【完結】現世の魔法があるところ 〜京都市北区のカフェと魔女。私の世界が解ける音〜

tanakan

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最終章 現世の魔法があるところ

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 私は今、白竜はくりゅうの背に乗り海面に近い空を飛んでいる。

 視界に留めることができないくらいの速度で流れる空に白い大きな雲が流れていた。白竜は右の巨大な爪で海面をなぞると弾き飛ばされた海がそれで水玉になって降り注ぐ。

 太陽の光に反射してキラキラと宝石みたいに光る水玉を浴びながら、そのままの勢いで白竜が空に向かって舞い上がると地平の向こうに島が見えた。私の住む国は、私を閉じ込めていた世界がこんなにも小さなものだったのかとあらためて思う。

 隣に座るミーナさんはくすくすと頬をほころばせた。

「なんだかママ、とっても機嫌がよさそうね」

「そりゃそうだろう。あんなに人見知りだったうちの娘が、お友達を連れてきたんだから。機嫌もよくなるものさ。小さい頃は泣き止むまでこうやって空をよく飛んだだろう?あの頃はろくに魔法も使えていなかったからね」

 そうだったかしら?とミーナさんは視線を空へと向けて首をかたむける。魔法の使えないミーナさんを私はうまく想像できなかった。

「でも・・・私は余計なことをしたのでしょうか?ミーナさんのいうとおりお店で待っていた方が・・・」

 私の問いに、いいえ!とミーナさんは視線を進む方向へ置いたまま、きっぱりと答える。

琴音ことねちゃんが助けに来てくれて嬉しかったわ。それに私の思う通りにママを打ち倒したふりをして、もとの生活に戻ってしまったらそれこそ二度とママには会えない。根本的な所で孤独になってしまっていたから、ありがとう」

 いいえと私は白竜の鱗に視線を落とす。陽の光で琥珀色に見える鱗は近くで触れるととても暖かい。それに、とミーナさんは続ける。

「それにママのあの演技力じゃとてもじゃないけど、みんなを騙せなかったからね。結果オーライってやつかしらね」

 ねっ?と身を屈めてミーナさんはそういって、はぁぁと白竜は大きなため息を吐いた。ため息に混じった炎が口元からもれる。

「なんだい頑張った母親に対してそれはないだろう?娘に説教されるようになってしまったら、すっかりとママもおばあちゃんになった気分だよ。琴音ちゃんからも何か言ってくれないかい?」

 お婆ちゃんじゃない。とミーナさんは幼い少女みたいにくすくすと笑う。なんだかとても空気が暖かいと私は感じる。

「えぇと素敵な竜のお婆ちゃんです!」

 私の言葉に空を駆ける白竜はがっくりと肩を落とす。心なしか大きな翼の羽ばたきも弱まった。
 気にさわるようなことを言ってしまっただろうか。私がミーナさんを見ると、ミーナさんはぎゅっと私を抱き寄せる。

「本当にありがとうね。ママにお友達を紹介できるとは思わなかったわ。他のみんなも紹介しないとね」

「そうそう。琴音ちゃんその話は本当かい?今でも人見知りだった娘がカフェなんて開いているとは思えないんだ。我も入れる大きさかい?」

「空を覆う白竜が入るには小さなお店ですが、みんなきっと歓迎してくれますよ」

 それは楽しみだねぇ。と白竜はその場でくるくると回り、振り落とされないように私はその背中にしっかりと掴まった。白竜は長い首を私たちの方へ向けて赤い瞳をくるくると回す。

「それでどうするんだい?そろそろお前たちの住む国だろう?我がなんとかしてやろうか?神らしく振舞って魔女や人に啓示けいじを与えてやろう。ミーナと琴音が傷つくようなことがあれば、この国を滅ぼしてしまうと」

 ミアスといい白竜といいやはり考え方が優しくとも物騒だと私は笑みを含む。いいえ。とミーナさんは白竜の申し出にきっぱりとそう答えた。

「もう私はあれこれ考えることをやめました。私ひとりでなんとかしようとしなくてもたくさんのお友達がいますから。きっとなんとかなります。ママに頼らなくてもちゃんと自分で立ち向かいます。こればっかりは自分たちでなんとかしないとね」

 そうかい。と白竜は満足そうな声をあげて、眼下に広がり始めた大地を眺めている。私のお母さんもこんな表情や気持ちだったのかなとそう思った。視界に入り始めた山には大きな大の字がうっすらと見えた。すぐそこに私の住む街がある。とても小さく見えた。

「もうお別れかい。もっとゆっくりとお話ししたかったのだけど竜の翼は速すぎるんだよ。それが困りものさね」

「竜さんにも悩み事があるのですね」

「そうそう。心配な娘がいるととくにね。それに今日は自分の娘が増えた気持ちにもなるよ。そうだ。これをあげようかね。竜の鱗で作った宝玉だ。困った時はそれを使いなさい」

 白竜がそういうと目の前にある鱗が一枚剥がれて浮かび上がる。それは私の目の前でくるくると回転すると親指くらいの小さな白い宝石となった。

「それなら私からもプレゼント。お母さんの爪を少しもらうね」

 ミーナさんはそういうと杖を振るう。目の間にはふわふわと腕ほどある黒い塊が浮かび、それは一度砕かれて形を変えていく。細い鎖の形になるとそれは竜の宝玉へと巻きつき首飾りの形になった。宙に浮いているそれはふわりと私の頭上まで運ばれるとすっぽりと私の首に収まる。

「お似合いじゃないかい。竜の鱗はどんな困難にも貫かれることはなく、竜の爪は決して砕けない。負けることはない。ミーナを頼むよ」

「ありがとうございます。大切にします。みんなの宝物と一緒に。」

私が新しい首飾りに触れるとほのかに温かく春風のようなやわらかい香りがした。
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