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第三章 サラマンダー恋慕に花束を
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ミーナさんはウイスキーの注がれたビールグラスにビールサーバーから注ぐと、アールさんに手渡す。それを一気に飲み干すとアールさんはようやく肩の力を抜いた。
「これはなぁ。かつてはアメリカの技師さんが発明されたとされる手っ取り早く酔えるカクテルでなぁ。俺たち労働者のお酒だよ」
語り始めたアールさんの言葉にうんうん。と私は頬を両手にあずけて耳をかたむける。
「アールさんは、普段は違う姿なのですか?」
こんなに目立つ格好をしていて街中で今まで見かけたことがないのも不思議だったし、だからといって特別な変身をするようすもないから余計に不思議だった。もしこのままの姿で街中をアールさんが闊歩していたら大騒ぎだろうし、これもまた魔法の力なのだろうかと私は考えていた。
うーん。とアールさんは腕を組んだまま首をかしげる。
「そうだなぁ。何から話そうかな?琴音ちゃんは四大元素って知ってる?」
「はい。昨日お話を聞きまして、この世を構成する元素ですよね?いろんなお話でも有名な」
「そうそう。その中で火の元素を象徴する精霊がサラマンダーで俺ってことだな。といっても俺みたいなやつは世界にたくさんいる。厳密に言えば大いなる概念であるサラマンダーから分化した姿ってことかな?」
「人で言う所の神様が自分の身姿に似せて人を創ったような・・・?」
「おぉ。賢いじゃないか。まぁそれに似たようなもんだよ。ただ俺たちは創られた訳じゃなくて、もしかしたらそうかもしれないが、ともかく気がついたらこの時代に産まれているんだよ。たくさんのお仲間がいるサラマンダーの産まれる場所で。そこから自分に名前を付ける。俺のアールガッドって名前は日本で言う所の銀って意味なんだよ。悪しきものを断ち、いくらでも形を変えることのできるそれを自分の名前にしたんだ」
「そうなんですね。素敵な名前だと思いました」
「おうよ。ありがとうな。そんでサラマンダーの産まれる場所から世界に旅立つ。そこで生きるやつもたくさんいるけどな、今では人が世界を覆っているからそこで生活するのが主流だ。だから俺も旅に出た。そうしてここに流れ着いたって訳だ」
「普通の人にアールさんは見えないんですか?」
「俺の姿は普通の人にはちゃんと見えるよ。でもそれは自分たちと同じ人の姿としてだけどな。知らずに信じられない事柄を人は認知しない。頭の中がそう処理をするから仕方がないと聞いたことはあるけどな、本当に不思議なことだけど。でも琴音ちゃんみたいに俺たちの姿が見える人はいる。まだ魔女ではなくともね。だからこそ神話ってものが産まれるんだろうな」
そうなんだ。と私はアールさんの言葉をゆっくりと心の中で繰り返す。それはきっと猫の集会でタールーたちに出会わなければ私も知らなかったことだろう。
でもなぜ、私は最初からタールーが見えたのだろうか?うーん。と首をひねっても答えが出るはずはない。
まだ私は本当の魔女ではないのだから。
「じゃぁ。京都にもアールさんみたいな方がたくさんいるんですね!」
「うんにゃ。そんなに多くない」
ちょっとだけ目尻を和らげたアールさんはもう一度ボイラーメイカーを頼み、はーいとミーナさんが返事をした。
「俺たちの多くは北欧に辺りに住んでいるな。産まれ育った場所から遠くにいけるやつなんてあんまりいない。ほら琴音ちゃんも京都に住む外国で生まれ育った人はたまに見かけるだろう?それくらいの割合だよ。日本魔法保安局に登録しておけば生活できる。戸籍もまぁ用意される。そうやって俺らの文化もまた時代によって変わっていったんだなぁ。まぁ体がでかすぎるやつは、自分のサイズを変えられる魔法を使えるらしいが、俺には必要ないからそのままだ」
はっは。とだんだんと酔っ払ってきたアールさんは天井を見上げて笑い声を上げた。なるほどうまいことできている。私の心が今まで知らなかった世界を受け入れていく。
思えばミーナさんたちに出会った時からそうだった。もし暗い山道なんかで出会っていたのならきっと私は恐怖のあまりに逃げ出していただろうと思う。でもこんな暖かなカフェで出会ったしまったから、魔女だと知ったから、きっとすんなり受け入れているのだろう。
ほうほう。と考えをまとめていると厨房からは何かを刻む音、そして温められたフライパンで水分の蒸発する音がする。コトコト音を立てる底の深いフライパンからトマトとバジルの香りが立ち昇った。その香りが小さなお店の中を支配していき、次第にアールさんも私もその香りに鼻を鳴らす。
いい匂いだなぁとその香りを楽しんでいるとその音は止み、ほどなくしてアールさんの前に料理が運ばれ、私の前にも同じ料理が運ばれた。ミーナさん腰に手を当て体を揺らす。
「『サラマンダーのペンネアラビアータ』でございます。琴音ちゃんには辛すぎるからちょっと手を加えてみました。あっこれはまかないというやつだから気にせず食べてね」
ありがとうございます。と私はその料理へと視線を落とす。トマトと唐辛子が違う赤さでコントラストを作りながら太めの筒状をした、短いペンネを染めている。添えられたフレッシュバジルがどこか爽やかな香りでそれを包み、ピンク色の小玉、前に康夫さんがピンクペッパーと言っていたそれが点々と白いお皿を彩っている。
ちょっと辛そうだけどそのアラビアータは見ているだけでお腹が鳴った。
「これはなぁ。かつてはアメリカの技師さんが発明されたとされる手っ取り早く酔えるカクテルでなぁ。俺たち労働者のお酒だよ」
語り始めたアールさんの言葉にうんうん。と私は頬を両手にあずけて耳をかたむける。
「アールさんは、普段は違う姿なのですか?」
こんなに目立つ格好をしていて街中で今まで見かけたことがないのも不思議だったし、だからといって特別な変身をするようすもないから余計に不思議だった。もしこのままの姿で街中をアールさんが闊歩していたら大騒ぎだろうし、これもまた魔法の力なのだろうかと私は考えていた。
うーん。とアールさんは腕を組んだまま首をかしげる。
「そうだなぁ。何から話そうかな?琴音ちゃんは四大元素って知ってる?」
「はい。昨日お話を聞きまして、この世を構成する元素ですよね?いろんなお話でも有名な」
「そうそう。その中で火の元素を象徴する精霊がサラマンダーで俺ってことだな。といっても俺みたいなやつは世界にたくさんいる。厳密に言えば大いなる概念であるサラマンダーから分化した姿ってことかな?」
「人で言う所の神様が自分の身姿に似せて人を創ったような・・・?」
「おぉ。賢いじゃないか。まぁそれに似たようなもんだよ。ただ俺たちは創られた訳じゃなくて、もしかしたらそうかもしれないが、ともかく気がついたらこの時代に産まれているんだよ。たくさんのお仲間がいるサラマンダーの産まれる場所で。そこから自分に名前を付ける。俺のアールガッドって名前は日本で言う所の銀って意味なんだよ。悪しきものを断ち、いくらでも形を変えることのできるそれを自分の名前にしたんだ」
「そうなんですね。素敵な名前だと思いました」
「おうよ。ありがとうな。そんでサラマンダーの産まれる場所から世界に旅立つ。そこで生きるやつもたくさんいるけどな、今では人が世界を覆っているからそこで生活するのが主流だ。だから俺も旅に出た。そうしてここに流れ着いたって訳だ」
「普通の人にアールさんは見えないんですか?」
「俺の姿は普通の人にはちゃんと見えるよ。でもそれは自分たちと同じ人の姿としてだけどな。知らずに信じられない事柄を人は認知しない。頭の中がそう処理をするから仕方がないと聞いたことはあるけどな、本当に不思議なことだけど。でも琴音ちゃんみたいに俺たちの姿が見える人はいる。まだ魔女ではなくともね。だからこそ神話ってものが産まれるんだろうな」
そうなんだ。と私はアールさんの言葉をゆっくりと心の中で繰り返す。それはきっと猫の集会でタールーたちに出会わなければ私も知らなかったことだろう。
でもなぜ、私は最初からタールーが見えたのだろうか?うーん。と首をひねっても答えが出るはずはない。
まだ私は本当の魔女ではないのだから。
「じゃぁ。京都にもアールさんみたいな方がたくさんいるんですね!」
「うんにゃ。そんなに多くない」
ちょっとだけ目尻を和らげたアールさんはもう一度ボイラーメイカーを頼み、はーいとミーナさんが返事をした。
「俺たちの多くは北欧に辺りに住んでいるな。産まれ育った場所から遠くにいけるやつなんてあんまりいない。ほら琴音ちゃんも京都に住む外国で生まれ育った人はたまに見かけるだろう?それくらいの割合だよ。日本魔法保安局に登録しておけば生活できる。戸籍もまぁ用意される。そうやって俺らの文化もまた時代によって変わっていったんだなぁ。まぁ体がでかすぎるやつは、自分のサイズを変えられる魔法を使えるらしいが、俺には必要ないからそのままだ」
はっは。とだんだんと酔っ払ってきたアールさんは天井を見上げて笑い声を上げた。なるほどうまいことできている。私の心が今まで知らなかった世界を受け入れていく。
思えばミーナさんたちに出会った時からそうだった。もし暗い山道なんかで出会っていたのならきっと私は恐怖のあまりに逃げ出していただろうと思う。でもこんな暖かなカフェで出会ったしまったから、魔女だと知ったから、きっとすんなり受け入れているのだろう。
ほうほう。と考えをまとめていると厨房からは何かを刻む音、そして温められたフライパンで水分の蒸発する音がする。コトコト音を立てる底の深いフライパンからトマトとバジルの香りが立ち昇った。その香りが小さなお店の中を支配していき、次第にアールさんも私もその香りに鼻を鳴らす。
いい匂いだなぁとその香りを楽しんでいるとその音は止み、ほどなくしてアールさんの前に料理が運ばれ、私の前にも同じ料理が運ばれた。ミーナさん腰に手を当て体を揺らす。
「『サラマンダーのペンネアラビアータ』でございます。琴音ちゃんには辛すぎるからちょっと手を加えてみました。あっこれはまかないというやつだから気にせず食べてね」
ありがとうございます。と私はその料理へと視線を落とす。トマトと唐辛子が違う赤さでコントラストを作りながら太めの筒状をした、短いペンネを染めている。添えられたフレッシュバジルがどこか爽やかな香りでそれを包み、ピンク色の小玉、前に康夫さんがピンクペッパーと言っていたそれが点々と白いお皿を彩っている。
ちょっと辛そうだけどそのアラビアータは見ているだけでお腹が鳴った。
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