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第四章 彷徨うウンディーネとシルフのガレット
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まじめな視線を私へと向けるミアスの言葉に私は胸がきゅっとなる。自分でも嫌というほどわかっている。
いつからなのか、正直今はもうわからない。
私の心に学校での景色がよみがえる。誰かと同じでなければならない場所。誰かが自分を見つめる視線とその評価。そして一定数の差別。社会の縮図と言われるそこには、縮図と言われるだけの濃縮された見たくもない社会がある。
たかが社会の縮図で潰されてしまう弱い異端者へ手を伸ばせば、それは社会自体の否定となって敵とみなされる。
人は敵とみなしたものに対しては嬉々として正義を振るう。
普段なら絶対に選択しない恐ろしいことすらも、正義という名を持てば容易に行うことができる。切り刻まれた教科書や口にも出したくない言葉が刻まれた机、集団の仲の孤独、それが次々と心の中に浮かび上がってきて私は呼吸が苦しくなる。
カフェ・ノードで働いていてもずっとそうだった。自分は誰からも傷付けられないように生きている。ここでもそんな気持ちになるのは嫌だと思った。心からそう思った。
「お姉ちゃん?」
私がうつむき胸をぎゅっと握っていると、桜花が心配そうな表情で私を見上げていた。大丈夫だよ。と答えつつもいつまで経っても変わってくれない自分の心に私は嫌気が差した。
その時カフェを横切るふたりの女性が見えた。スーツ姿に身を包み何かケラケラと笑い合っている。
ふたりはどこかお店の中から浮いていて話し声がひどく大きく、耳につく。それは私だけではないみたいで他の客もそのスーツに身を包んだ大人を遠目で視線を向けていた。
食事を終えたのかテーブルの上には乱雑に置かれた食器と半分くらい残されたガレット、それを見て私は嫌だと思った。私にとってキレイに仕立てられた素敵な食事の意味は、ミーナさんのもとで働き始めてずっと強い意味を持っている。
ふたりはお店から出ようとしてたのか中央のテーブルに座る私たちを横切ろうとする。早くいなくなってしまってほしいと柄にもなく私はそんなことを考えていた。
その時、片方の女性が桜花の座る椅子に足が当たり、桜花の体が揺れる。それだけならよかったのだけど、その女性は避けることなくそのまま足を振り抜いた。ガタン!と音がして、ただえさえ軽い桜花の座る椅子がかたむき、私の顔を覗き込んでいたばかりに、重心の偏っていた桜花はそのまま倒れた。
店の中に静寂が支配した。床に倒れた桜花を私は抱きとめる。桜花は訳もわからないといった表情で瞳を歪めている。
嫌だ。私は桜花の座る椅子を蹴飛ばした女性を睨みつける。女性は確かに桜花と私を見た。見たはずなのに路傍へ転がる石を蹴飛ばしたくらいの気持ちなのだろうか、迷惑そうに眉をひそめてそのまま歩き去ろうとしている。
私は思い出す。かつて教室で私の前に、いじめられていたメガネとおさげのクラスメートのことを。その子に手を伸ばした結果、私に与えられたのは偽善者という罵倒の言葉だった。
正しいことをしたのに、思っているのに否定される傷はまだ癒えていない。だからといって目の前にいる小さな優しい女の子までmそんなことを感じることは許されない。私はぎゅっと胸を握る。
胸の奥にある母からもらったディアーナの首飾り。見えない世界を見えるようにしてくれて、私に変わるきっかけを与えてくれた首飾り。
「ちょっと待ってください!」
私は立ち上がりそのふたりをしっかりと見る。目をそらしてはダメだと思った。胸の鼓動は早鐘のように頬は熱く、それに反して頭の中はとても冷え切っている。
ふたりは足を止めてゆっくりと私を見た。面倒くさそうに舌打ちをした。
「なに?その子が勝手にこけただけでしょう?」
冷たい言葉だと思った。椅子を蹴飛ばした張本人の女性が悪びれることもなくそういって、隣の女性はだよねー。とクスクスと見下したように笑っている。
「謝ってください」
私はだんだんと自分を見下しているその表情と対峙しながら、呼吸が苦しくなるのを感じる。だけど負けてはいけないと思った。それは学校にいけなくなった時と同じだったから。
変わりたかったから。スーツ姿のふたりは互いに視線を合わせて笑い出した。
「なになに?そっちこそ私らに謝んなさいよ。そんないい男と昼間っから見せつけてさ。しかも子供連れってなに?ふざけてんの?」
「そうそう。ガキのくせにこんな店に来てさ。しかもこんな平日の昼間に学校はどうしたの?どうせいってないんでしょ?本当に社会のクズじゃん」
ねぇとふたりは笑いあっている。そんな言葉を吐いておきながら、なぜこんなにふたりは楽しそうなのかが不思議だった。
自分たちのことを正しいと思っているんだ。正しいと信じているからこそ何をしても許されると思っている。
あぁ負けそうだと思った。スーツ姿のふたりが自分を見下していることではない。
自分の弱さに負けそうだった。
「さぁ私たちはちゃんと社会人として仕事してんの。さっさと帰られてくんない?学校に連絡してやるから。あっ学校にもいけてないんだよね。なら警察か」
「そうそう。証拠も残しておかなきゃね」
そういって片方の女は端末を取り出し、そのカメラを自分に向けている。もしこのまま大事になったらきっとみんなに迷惑をかける。そう思うと言葉が出てこない。
「謝ってよ。ねえ自分が悪かったって謝りなさいよ」
いつからなのか、正直今はもうわからない。
私の心に学校での景色がよみがえる。誰かと同じでなければならない場所。誰かが自分を見つめる視線とその評価。そして一定数の差別。社会の縮図と言われるそこには、縮図と言われるだけの濃縮された見たくもない社会がある。
たかが社会の縮図で潰されてしまう弱い異端者へ手を伸ばせば、それは社会自体の否定となって敵とみなされる。
人は敵とみなしたものに対しては嬉々として正義を振るう。
普段なら絶対に選択しない恐ろしいことすらも、正義という名を持てば容易に行うことができる。切り刻まれた教科書や口にも出したくない言葉が刻まれた机、集団の仲の孤独、それが次々と心の中に浮かび上がってきて私は呼吸が苦しくなる。
カフェ・ノードで働いていてもずっとそうだった。自分は誰からも傷付けられないように生きている。ここでもそんな気持ちになるのは嫌だと思った。心からそう思った。
「お姉ちゃん?」
私がうつむき胸をぎゅっと握っていると、桜花が心配そうな表情で私を見上げていた。大丈夫だよ。と答えつつもいつまで経っても変わってくれない自分の心に私は嫌気が差した。
その時カフェを横切るふたりの女性が見えた。スーツ姿に身を包み何かケラケラと笑い合っている。
ふたりはどこかお店の中から浮いていて話し声がひどく大きく、耳につく。それは私だけではないみたいで他の客もそのスーツに身を包んだ大人を遠目で視線を向けていた。
食事を終えたのかテーブルの上には乱雑に置かれた食器と半分くらい残されたガレット、それを見て私は嫌だと思った。私にとってキレイに仕立てられた素敵な食事の意味は、ミーナさんのもとで働き始めてずっと強い意味を持っている。
ふたりはお店から出ようとしてたのか中央のテーブルに座る私たちを横切ろうとする。早くいなくなってしまってほしいと柄にもなく私はそんなことを考えていた。
その時、片方の女性が桜花の座る椅子に足が当たり、桜花の体が揺れる。それだけならよかったのだけど、その女性は避けることなくそのまま足を振り抜いた。ガタン!と音がして、ただえさえ軽い桜花の座る椅子がかたむき、私の顔を覗き込んでいたばかりに、重心の偏っていた桜花はそのまま倒れた。
店の中に静寂が支配した。床に倒れた桜花を私は抱きとめる。桜花は訳もわからないといった表情で瞳を歪めている。
嫌だ。私は桜花の座る椅子を蹴飛ばした女性を睨みつける。女性は確かに桜花と私を見た。見たはずなのに路傍へ転がる石を蹴飛ばしたくらいの気持ちなのだろうか、迷惑そうに眉をひそめてそのまま歩き去ろうとしている。
私は思い出す。かつて教室で私の前に、いじめられていたメガネとおさげのクラスメートのことを。その子に手を伸ばした結果、私に与えられたのは偽善者という罵倒の言葉だった。
正しいことをしたのに、思っているのに否定される傷はまだ癒えていない。だからといって目の前にいる小さな優しい女の子までmそんなことを感じることは許されない。私はぎゅっと胸を握る。
胸の奥にある母からもらったディアーナの首飾り。見えない世界を見えるようにしてくれて、私に変わるきっかけを与えてくれた首飾り。
「ちょっと待ってください!」
私は立ち上がりそのふたりをしっかりと見る。目をそらしてはダメだと思った。胸の鼓動は早鐘のように頬は熱く、それに反して頭の中はとても冷え切っている。
ふたりは足を止めてゆっくりと私を見た。面倒くさそうに舌打ちをした。
「なに?その子が勝手にこけただけでしょう?」
冷たい言葉だと思った。椅子を蹴飛ばした張本人の女性が悪びれることもなくそういって、隣の女性はだよねー。とクスクスと見下したように笑っている。
「謝ってください」
私はだんだんと自分を見下しているその表情と対峙しながら、呼吸が苦しくなるのを感じる。だけど負けてはいけないと思った。それは学校にいけなくなった時と同じだったから。
変わりたかったから。スーツ姿のふたりは互いに視線を合わせて笑い出した。
「なになに?そっちこそ私らに謝んなさいよ。そんないい男と昼間っから見せつけてさ。しかも子供連れってなに?ふざけてんの?」
「そうそう。ガキのくせにこんな店に来てさ。しかもこんな平日の昼間に学校はどうしたの?どうせいってないんでしょ?本当に社会のクズじゃん」
ねぇとふたりは笑いあっている。そんな言葉を吐いておきながら、なぜこんなにふたりは楽しそうなのかが不思議だった。
自分たちのことを正しいと思っているんだ。正しいと信じているからこそ何をしても許されると思っている。
あぁ負けそうだと思った。スーツ姿のふたりが自分を見下していることではない。
自分の弱さに負けそうだった。
「さぁ私たちはちゃんと社会人として仕事してんの。さっさと帰られてくんない?学校に連絡してやるから。あっ学校にもいけてないんだよね。なら警察か」
「そうそう。証拠も残しておかなきゃね」
そういって片方の女は端末を取り出し、そのカメラを自分に向けている。もしこのまま大事になったらきっとみんなに迷惑をかける。そう思うと言葉が出てこない。
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