上 下
5 / 8

5 デート当日

しおりを挟む
 メアリーの店の、定休日の朝。
 自分を見て顔を赤くしたメアリーに驚きながらも、その反応が可愛くて、嬉しくて。ディアンは、

「メアリー。今日の君は、いつも以上に愛らしいな」

 そんなことを言ってしまう。

「まだ、ツナギ……いえ、なんでもないです。ディアンさんは、……その、とっても良くお似合いですね。初めて見る私服ですが」

 メアリーは言いながら、ディアンのそばまで来て、呪文で保護の魔法をかける。

「ああ。今日のために用意した」
「え」
「似合ってると言ってくれて嬉しいよ、メアリー」

 笑顔のディアンの、その格好は、言葉通り、今日のためにと仕立て屋で仕立てた、紳士服と春先に着るコートだ。
 青紫の系統で纏められている紳士服と、濃紺のコートを、メアリーは目を丸くしながら見て、

「……あ、あー……そうですか……」

 次に、なんとも言えない表情で、けれど顔を赤くしたまま、

「まあ、作業を始めましょう」

 恥ずかしさを隠すかのように速足でもとの位置に戻っていく。
 その、一連の動作の全てが愛らしくて、

「メアリー。愛してる」

 ディアンは、思ったままを口にする。
 メアリーは、一瞬動きを止め、

「……薬の効果ですよ」

 赤い顔のままで、ディアンを若干睨みながら言った。

 ◇

 無事に届いた荷物にホッとしながら、いや、中身を確認するまでは気が抜けないと、メアリーは気を引き締める。

「この包みを、開ければ良いのか?」

 荷物を受け取る際に、自分が持つとディアンに言われ、そう危険なものでもないし、と了承したら、作業場まで持ってもらうことになってしまった。

「はい。中身、危険では無いですけど、見た目が少しアレなので、覚悟して下さいね」

 それを見て、少しは引いてくれないかと思いながら、メアリーは言う。

「分かった」

 作業テーブルに包みを置いたディアンは、丁寧にそれを開け、中の物を目にして、

「これは……マーマンの幼体の干物か? だとしたらとても高価なものだな」
「……よく分かりましたね……」

 引かれなかったことに、残念なような、安心したような、よく分からない気持ちで、メアリーは、それを肯定する。
 メアリーが魔法使い協会を経由して注文したのは、ディアンが言った通りに、『マーマンの幼体の干物』だ。
 マーマンの成体は、全身を硬い鱗で覆った姿をしているが、幼体はまだ、その鱗が柔らかい。そして、身を守るための鱗がまだ完全ではないので、代わりに、体内で肉体再生のための特殊な体液を生成し、体全体に染み込ませるように蓄積させる。
 魔法使いは、その『肉体再生のための体液』を薬の材料として使うのだ。

「マーマン、見たことあるんですか?」

 発注した数や、それらに破損がないかや、体液の質などを確かめながらの、メアリーの問いかけに、

「成体も幼体も、見たことがあるし、捕まえたこともある」

 ディアンはそう答えて、

「専門家が捕まえる、のも知っているが。聖騎士としての修行の一環でな。その専門家に教わって、一週間、研修のようなことをした」
「……聖騎士って、水の中でも戦うんですか?」

 マーマンの生息域は、水中──海中の、しかも五百メートル以上潜った場所とされている。記録によれば、最深は、千二百メートルだ。

「記録には、水中戦の記録もある。……メアリーは、冥界の化け物の存在は、知っているか?」
「知ってますよ。魔法使いの基礎知識ですからね。聖騎士が誕生するまでは、魔法使いと聖職者で討伐していたと、教わります」

 全ての検分を終えて、干物を棚へ仕舞おうとしたメアリーに、

「俺が仕舞おう。踏み台を見たということは高い位置ってことだよな。場所を教えてもらって良いか?」

 目端が利くな、と、メアリーは思いながら、

「では、お願いします。その、焦げ茶の棚の、上から三番目、右から五番目の引き出しです」

 ◇

 メアリーに、昼はどうするのかと聞かれて。

『逆に、メアリーはどうするんだ?』
『作って食べますけど……』
『俺も、一緒に作って、一緒に食べても良いだろうか。野営などを想定して料理も一通り教わるんだ、聖騎士は。だから、変なことはしないと思う。材料費などはあとでちゃんと払うから』

 駄目元で、言ってみた。

『……そんな、凄いモノは作りませんよ?』

 確認するように、言われて。

『なんの問題もない。君と食卓を共に出来ることは、俺にとって奇跡みたいなことだから』

 言ったら、メアリーがまた、顔を赤くするから。

『メアリー。そういう可愛らしい表情は、あまり他の人間には見せてほしくないな』

 苦笑しながら言ってしまった。
 そして今、メアリーと一緒に作った白アスパラのクリームスープを、食べている。
 メアリーと、一緒のテーブルで。

「本当に夢みたいだよ、メアリー。願っていたことがどんどん叶っていく」
「それは良かったです。薬のおかげですね」
「メアリーのおかげだ」
「私が作った薬ですからね」
「そうじゃなくてだな、メアリー」

 ずっと。薬を飲む以前から、ずっと。

「もっと前から、こうしたいと思っていたんだ。それが叶って、とても嬉しい」

 対面に座るメアリーは、奇妙な顔をして、

「……どういうことです?」

 首を傾げる。

「君と、ずっと、──ずっと前から、こうしてみたかった。そういう意味だよ、メアリー」
「……薬の効果で、記憶が改変されました?」
「そんな効能もあるのか?」
「無いですけど……」

 奇妙な顔のまま、食事を再開したメアリーに、

「それなら、少しは信じてくれないか。さっきの言葉も。愛してるという言葉も」

 メアリーは動きを止めて、

「……そうですね。効果が切れるまでは信じます」
「切れてからも、信じてくれると嬉しいんだがな」

 ディアンは苦笑した。

 ◇

 催眠術にかかりやすい人がいるように、惚れ薬の効能が強く出る人もいるんだろうか。いやでも、長く研究されて、実証もされてきたしな……。
 メアリーは、そんなことを考えながら、身支度をする。
 ベラに、

『服は……これ。靴はこれ。コートはこれ。カバンはこれ。貰ったっていうネックレスとピアスもちゃんと着けてね?』

 言われ、指定されたそれを、身に着けていく。

『あと、髪型とメイクね。髪は……まあ、こんなもんでしょ。髪留めはここね。それで、メイク、は……こんな感じ。どう?』

 もう、何も分からないので、その時にされたそれを、そのまま再現する。
 そうして、自室から出て、ディアンの待つ、家の側の玄関へ向かうと、

「…………」

 自分を見てか、目を見開いて固まったディアンへ、

「どうかしましたか?」
「──っあ、いや、……とても似合っているよ、メアリー。見惚れてしまった」
「……そうですか……」

 照れ笑いを浮かべるディアンを見ながら、これは薬、薬の効果、とメアリーは念じる。
 メアリーは、若葉を思わせる明るい緑のワンピースと、貰ったネックレスとピアスをしていて、金色の留め具が付いた靴を履いている。髪は左側で纏めて緩く三つ編みにしていて、髪留めで留めてある。
 そして淡い黄色のコートと、こちらにも金の留め具が付いた、飴色の小さな肩掛けカバンを身に着けているのだが。
 そこかしこの色が、ディアンを想起させる色だと、メアリーはそこまで頭が回っていない。
 ディアンの紳士服の色やコートの色が、自分の瞳を連想させるものであることも、カフスボタンやラペルピンなどの小物の色が、自分の髪色に似せた色だということも、分かっていない。

「じゃあ、行こう、メアリー」

 ディアンに手を差し出され、じっと見つめてしまって。

「……腕を貸したほうが良いか?」

 ディアンが苦笑しながら手を引っ込めたので、

「あ、手を繋ぐ、と。それですか」

 やっと理解がおよんだメアリーは、自分から手を差し出した。

「……良いのか?」

 また少し、目を見開いたディアンへ、

「このくらいは」

 責任があるし、と心の中で思う。

「ありがとう、メアリー」

 ディアンは笑顔になり、メアリーの手を取って指を絡める。
 まさか指を絡められるとは、と思いながら、薬の効果だしな、と、その動揺を収める。
 顔だけじゃなく、首や耳まで赤くなって、目を彷徨わせている、という自覚の無いメアリーは、

「メアリー。今の君が可愛くて、愛おしくて、抱きしめたくなってしまうよ」
「そこまではやめてください」

 自分を愛おしそうに見つめるディアンのその言葉に、早口で返してしまう。

「ああ、分かってる。でも、いつかは、そうしたい。行こうか」

 冷静に、と念じながら、

「そうですね、行きましょう」

 メアリーは答えた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

騎士団の繕い係

あかね
恋愛
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。

お願い聖騎士様、浄化して!

カギカッコ「」
恋愛
乙女ゲームの脇役に転生した私。ただ、最悪にも脇役は脇役でもビッチな脇役に。役柄の通りにって世界の強制力が私をメイン男性キャラ三人を見ると意に反して言い寄らせるからもう大変。強制魅了ってやつね。だけどそんな魅了を聖騎士ユリウスの浄化魔法が一時的に消せるとわかってからは彼頼みに。だけど最近彼の様子がおかしいし、私は私で彼への気持ちを自覚して、しばらく会わないようにした。それからもどうにかして操を守っていた私だけど、王宮舞踏会の夜、例の三人と接近して大ピンチに。三人から逃げなくちゃ、と無謀な判断をする私はその時――な話。指定はないけどちょっと大人なラブ。

顔も知らない旦那さま

ゆうゆう
恋愛
領地で大災害が起きて没落寸前まで追い込まれた伯爵家は一人娘の私を大金持ちの商人に嫁がせる事で存続をはかった。 しかし、嫁いで2年旦那の顔さえ見たことがない 私の結婚相手は一体どんな人?

悪女の秘密は彼だけに囁く

月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、再びあなたは私を諦めずに誘うのね。

やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~

岡暁舟
恋愛
 名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。 生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。 このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。 運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。 ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

処理中です...