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第五章 ノームの時計と竜の魔女

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魔法保安局の一団は白い竜と対峙し、空には稲妻が走る。竜は魔法保安局の一団を端から端まで見定めるように見た。一気に緊張感が走る。

「竜さまがついに我々を助けに来てくれた!」

獣のひとりが叫び、周りが同調する。

「もうお前たちに使役はされない」

「好き勝手もさせない。僕たちは自由だ!」

一触即発いっしょくそくはつの張り詰めた空気が街を包んでいた。

 十年間前の京都、魔法にかかわる世界を象徴しょうちょうする言葉だと思った。私が知る場所は本当に幸福な場所で、まだ見ぬ暗がりには人の世と変わらない差別と区別に塗られた場所があるのだ。

 嫌な気分だった。夢見た場所は決して私のいる世界と変わらないことが。

 空想が現実に塗り染められていくような世界。

そしてローブで黒く染まる北の空は別れ、中央から少女が箒に乗って現れた。

 ミーナさんだった。ミーナさんの登場に魔法保安局の一団は湧き立つ。精霊たちに緊張が走った。ただ、ミーナさんは一言も発せずに通り過ぎ、精霊たちのもとに進む。

 今度は魔法保安局からどよめきと、精霊たちから歓声が上がった。ミーナさんは白い竜の首元に飛ぶと、耳元で何かをつぶやいている。

 白い竜は親しみの視線をミーナに向けると、さらに空へと飛び上がった。

「待て!逃げるな!」

 魔法保安局の集団からどこかで聞いた声が聞こえる。何人もの魔女や魔法使いが杖をかかげて、稲妻が太さを増して放たれた。

 竜すらも包み込んでしまいそうな稲妻の射線がミーナさんへと進む。

「ミーナさん!」

 私は思わず叫んでいた。声は届かないと知っているのに。叫んでいた。

 ミーナさんは振り向き、瞳はひどく虚ろだった。世界に、他人に絶望してしまった瞳。

 白い竜が牙を剥き、竜を制してミーナさんが杖で流線を描きながら宙に触れた。


 空間が引き裂かれたように、キリキリと金属の擦れ合う音がした。巻き上がった炎が収束し、氷が吸い付く。地面が割れコンクリートが舞い上がり、足場を崩した精霊や獣たちの戦意を奪った。地面のがれきが浮かび上がり、炎と氷の収束していく。

 魔法保安局の放った稲妻すらも、杖の軌跡に合わせて巡り、一つの球体を作り出した。

「ミーナ!ダメだよ!行っちゃダメだ!」

 すがるようなアマーリアの声が響く。ミーナさんは空へと漆黒の球体を振り上げて、光が空を包む。大地を揺さぶる爆煙の後で音が聞こえた。

曇り空が中央から弾け、空には青空が広がっている。

そこにはもう白い竜とミーナさんの姿は消えてなくなっていた。

ふたりの存在が夢であったと思えるほどに、綺麗な青空だった。

「なるほどなぁ。さっすがミーナさんやで。これでハッピーエンドやな!」

 抜けるような青い空に、柚さんがため息交じりで言った。私にはこれでタダで済むわけではないという思いで、口が開けない。

 イースが柚さんから間をおいて息を吐いた。

「もちろんこれでは終わりませんでした。しばらくしてミーナさんは私のBARに訪れました。白い竜が訪れて五年の月日が経っていたでしょうか。黒いローブと杖を失って。若草色のカーディガンに、ブラウンのフレアスカートといった出で立ちで、最初はミーナさんと気がつきませんでした」

 場面は再びイースのBARへと戻る。木戸が開かれミーナさんは困ったように首をかたむけた。

「カフェを始めようと思うの。北区にね。いい場所があって店長を募集しているんだって」

 ミーナさんは頬を綻ばせていった。目線は揺らぎイースを試すように見ている。グラスを磨きながらイースは核心には触れずに、それはいいですね。と答えた。

「魔法保安局の方はどうされるんですか?副業なんて許されないでしょう?それにカフェの営業は甘くはない」

「大丈夫。もうクビになっちゃったから。杖とローブはもうないし、魔法もほとんど使えることは許されないし、もういらない。光熱費をごまかせる程度の魔法と、生きていれば大丈夫」

 そうですか。とミーナさんはイースの正面へと腰掛ける。ミーナさんが注文を選んでいる間に、イースは、オレンジとパイン、そしてレモンジュースを取り出しシェイカーで混ぜる。

カクテルグラスにカクテルを注ぎ、ミーナさんの前に出した。

「前に言い忘れていましたが、これはシンデレラというカクテルです。別々の味と見た目をした飲料でも、同じ場所で過ごし、合わさることでまた別の名を持つようになる」

「ノームの魔法かな?そうね。そんな場所にしましょう。北のカフェ。カフェ・ノードに集まる精霊や人、魔女や魔法使いは垣根かきねを越えて合わさりあって、ただ穏やかな日々を過ごすの」

 いいですな。とイースが答えてカクテルグラスを口元に当てるミーナさんのシーンで映像は途切れた。

 暗い幕間の空間で、正面にはイースがいた。隣にはコルが、そして腕を組み眉間にシワを寄せる柚さんがいる。

「なぜ・・・ミーナさんは魔法保安局を辞めたのですか?竜の魔女とミーナさんが呼ばれる理由はなんとなくわかりました。でも、精霊からは敬称で、魔女たちからは蔑称として呼ばれていると。理由がわかりません」

 ミーナさんは間違っていません。と私が言い、コルとイースは互いに視線を合わせた後で、私に向き直る。

「魔女からしてみれば、自分たちが敵わない存在であり、そして強大な力を使役する魔女がミーナさんです。精霊たちに優しくしてくれたばっかりに、竜をけしかけて精霊たちと反乱を起こしたとされました」

「そんな!嘘です!ミーナさんはそんなことをしません!」

「ええそうです。ただ疑惑は晴れない。そして精霊たちからは羨望せんぼうの目でみられます。竜を従える自分たちにとって神に近い存在にミーナさんはなってしまいました。羨望や期待は時に孤独をもたらします。人からもはぐれ、精霊たちからも距離を置かれたミーナさんの本心はわかりません」

 ただ・・・と右手に持ったコーヒーを口に含んでイースは続ける。

「カフェ・ノードが望む場所でしょう。過去は過去です。こうやって眺めることはできても想いを知ることはできない。琴音さんの言葉が真実でしょう」

 うんうん。とコルは小柄な体が縦に揺れるほど首を振る。

「でもこの一件で、精霊たちに対する態度は変わったよ。だってミーナさんがいるから。竜を従える驚異の魔女!恐れ畏れられる存在がいる。それだけで、全然違った。今では諍いはあっても争いはないでしょう?ミーナさまさまさ!」

 でもミーナさんは孤独じゃないか。食いしばる口元がしびれた。イースがかかとを合わせて鳴らすと、私たちが立っている中央から周囲に向けて映像が流れる。

 カフェ・ノードだった。八重子さんと康夫さん、そしてカウンター越しにミーナさんがいる。笑い合っていた。

 奥の席から西賀茂倶楽部の面々が、声を高らかに笑い合っている。

 アールさんがキョロキョロしながら康夫さんに連れられ店に訪れ、したたかに酔っ払い、ミアスがカウンターの隅で不思議そうにミーナさんを眺めていた。

 ウアルヴァさんに怒られるソフマがいて、他にも多くの人が訪れる。

 最後に柚さんが階段を駆け上がってきた。

「ぬぁぁ。新社会人てなんてつらいねん!面接の時と全然違うやんけ!あぁー!」

 人目も憚らずにカウンターに突っ伏し、ミーナさんがお酒を出す。

「魔女の世界よりずっと大変よね。きっと。でも大丈夫。気付けのお酒を呑んでみて。魔女の妙薬よりもずっと効くから」

 ヘッ?と柚さんがカウンターから顔を上げた。そこからたくさんの日々が映し出される。人も精霊も、互いの姿を認知せずとも互いに過ごし、ミーナさんは笑っていた。

 そして、心配そうなタールーに覗き込まれたまま眠る私を眺めるミーナさんがいた。

そこでプツンと音を立てて画面が閉じる。ミーナさんの望んだ世界がカフェには広がっていたのだ。
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