいんですか」
またぽかんとしちゃった。
「王様も、スタィヤさんも。優しいんですね」
「え?! や、はい……え?」
頷いて、首を捻って、また角も叩いた。
「王は、お優しいです。はい、それは」
「スタィヤさんも優しいじゃないですか」
再びの首傾げ。加えて顔が『そんな馬鹿な』と言っている。
「優しいですって。自信持って下さい」
「ええ……? そう言われましても……?」
だってさ。そんなに誰かのために、悩むなんてさ。
優しくなきゃ、出来ないよ?
「うんうん、良くなったね」
ピンク兎のお医者さん、ラーカーさんが笑顔で頷く。
「完治と言って良いだろう。変なクセも出来なかったし!」
タタンッとステップを踏む。長い耳も合わせて揺れる。
「良かった!」
じゃあ。
「木登りとかも、問題ありません?」
「あははっ! 毎度聞くね!」
木登り好きなんです。
「大丈夫だよ、好きなだけ登って! ただし」
じぃっと、黒い目がこっちを覗き込む。
「ただし?」
「一つだけ」
「一つだけ……」
何を、と聞く前に。にぱっとその顔が笑った。
「滑ってまた怪我をしない事!」
「あ、はい」
あの子とした約束。小さい子同士の、他人にとっては他愛もない、もう叶わない宝物。
『……その、アルマ、さ』
私が五つか六つの時。九年前なのは確か。
『なに?』
あの金色。碧い色。その顔は真っ赤に染まってた。
『その』
二人だけで、村で一番の高い高い木の上で。
私と一緒にいるのが、誰かに見つかると怒られるから。
『アルマがよかったら、なんだけど。おとなに、なったら……』
ああいう時だけ弱気だった。
『よかったら? おとな?』
『……ぼくはいいんだよ。それがいいの』
声も小さくて。だからぐいぐい身体を寄せた。
『どういうこと? なんのはなし?』
『っ?! ……だから!』
少し怒ったようになって。
『いっしょにくらそうって! そういうこと!』
そう言われて、私はとっても驚いた。
『……ほんと?!』
嬉しくて。
『いっしょにいてもいいの?!』
『……アルマ、わかってる?』
『? なにが?』
分かってたよ。
『いっしょにくらすって、その……』
分かってるよ。今だって。
『……ふうふに、なるって、ことだよ?』
『うん!』
だからあんなに大きく頷いたんだ。
『……なんか、どうなんだろう……?』
逆に疑われたけど。
ねえ、あの木漏れ日の中に。私は捕らわれたままなんだ。
このまま、ずっと、そうでいたい。
「どうでしょう? ここの、その……居心地は」
様子を、と訪ねて来てくれたけど。
「とっても良いですよ!」
そんな不安そうにしなくても! スレィヤさん!
「そ、うですか?」
四つの黄色が瞬く。お星様みたいだ。
「ええ! 村──前いた所よりずっと!」
私疎まれてたからね!
「そ、それなら、良いんですが」
「はい。皆さんとっても良くしてくれますし、スレィヤさんも、王様も!」
あと食べ物が美味い! 水も美味い!
「王も? ……王と、何か話を?」
「あー……話というほどでも、ないんですけど」
朝の散歩は続けてる。というか日課になってしまった。
まあ気持ちいいし良いよね!
「朝に、川で時々」
王様を見かける。そして更に時たま、声をかけられる。
「調子はどうかって、聞かれるんです。それくらいですけど」
そしてすぐ居なくなってしまう。とても緊張する。
似ているだけに、変な顔とかしそうで。
「そう……なんですか……」
スタィヤさんの声に力がない。
「……王が……?」
「スタィヤさん? ……え? あれ?」
目が、目がどこか遠くを!
「す、スタィヤさん! スタィヤさん?! 私あれな事してしまいました?! スタィヤさん?!」
「……はっ?!」
あっ戻ってきた!
「……ああ、すみません……少しばかり、気が……」
「いえそれは……あの、私、失礼を?」
怖い、分からん。偉いひとへの適切な対応とか知らないもん。
「あの、近付いてはいないんですよ? こっちからは。声も私からは……あぁと! 朝もホントに、日が昇った後の『朝』ですし!」
言われた事は、守ってるはずだけど……。
「……王から……? お近付きに……お声を…………?」
おっとまた遠くに!
「スタィヤさん!」
「はっ! ……すみません」
スタィヤさんは頭を振って、ぺしぺしと額を叩く。角も叩く。
「……スタィヤさん。私、失礼をしているなら……」
「とんでもありません!」
「わあっ!」
身を乗り出すとお茶が! ……こぼれてないや、いいか。
「アルマさん、それは失礼には当たりません。安心して下さい」
「そ、そうですか……」
「ええそうです。それどころか……」
どころか?
「……王が、御自らそうなさっているならば……どれだけ……」
声はしぼみ、その身も引っ込む。
スタィヤさんは椅子に座り直して、溜め息を吐いた。
「……王は、とても、お優しいのです……」
いつも言いますね。いや、良いんですけど。
「私達に、有り余るほどの……御心を……」
どうしてそれを、そんなに苦しそうに言うのか。
「その苦しみを……向ける事すら……して頂けず……」
……苦しみ?
「咎めもせず……その内に…………なんと、すれば良いのか…………もう、分からない………………」
最後は、独白めいていて。その瞳も、また遠くを映していた。
「…………スタィヤさん」
「……え、あ」
「王様、何かに苦しんでるんですか」
ぽかんとして、一気に目が見開かれた。
「あ?! いや、すみません?!」
「スタィヤさんも、苦しいんですか」
またぽかんとしちゃった。
「王様も、スタィヤさんも。優しいんですね」
「え?! や、はい……え?」
頷いて、首を捻って、また角も叩いた。
「王は、お優しいです。はい、それは」
「スタィヤさんも優しいじゃないですか」
再びの首傾げ。加えて顔が『そんな馬鹿な』と言っている。
「優しいですって。自信持って下さい」
「ええ……? そう言われましても……?」
だってさ。そんなに誰かのために、悩むなんてさ。
優しくなきゃ、出来ないよ?
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