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第六章 ディアーナの首飾りと夢の魔女
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一瞬の暗転、すぐに視界は再び開ける。
私は高い空にいた。
いつも遠くに見えていたはずの雲が目の前にあるり、眼下にはぼやけた薄い緑色が広がっている。
夢で見た地平まで続く草原だった。
ビルよりもずっと高い空から私は落下を始めて、左手に持った箒をぎゅっと握る。まだ箒での飛び方は知らない。それでも不思議と怖くなかった。
私はシルフから手渡されたティースプーンへ想いを馳せると、ポケットの中でティースプーンが熱を帯びる。その時、耳元でコルの鼻にかかる陽気な声が聞こえた。
「なるほどねー。琴音の魔法はこんな感じかー。ボクがひとりで魔法を使う時よりも、ふたりならなんでもできそうだねー。あっ他の精霊もまた一緒かー」
「はい。タールーと猫絨毯を使った時もそうでした。みんなとの距離をとても近くに感じます」
「贈り物ってそういうもんだからねー。いい?風の魔法はできるだけ心を軽く保つことだからね。琴音は何もかも真剣に考えすぎるけど、周りの人にとってはどうでもいいことも多い。物事は結構単純でそれを複雑にするのは自分自身だったりする。だから息を吸ってそれをゆっくり吐いて。できるだけこの世がふわりと軽く漂う場所だと考えるのー」
はい。と私は返事をする。最初に見た魔法はミーナさんの風渡りの魔法だった。私が落下するのに合わせて足元から吹いていた風が流れを止める。そして私の周りへと渦を作るとまるで春風のような心地よい風が肌をなでていた。
風は手に持った箒へと広がっていき、ばさりと先端の多くの枝が開く。私はその中心にまたがってみた。ミーナさんがいう通り、腰元は硬いから長時間乗ると腰が痛そうだ。
でもしっかりと私は箒に乗って空を飛んでいる。ずっと昔に夢見た魔法の世界にいるのだ。
さてここからミーナさんを探さなければ。柚さんは私をミーナさんの所へと送ったはずだから、近くにミーナさんはいる。目を凝らして辺りを見渡すと視界に散らばる雲の切れ端がブワッと巻き上がり消えた。
白い竜がいた。魔法で見た姿よりもずっと大きい。
竜は巨大な翼を振るいつつ何かを追っていた。その先には私と同じ黒いローブをまとったミーナさんがいる。長い黒髪は箒に乗ったミーナさんが上下左右へと自在に回転し、高度を変えるたびに揺れていた。
「うっひゃぁ。やっぱり竜はでっかいなー。それにミーナさんは・・・竜と戦っている?」
コルの言葉にそうみたいと私は答える。白い竜は一度ぐっと身を仰け反らせると喉元を十分に膨らませて、首を伸ばし口も開く。
口からは白い竜の何倍もありそうな炎が放たれミーナさんを包み込もうとする。
あぶない!と声も出ずに私が思った時ミーナさんは杖でそれを払い炎は空に消えていた。夕焼け空のような色味で空が染まる。
白い竜は炎が消えるのを見届けると大きくその場で回転した。その回転に合わせて地面から黒く舞きあがる風が渦を作り、高く見上げるほどの竜巻を作り出す。稲妻が竜巻の中で光り、ゴロゴロと雷鳴が響く。
ミーナさんはさらに上空へと箒に乗ったまま飛び杖を振るう。杖から生み出された山よりも大きな氷塊が先を尖らせ竜巻の中央へと放たれると竜巻と氷塊が爆散した。
こんなにミーナさんは強い。ひとりで白い竜と渡り合えるほど強いから、誰かも恐れられる。嫉妬の思いも受けてしまう。
それほどまでに強いからひとりになってしまう。
白い竜は爆散した竜巻の風を受け鱗に電流が流れた。白い竜は翼を振るい滞空する。ミーナさんは速度を増して竜へ突進した。竜は巨大な爪を胸に抱くと勢いよく太い両手と一緒に広げた。
視界は光で包まれ、一瞬遅れて爆炎が広がった。
爆炎が風で流れてしまうと、突進していたはずのミーナさんの焦げたローブが煙を上げつつ落下する。
はるか真下に見える地表に向けて。
「ミーナさん!」
私の張り上げた声にミーナさんがこちらを見たような気がした。私が杖を振るうと、コルはわかったと答える。
ミーナさんの体が風に包まれゆっくりと落下し始めたのを見て、私はホッと胸をなで下ろす。白い竜はそのゆっくりと落下していくミーナさんをしばらく眺めると次は私へと向き直る。
真っ赤な瞳が私を居抜き足がすくむ。白い竜の咆哮が空気の塊となって私の体を強く押した。
敵意があるのかはわからない。だけど私はもう負けない。自分を変えるのは目の前に現れた脅威に対して立ち向かうしかない。それに私はもうひとりではないのだ。
白い竜はさっき見たように身を仰け反らせ、口元に炎を溜め込み私へと向ける。
空に浮かぶ太陽よりもずっと大きい火球が私に向けて放たれた。ポケットの中でサラマンダーのネイルリングが熱を帯び、アールの声が耳元に響く。
「おぉおぉ。やってんなぁ。まさかただの建築作業員の俺が竜と戦うなんてな。でもまぁ琴音となら負ける気はしないがな」
「アールさんはただの建築作業員ではないですよ。立派な鱗を持ったサラマンダーです」
そうだな。とアールがいつもみたいに牙を剥いて笑ったような気がした。
「いいか?炎の魔法を使うには怒りが必要だ。相手の事なんて気にする必要なんてねぇよ。目の前に現れた脅威に対してはいくらでも怒っていいんだ。琴音は優しすぎるし賢すぎるから、他人の心が必要以上に聞こえてしまうからそれができない。けど、たまにはそれもいいだろう?」
はい。と私はうなずく。少なくともミーナさんを傷付けた竜が私は許せない。
胸の奥底から立ち上る熱い温度に私は身を委ねながら、眼前に迫る巨大な火球へと杖を向ける。
杖先から細い炎が立ち上りそれは回転しながら巨大な火のトカゲを形成した。カフェのコンロで作ったミーナさんが呼び出したサラマンダーとよく似ていた。でもずっと巨大だ。
白い竜と比べても違いがないくらいに。
サラマンダーは白い竜から私に放たれた火球を飲み込み、そのまま白い竜に向かって空を駆け、遠くへ竜を跳ね飛ばす。同時にサラマンダーの体が破裂し豪雨のように降り注ぐ火の雨が赤く空を染めた。
私は高い空にいた。
いつも遠くに見えていたはずの雲が目の前にあるり、眼下にはぼやけた薄い緑色が広がっている。
夢で見た地平まで続く草原だった。
ビルよりもずっと高い空から私は落下を始めて、左手に持った箒をぎゅっと握る。まだ箒での飛び方は知らない。それでも不思議と怖くなかった。
私はシルフから手渡されたティースプーンへ想いを馳せると、ポケットの中でティースプーンが熱を帯びる。その時、耳元でコルの鼻にかかる陽気な声が聞こえた。
「なるほどねー。琴音の魔法はこんな感じかー。ボクがひとりで魔法を使う時よりも、ふたりならなんでもできそうだねー。あっ他の精霊もまた一緒かー」
「はい。タールーと猫絨毯を使った時もそうでした。みんなとの距離をとても近くに感じます」
「贈り物ってそういうもんだからねー。いい?風の魔法はできるだけ心を軽く保つことだからね。琴音は何もかも真剣に考えすぎるけど、周りの人にとってはどうでもいいことも多い。物事は結構単純でそれを複雑にするのは自分自身だったりする。だから息を吸ってそれをゆっくり吐いて。できるだけこの世がふわりと軽く漂う場所だと考えるのー」
はい。と私は返事をする。最初に見た魔法はミーナさんの風渡りの魔法だった。私が落下するのに合わせて足元から吹いていた風が流れを止める。そして私の周りへと渦を作るとまるで春風のような心地よい風が肌をなでていた。
風は手に持った箒へと広がっていき、ばさりと先端の多くの枝が開く。私はその中心にまたがってみた。ミーナさんがいう通り、腰元は硬いから長時間乗ると腰が痛そうだ。
でもしっかりと私は箒に乗って空を飛んでいる。ずっと昔に夢見た魔法の世界にいるのだ。
さてここからミーナさんを探さなければ。柚さんは私をミーナさんの所へと送ったはずだから、近くにミーナさんはいる。目を凝らして辺りを見渡すと視界に散らばる雲の切れ端がブワッと巻き上がり消えた。
白い竜がいた。魔法で見た姿よりもずっと大きい。
竜は巨大な翼を振るいつつ何かを追っていた。その先には私と同じ黒いローブをまとったミーナさんがいる。長い黒髪は箒に乗ったミーナさんが上下左右へと自在に回転し、高度を変えるたびに揺れていた。
「うっひゃぁ。やっぱり竜はでっかいなー。それにミーナさんは・・・竜と戦っている?」
コルの言葉にそうみたいと私は答える。白い竜は一度ぐっと身を仰け反らせると喉元を十分に膨らませて、首を伸ばし口も開く。
口からは白い竜の何倍もありそうな炎が放たれミーナさんを包み込もうとする。
あぶない!と声も出ずに私が思った時ミーナさんは杖でそれを払い炎は空に消えていた。夕焼け空のような色味で空が染まる。
白い竜は炎が消えるのを見届けると大きくその場で回転した。その回転に合わせて地面から黒く舞きあがる風が渦を作り、高く見上げるほどの竜巻を作り出す。稲妻が竜巻の中で光り、ゴロゴロと雷鳴が響く。
ミーナさんはさらに上空へと箒に乗ったまま飛び杖を振るう。杖から生み出された山よりも大きな氷塊が先を尖らせ竜巻の中央へと放たれると竜巻と氷塊が爆散した。
こんなにミーナさんは強い。ひとりで白い竜と渡り合えるほど強いから、誰かも恐れられる。嫉妬の思いも受けてしまう。
それほどまでに強いからひとりになってしまう。
白い竜は爆散した竜巻の風を受け鱗に電流が流れた。白い竜は翼を振るい滞空する。ミーナさんは速度を増して竜へ突進した。竜は巨大な爪を胸に抱くと勢いよく太い両手と一緒に広げた。
視界は光で包まれ、一瞬遅れて爆炎が広がった。
爆炎が風で流れてしまうと、突進していたはずのミーナさんの焦げたローブが煙を上げつつ落下する。
はるか真下に見える地表に向けて。
「ミーナさん!」
私の張り上げた声にミーナさんがこちらを見たような気がした。私が杖を振るうと、コルはわかったと答える。
ミーナさんの体が風に包まれゆっくりと落下し始めたのを見て、私はホッと胸をなで下ろす。白い竜はそのゆっくりと落下していくミーナさんをしばらく眺めると次は私へと向き直る。
真っ赤な瞳が私を居抜き足がすくむ。白い竜の咆哮が空気の塊となって私の体を強く押した。
敵意があるのかはわからない。だけど私はもう負けない。自分を変えるのは目の前に現れた脅威に対して立ち向かうしかない。それに私はもうひとりではないのだ。
白い竜はさっき見たように身を仰け反らせ、口元に炎を溜め込み私へと向ける。
空に浮かぶ太陽よりもずっと大きい火球が私に向けて放たれた。ポケットの中でサラマンダーのネイルリングが熱を帯び、アールの声が耳元に響く。
「おぉおぉ。やってんなぁ。まさかただの建築作業員の俺が竜と戦うなんてな。でもまぁ琴音となら負ける気はしないがな」
「アールさんはただの建築作業員ではないですよ。立派な鱗を持ったサラマンダーです」
そうだな。とアールがいつもみたいに牙を剥いて笑ったような気がした。
「いいか?炎の魔法を使うには怒りが必要だ。相手の事なんて気にする必要なんてねぇよ。目の前に現れた脅威に対してはいくらでも怒っていいんだ。琴音は優しすぎるし賢すぎるから、他人の心が必要以上に聞こえてしまうからそれができない。けど、たまにはそれもいいだろう?」
はい。と私はうなずく。少なくともミーナさんを傷付けた竜が私は許せない。
胸の奥底から立ち上る熱い温度に私は身を委ねながら、眼前に迫る巨大な火球へと杖を向ける。
杖先から細い炎が立ち上りそれは回転しながら巨大な火のトカゲを形成した。カフェのコンロで作ったミーナさんが呼び出したサラマンダーとよく似ていた。でもずっと巨大だ。
白い竜と比べても違いがないくらいに。
サラマンダーは白い竜から私に放たれた火球を飲み込み、そのまま白い竜に向かって空を駆け、遠くへ竜を跳ね飛ばす。同時にサラマンダーの体が破裂し豪雨のように降り注ぐ火の雨が赤く空を染めた。
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