41 / 53
第六章 ディアーナの首飾りと夢の魔女
-2-
しおりを挟む
ミーナさんと私はなんとか言葉を作ると胸の中にぎゅっと頭を埋める。ラベンダーの香りがわずかに漂っていた。ミーナさんはじりじりと後ずさりを始めた残りの三人から視線を動かさない。
「これだから人も魔女も嫌いなの。群れると自分がまるで神だと言わんばかりに強いと勘違いしてしまう。こんなに弱いのにね」
ミーナさんは抱き寄せた私から手を離すと右手をまっすぐ残された三人へと向ける。空気の密度が上がったようで息苦しい。そして三人はあっけなく崩れ落ちる。ミーナさん?と私が見上げると大丈夫?とミーナさんは笑みを浮かべる。いつもと違うその瞳はどこか冷たい。
「眠っているだけだから。道端に置いておきましょう。そのうち誰かが見つけるでしょうし、それよりも琴音ちゃんの手当をしなきゃ」
はい。と私はうなずく。手元には粉々になった首飾りの破片がチクチクと手のひらを刺し、やっと私は痛みを感じることができた。血の味もまた口の中へと広がっている。
大丈夫?と私を覗き込むミーナさんの向こう側の空が、黒く染まるのを私は見た。
夜の帳が目の前に降りてくるように、だんだんと近づいてくる。そしてようやく私は箒に乗った人だと気がついた。二、三十人にも見えるその多くの魔女や魔法使いが空を覆っていた。
ミーナさんもそれに気がついたのかそれを向き直る。下がってと私の前にミーナさんは踏み出した。
その集団の中央から長い黒髪を一本にまとめた魔女が進み出る。その魔女は箒に乗ったままいびつな笑みを浮かべていた。その顔には見覚えがある。
アマーリア・・・とミーナがぽつりとその名を呼ぶ。アマーリアはいびつな笑みを崩さずにミーナさんを見下ろすと口を開いた。
「かつての偉大な魔女も堕ちたものだな。こんな可愛い、何も知らない人の子に魔法を使うなんて。いままでは多少お前が魔法を使おうとも、勝手に弟子を取ろうとも大目に見られていたのが不思議だよ。まぁお偉方はお前の機嫌を損ねて竜に仕返しされるとでも思っているのだろうが、それも今日で終わりだ」
「ミーナさんは私のために!」
そう進み出た私をミーナさんは手を伸ばして制する。ん?と今度はアマーリアが私へ視線を移した。
「なんだ。人の子か。魔女でもないのにミーナの弟子になったつもりの滑稽な魔女。気がつかなかったのか?その砕かれた首飾りがなければ君は精霊が見えない。でも他の魔女はそんな首飾りがなくても精霊が見えているだろう?竜の魔女に利用されていたとは思わなかったか?」
そんなことはない。と私はミーナさんをみる。ミーナさんはアマーリアから視線をそらさず何も言わなかった。アマーリアは続ける。
「最初から私はお前のことが気に入らなかったんだよ。どこから来たのかもわからない魔女、我々の敵である竜と手を組み、使役されるはずの精霊たちを助け、まるで同等のように隣を歩く。とんだ偽善者だな」
「いいえ。みんな私の大切なお友達です。琴音ちゃんもそう。利用しようなんて思ったことは一度もないわ」
ミーナさんはそうきっぱりというと、行きましょうと私の袖を握る。手を少しだけ震えていた。
「おいおい。また逃げるつもりか?なぜか抵抗もしなかった竜のように。この件に関してはきさまも隣の少女も我々と一緒に、来てもらわなければならない。魔女の資格を奪われているのにもかかわらず人に魔法を使った罪だな」
「琴音ちゃんは関係ないでしょう!」
「いいや関係がある。少なくともこの件に至ったのはそこの女が原因なのだからな。この子たちもかわいそうに。まぁ・・・他にも方法はあるがな」
アマーリアはいびつな笑みを広げながらそういった。ミーナさんは一度目を伏せ、心を決めたかのようにアマーリアをもう一度見上げた。
「やる気になったのだな。きさまに与えられる選択肢はそこの少女と我々に連行されるか、もしくは白い竜を討伐することだ。かつてはお前がかばった忌まわしい竜の討伐。杖は後で返してやる。きさまなら簡単だろう?これで精霊たちも呑気には暮らせない。魔法を扱える人の威厳を取り戻すことができる」
そっか・・・とミーナさんは私へと振り向き頭に手を当てる。温かなそれはどこか悲しそうな笑みと共に私をなでる。
「ごめんね。どうやら過去からは逃げられないみたい。大丈夫。すぐに戻ってくるからね」
言葉も出せずに首を横に振る私に片目を閉じて見せて、ミーナさんは宙に浮き、アマーリアたちへと向かう。すぐに十人くらいの箒に乗った魔女と魔法使いがミーナさんを取り囲んだ。
ミーナさんはまっすぐと姿勢を伸ばしたまま逃げないわよ。と不満そうに冷たい視線を魔女に向け、そのまま空を歩いて私の視界から消えていった。アマーリアは満足そうにそれを見届けると私を見下ろす。
「こんな騒ぎになったんだ。すべてもとどおりにしないとな。忘却の魔女としての責務を果たさせてもらう。人も精霊もミーナのことは忘れるだろう。それでみんなもとどおりだ」
アマーリアは右手に持った杖を振るうとそれは視界を奪うほどに輝き、私は目を閉じる。
そして再び瞼を開けた時には空を覆っていた魔女の姿はなかった。今までのことがまるで夢のように。魔女には四大元素を操る以外にもその人だけが使える魔法があると聞いた。
忘却の魔女。はっと私は気がつきカフェ・ノードへ走る。
それだけはイヤだと思った。ひとりになるのは、ミーナさんがまたひとりになるのもイヤだった。
もう痛みは感じない。私は住宅街を駆け抜けるとすぐにカフェ・ノードにたどり着く。いつものようにシャッターの開く音がしてすぐに康夫さんが姿を現した。
「おう。どうした?迷子か?」
目を丸めて首をかたむける康夫さんの瞳は何も変わらない。そして奥から着物姿の八重子さんもまた姿を表す。
「あらやだ。めっちゃ可愛い子がおるやん!どないしたん?名前は?」
「これだから人も魔女も嫌いなの。群れると自分がまるで神だと言わんばかりに強いと勘違いしてしまう。こんなに弱いのにね」
ミーナさんは抱き寄せた私から手を離すと右手をまっすぐ残された三人へと向ける。空気の密度が上がったようで息苦しい。そして三人はあっけなく崩れ落ちる。ミーナさん?と私が見上げると大丈夫?とミーナさんは笑みを浮かべる。いつもと違うその瞳はどこか冷たい。
「眠っているだけだから。道端に置いておきましょう。そのうち誰かが見つけるでしょうし、それよりも琴音ちゃんの手当をしなきゃ」
はい。と私はうなずく。手元には粉々になった首飾りの破片がチクチクと手のひらを刺し、やっと私は痛みを感じることができた。血の味もまた口の中へと広がっている。
大丈夫?と私を覗き込むミーナさんの向こう側の空が、黒く染まるのを私は見た。
夜の帳が目の前に降りてくるように、だんだんと近づいてくる。そしてようやく私は箒に乗った人だと気がついた。二、三十人にも見えるその多くの魔女や魔法使いが空を覆っていた。
ミーナさんもそれに気がついたのかそれを向き直る。下がってと私の前にミーナさんは踏み出した。
その集団の中央から長い黒髪を一本にまとめた魔女が進み出る。その魔女は箒に乗ったままいびつな笑みを浮かべていた。その顔には見覚えがある。
アマーリア・・・とミーナがぽつりとその名を呼ぶ。アマーリアはいびつな笑みを崩さずにミーナさんを見下ろすと口を開いた。
「かつての偉大な魔女も堕ちたものだな。こんな可愛い、何も知らない人の子に魔法を使うなんて。いままでは多少お前が魔法を使おうとも、勝手に弟子を取ろうとも大目に見られていたのが不思議だよ。まぁお偉方はお前の機嫌を損ねて竜に仕返しされるとでも思っているのだろうが、それも今日で終わりだ」
「ミーナさんは私のために!」
そう進み出た私をミーナさんは手を伸ばして制する。ん?と今度はアマーリアが私へ視線を移した。
「なんだ。人の子か。魔女でもないのにミーナの弟子になったつもりの滑稽な魔女。気がつかなかったのか?その砕かれた首飾りがなければ君は精霊が見えない。でも他の魔女はそんな首飾りがなくても精霊が見えているだろう?竜の魔女に利用されていたとは思わなかったか?」
そんなことはない。と私はミーナさんをみる。ミーナさんはアマーリアから視線をそらさず何も言わなかった。アマーリアは続ける。
「最初から私はお前のことが気に入らなかったんだよ。どこから来たのかもわからない魔女、我々の敵である竜と手を組み、使役されるはずの精霊たちを助け、まるで同等のように隣を歩く。とんだ偽善者だな」
「いいえ。みんな私の大切なお友達です。琴音ちゃんもそう。利用しようなんて思ったことは一度もないわ」
ミーナさんはそうきっぱりというと、行きましょうと私の袖を握る。手を少しだけ震えていた。
「おいおい。また逃げるつもりか?なぜか抵抗もしなかった竜のように。この件に関してはきさまも隣の少女も我々と一緒に、来てもらわなければならない。魔女の資格を奪われているのにもかかわらず人に魔法を使った罪だな」
「琴音ちゃんは関係ないでしょう!」
「いいや関係がある。少なくともこの件に至ったのはそこの女が原因なのだからな。この子たちもかわいそうに。まぁ・・・他にも方法はあるがな」
アマーリアはいびつな笑みを広げながらそういった。ミーナさんは一度目を伏せ、心を決めたかのようにアマーリアをもう一度見上げた。
「やる気になったのだな。きさまに与えられる選択肢はそこの少女と我々に連行されるか、もしくは白い竜を討伐することだ。かつてはお前がかばった忌まわしい竜の討伐。杖は後で返してやる。きさまなら簡単だろう?これで精霊たちも呑気には暮らせない。魔法を扱える人の威厳を取り戻すことができる」
そっか・・・とミーナさんは私へと振り向き頭に手を当てる。温かなそれはどこか悲しそうな笑みと共に私をなでる。
「ごめんね。どうやら過去からは逃げられないみたい。大丈夫。すぐに戻ってくるからね」
言葉も出せずに首を横に振る私に片目を閉じて見せて、ミーナさんは宙に浮き、アマーリアたちへと向かう。すぐに十人くらいの箒に乗った魔女と魔法使いがミーナさんを取り囲んだ。
ミーナさんはまっすぐと姿勢を伸ばしたまま逃げないわよ。と不満そうに冷たい視線を魔女に向け、そのまま空を歩いて私の視界から消えていった。アマーリアは満足そうにそれを見届けると私を見下ろす。
「こんな騒ぎになったんだ。すべてもとどおりにしないとな。忘却の魔女としての責務を果たさせてもらう。人も精霊もミーナのことは忘れるだろう。それでみんなもとどおりだ」
アマーリアは右手に持った杖を振るうとそれは視界を奪うほどに輝き、私は目を閉じる。
そして再び瞼を開けた時には空を覆っていた魔女の姿はなかった。今までのことがまるで夢のように。魔女には四大元素を操る以外にもその人だけが使える魔法があると聞いた。
忘却の魔女。はっと私は気がつきカフェ・ノードへ走る。
それだけはイヤだと思った。ひとりになるのは、ミーナさんがまたひとりになるのもイヤだった。
もう痛みは感じない。私は住宅街を駆け抜けるとすぐにカフェ・ノードにたどり着く。いつものようにシャッターの開く音がしてすぐに康夫さんが姿を現した。
「おう。どうした?迷子か?」
目を丸めて首をかたむける康夫さんの瞳は何も変わらない。そして奥から着物姿の八重子さんもまた姿を表す。
「あらやだ。めっちゃ可愛い子がおるやん!どないしたん?名前は?」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

たずねびと それぞれの人生
ニ光 美徳
ライト文芸
父が参加したゲームのオフ会が発端で、隠し子を探すために失踪する母。大好きな彼氏の隠し事。
ある事件に関わる人たちの、それぞれの人生。
犯人は一体誰?
主人公の麻智は、最終的にどんな決断をするのかー?
少しだけミステリーの、現代ドラマな話。
1話あたり2,000〜3,000文字。

【完結】午前2時の訪問者
衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)
ライト文芸
「生身の肉体はないけど、魂はここにいる。ーーここにいるのはボクだよね」人形芸術家の所有するマネキンに入り、家族の元へ帰ってきた11歳の少年、翔〈ボクの想いは〉他。短編3本+番外編。 遺した側の強い想いと葛藤、遺された側の戸惑いや愛情が交錯する切ない物語。
幽霊や人形が出てきますがホラー要素はありません。昨今、痛ましい災害や事故事件が増え、死後にもしこんなことがあればな、と思い書いてみました。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します!
夕姫
ライト文芸
Vtuber事務所『Fmすたーらいぶ』の1期生として活動する、清楚担当Vtuber『姫宮ましろ』。そんな彼女にはある秘密がある。それは中の人が男ということ……。
そんな『姫宮ましろ』の中の人こと、主人公の神崎颯太は『Fmすたーらいぶ』のマネージャーである姉の神崎桃を助けるためにVtuberとして活動していた。
同じ事務所のライバーとはほとんど絡まない、連絡も必要最低限。そんな生活を2年続けていたある日。事務所の不手際で半年前にデビューした3期生のVtuber『双葉かのん』こと鈴町彩芽に正体が知られて……
この物語は正体を隠しながら『姫宮ましろ』として活動する主人公とガチで陰キャでコミュ障な後輩ちゃんのVtuberお仕事ラブコメディ
※2人の恋愛模様は中学生並みにゆっくりです。温かく見守ってください
※配信パートは在籍ライバーが織り成す感動あり、涙あり、笑いありw箱推しリスナーの気分で読んでください
AIイラストで作ったFA(ファンアート)
⬇️
https://www.alphapolis.co.jp/novel/187178688/738771100
も不定期更新中。こちらも応援よろしくです

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
遠距離になって振られた俺ですが、年上美女に迫られて困っています。
雨音恵
ライト文芸
これは年下の少年が年上女性に食われる恋物語。
高校一年の夏。念願叶って東京にある野球の名門高校に入学した今宮晴斗(いまみやはると)。
地元を離れるのは寂しかったが一年生でレギュラー入りを果たし順風満帆な高校生活を送っていた。
そんなある日、中学の頃から付き合っていた彼女に振られてしまう。
ショックのあまり時間を忘れて呆然とベランダに立ち尽くしていると隣に住んでいる美人な女子大学生に声をかけられた。
「何をそんなに落ち込んでいるのかな?嫌なことでもあった?お姉さんに話してみない?」
「君みたいないい子を振るなんて、その子は見る目がないんだよ。私なら絶対に捕まえて離さないね」
お世辞でも美人な女性に褒められたら悪い気はしないし元気になった。
しかしその時、晴斗は気付かなかった。
その女性、飯島早紀の目が獲物を見つけた肉食獣のようになっていたことを。
それからというのも、晴斗は何かと早紀に世話を焼かれる。それだけでなく野球部マネージャーや高校の先輩のお姉さま方も迫ってくる。
純朴な少年、今宮晴斗を賭けたお姉さま方のハンティングが始まる!
表紙イラスト:くまちゅき先生
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる