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第六章 ディアーナの首飾りと夢の魔女
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カフェ・ノードで見せてもらった魔女の秘密基地には、ミーナさんが人の世に近づこうとした結果がたくさん残っていた。多少の勘違いはあってもそれは自分が目を背けていた場所、自分を捨てた社会へと近づこうとしている確かな足跡だ。白い竜は頭を下ろして私を真っ赤な瞳でしっかりと見た。
少しだけその瞳は和らいでいるように見える。頭の中には白い竜の言葉が響く。
「もうこの子はひとりにならないって言うことかい?」
「はい。もうひとりではありません。ひとりだと感じさせることもありません。私がいますから。こんなにも弱い私に広い世界を教えてくれました。だから今度はミーナさんを私が助ける番です」
「それは我を打ち倒して、竜の首を持ち帰ってかい?そうしないといけないのだろう?多くの魔女や魔法使い、そしてかつて我を追い詰めた多くの人もまたそう望んでいた」
「いいえ!ミーナさんのお母さんにそんなことをさせません。それを否定してしまったらもうミーナさんはずっとひとりになってしまいます。異なる存在に育てられたからこそ、その存在を否定してしまえばミーナさんはいよいよひとりになってしまいます。それだけはさせません!」
なんとも・・・と竜は大きな首を左右に振った後、両方の足を広げてグッと力を入れる。
「なんとも人らしいどっちつかずな、自分勝手で傲慢な答えだな。ならば試してもらおうか。言っておくが我は強い。神を除けは我に敵う相手などいないだろう。ふたりの魔女に我を納得させることができるものか」
口元からは炎が漏れ出し、立ち昇る。私は両手で杖をぎゅっと握り竜の瞳を見返す。こんなにも恐ろしい言葉を吐かれているのに、なぜかクラスメートたちから感じた敵意を感じないのが不思議だった。それは竜だからなのかそれはわからない。
ふと後ろから抱きしめられた。ラベンダーの香りが私を包みそれがミーナさんだと私は感じる。
「すぐに戻るからって言ったじゃない。でもありがとう。琴音ちゃんはもう立派な魔女ね」
立派かどうかはわかりませんが・・・と私は答えると私を包むようにミーナさんも背中から私の杖を握る。
「いいえ違うわ。琴音ちゃんの言葉はしっかりと私にも響いた。琴の音みたいに儚くてもしっかりと。いい?私が竜の魔女と呼ばれるのはその竜に育てられたからじゃないの。竜の言葉はすべての事象を支配する。だからこそ精霊を使役するだけしかできない他の魔女よりもずっと強い魔法が使える。支配はとても強い言葉だから。でも琴音ちゃんの魔法は精霊たちから力を借りる。琴音ちゃんの言葉で琴音ちゃんを好きな精霊たちが頑張ってくれる。それは似ているようでとっても違うこと。そして琴音ちゃんに力を貸したい私みたいな、魔女の魔法もずっと強くしてくれる」
足元と共に広がる草原がざわざわと揺れ始めている。急に周りの音が消える。とても静かだった。ミーナさんは私の耳元へと口を寄せる。
「ミーナさんが、教えてくれた魔法。現世における魔法の使い方がわかりました。いえ・・・ミーナさんが真に望んでいる魔女の在り方がわかりました。目的に近づくための手段が魔法です。多くの知らなかった存在を知り、世界に目を向ける。そしてそれ以上に内なる音に目を向けるのですね。自分を知り、内なる音を聞き立ち向かう。天を揺るがす魔法ではなく、自分を変えるために必要な音に耳を傾けることです」
そうして魔法のように世界は変わっていく。世界が解ける音は私の中にあったのだ。
そうね。とミーナさんは目尻を和らげる。口元だけで音にはならないありがとう。という言葉を形にした。
「言葉は胸の奥で燃え盛る炎にも似た確かに強い感情が、風に伝わり相手に届く。でもその想いは水のように相手に合わせて心を変えて、優しさもまた眼差しに宿る。しっかりと地に足をつけて確かな自分の意思に相手へ向けて・・・こうやって伝えるの」
ミーナさんと一緒に振り上げた私の杖を、目の前にいる白い竜へとしっかりと向ける。白い竜から放たれた、雷をまとった黒い炎が、放たれた瞬間に風に乗って霧散した。
空へ浮かんだ炎の破片は色味を変えて白くなる。まるでタンポポの綿毛みたいに降り注ぐそれらを眺めて私はわぁ!と思わず声がでた。
まるで世界が私とミーナさんに支配されてしまったように感じる。きっとそれが確かな自分の意思を持つということだろう。見える景色と聞こえる音の感じ方が変わるだけで、目の前の脅威はたやすく打ち砕くこともできるのだ。
白い竜もまたゆっくりと降り注ぐ雪のような綿毛に首を伸ばして眺めている。その瞳を優しく和らげて。
そしてハッと何かを思い出したかのように私たちへと向き直ると、急に胸へと両手を当ててグゥゥと声をあげて苦しみ始めた。なんのことだかわからない私は呆然と目を丸めてその姿へと視線を奪われる。
「グワァァ。これが人と魔女の力なのか。このような強力な魔法に我は耐えられぬ!しかしこの世に悪が存在する限り我は・・・」
白い竜は立ち上がるとその場に、地響きをどこまでも響きかせながら倒れこむ。なんだかとてもわざとらしいと私は目を細めた。竜の鱗は微塵も傷付いてなんかいないのだから。
緊張の解けた私はその場にへたり込む。まったく・・・とミーナさんは腰に手を当て首を振った。
「ママ・・・演技が下手すぎ。格好よかったのは戦っている時だけだったじゃない。それに琴音に対してはちょっとやりすぎ・・・」
演技・・・?私がへたり込んだままミーナさんを見上げると、がばっと竜は首だけ起き上がり。呆れるような赤い目と鼻先をミーナさんへと向けた。
「なんだい。こうしろって言ったのはミーナだろう。魔法保安局にバレないように激しい戦闘の後、白い竜は打ち倒されてどこかに逃げる。それでお茶を濁すって言ってたじゃないかい」
「あーあ。これじゃバレバレ。どうせ私の記憶からこの光景を他の魔女に見らてれるんだから。もっと人の世にあるドラマや映画で勉強するべきだったね」
「ミーナのくれた小さな箱で観られる訳ないじゃないかい。我が娘のために年甲斐もなく頑張ったってのにねぇ。琴音ちゃんもそう思わないかい?」
はぁ。と私は返事をしたものの足にはすっかり力が入らない。でもずっとこっちの方がいいとも思った。こんなにも辺りに流れる空気は暖かい。
ミーナさんは私へと視線を移し右目だけをキュッと閉じる。
「ね。すぐに帰るからって言ったでしょ?」
少しだけその瞳は和らいでいるように見える。頭の中には白い竜の言葉が響く。
「もうこの子はひとりにならないって言うことかい?」
「はい。もうひとりではありません。ひとりだと感じさせることもありません。私がいますから。こんなにも弱い私に広い世界を教えてくれました。だから今度はミーナさんを私が助ける番です」
「それは我を打ち倒して、竜の首を持ち帰ってかい?そうしないといけないのだろう?多くの魔女や魔法使い、そしてかつて我を追い詰めた多くの人もまたそう望んでいた」
「いいえ!ミーナさんのお母さんにそんなことをさせません。それを否定してしまったらもうミーナさんはずっとひとりになってしまいます。異なる存在に育てられたからこそ、その存在を否定してしまえばミーナさんはいよいよひとりになってしまいます。それだけはさせません!」
なんとも・・・と竜は大きな首を左右に振った後、両方の足を広げてグッと力を入れる。
「なんとも人らしいどっちつかずな、自分勝手で傲慢な答えだな。ならば試してもらおうか。言っておくが我は強い。神を除けは我に敵う相手などいないだろう。ふたりの魔女に我を納得させることができるものか」
口元からは炎が漏れ出し、立ち昇る。私は両手で杖をぎゅっと握り竜の瞳を見返す。こんなにも恐ろしい言葉を吐かれているのに、なぜかクラスメートたちから感じた敵意を感じないのが不思議だった。それは竜だからなのかそれはわからない。
ふと後ろから抱きしめられた。ラベンダーの香りが私を包みそれがミーナさんだと私は感じる。
「すぐに戻るからって言ったじゃない。でもありがとう。琴音ちゃんはもう立派な魔女ね」
立派かどうかはわかりませんが・・・と私は答えると私を包むようにミーナさんも背中から私の杖を握る。
「いいえ違うわ。琴音ちゃんの言葉はしっかりと私にも響いた。琴の音みたいに儚くてもしっかりと。いい?私が竜の魔女と呼ばれるのはその竜に育てられたからじゃないの。竜の言葉はすべての事象を支配する。だからこそ精霊を使役するだけしかできない他の魔女よりもずっと強い魔法が使える。支配はとても強い言葉だから。でも琴音ちゃんの魔法は精霊たちから力を借りる。琴音ちゃんの言葉で琴音ちゃんを好きな精霊たちが頑張ってくれる。それは似ているようでとっても違うこと。そして琴音ちゃんに力を貸したい私みたいな、魔女の魔法もずっと強くしてくれる」
足元と共に広がる草原がざわざわと揺れ始めている。急に周りの音が消える。とても静かだった。ミーナさんは私の耳元へと口を寄せる。
「ミーナさんが、教えてくれた魔法。現世における魔法の使い方がわかりました。いえ・・・ミーナさんが真に望んでいる魔女の在り方がわかりました。目的に近づくための手段が魔法です。多くの知らなかった存在を知り、世界に目を向ける。そしてそれ以上に内なる音に目を向けるのですね。自分を知り、内なる音を聞き立ち向かう。天を揺るがす魔法ではなく、自分を変えるために必要な音に耳を傾けることです」
そうして魔法のように世界は変わっていく。世界が解ける音は私の中にあったのだ。
そうね。とミーナさんは目尻を和らげる。口元だけで音にはならないありがとう。という言葉を形にした。
「言葉は胸の奥で燃え盛る炎にも似た確かに強い感情が、風に伝わり相手に届く。でもその想いは水のように相手に合わせて心を変えて、優しさもまた眼差しに宿る。しっかりと地に足をつけて確かな自分の意思に相手へ向けて・・・こうやって伝えるの」
ミーナさんと一緒に振り上げた私の杖を、目の前にいる白い竜へとしっかりと向ける。白い竜から放たれた、雷をまとった黒い炎が、放たれた瞬間に風に乗って霧散した。
空へ浮かんだ炎の破片は色味を変えて白くなる。まるでタンポポの綿毛みたいに降り注ぐそれらを眺めて私はわぁ!と思わず声がでた。
まるで世界が私とミーナさんに支配されてしまったように感じる。きっとそれが確かな自分の意思を持つということだろう。見える景色と聞こえる音の感じ方が変わるだけで、目の前の脅威はたやすく打ち砕くこともできるのだ。
白い竜もまたゆっくりと降り注ぐ雪のような綿毛に首を伸ばして眺めている。その瞳を優しく和らげて。
そしてハッと何かを思い出したかのように私たちへと向き直ると、急に胸へと両手を当ててグゥゥと声をあげて苦しみ始めた。なんのことだかわからない私は呆然と目を丸めてその姿へと視線を奪われる。
「グワァァ。これが人と魔女の力なのか。このような強力な魔法に我は耐えられぬ!しかしこの世に悪が存在する限り我は・・・」
白い竜は立ち上がるとその場に、地響きをどこまでも響きかせながら倒れこむ。なんだかとてもわざとらしいと私は目を細めた。竜の鱗は微塵も傷付いてなんかいないのだから。
緊張の解けた私はその場にへたり込む。まったく・・・とミーナさんは腰に手を当て首を振った。
「ママ・・・演技が下手すぎ。格好よかったのは戦っている時だけだったじゃない。それに琴音に対してはちょっとやりすぎ・・・」
演技・・・?私がへたり込んだままミーナさんを見上げると、がばっと竜は首だけ起き上がり。呆れるような赤い目と鼻先をミーナさんへと向けた。
「なんだい。こうしろって言ったのはミーナだろう。魔法保安局にバレないように激しい戦闘の後、白い竜は打ち倒されてどこかに逃げる。それでお茶を濁すって言ってたじゃないかい」
「あーあ。これじゃバレバレ。どうせ私の記憶からこの光景を他の魔女に見らてれるんだから。もっと人の世にあるドラマや映画で勉強するべきだったね」
「ミーナのくれた小さな箱で観られる訳ないじゃないかい。我が娘のために年甲斐もなく頑張ったってのにねぇ。琴音ちゃんもそう思わないかい?」
はぁ。と私は返事をしたものの足にはすっかり力が入らない。でもずっとこっちの方がいいとも思った。こんなにも辺りに流れる空気は暖かい。
ミーナさんは私へと視線を移し右目だけをキュッと閉じる。
「ね。すぐに帰るからって言ったでしょ?」
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