【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

文字の大きさ
上 下
44 / 44
最終章 出刃包丁と蛇の目傘

-8-

しおりを挟む
 ぼぅっと眺める土間には千鳥の姿はなく、私は左手を掲げて眺めてみた。肘から先はもうなく、ヤハズによって縫われた傷口はさすがというべきかカサブタすらも消えている。

 それもそのはずだ。戦いからすでに三か月が経ち、冬景色はまだだとしてもあたりはすっかりと寒い。街並みも冬支度を始める人で溢れていた。

 戦いで砕かれが道はすでに補修が住んでいる。次の日こそ騒ぎになっていた今では噂話すら流れない。失った左手の感覚だけがまだ残っている。

 人の想いは不思議だと思う。それに物が抱く想いもそうだ。

 複雑怪奇ふくざつかいき一筋縄ひとすじなわにはいかない。想いは確かな軌跡を作りながら未来となる。思い出という過去になるのだ。

 だからと言って想いは変わらない。根本的な部分は変わらずに緩やかに変化していく。変質していくといってもいい。たったひとりで抱え込む想いほどひどく歪んでいく。千鳥にしかり、ヤハズも同じだ。そして私もまた同様に。

 ただ悪いことばかりではない。互いに殺しあったとしても互いに想いをぶつけることで、また新たな想いが形成される。堂々巡りで何も変わらずとも、未来が少しずつ変わっていく。よき未来にするのか、それとも悪い未来にするのかは私たち次第だ。

 脳髄を満たしていた暗雲が晴れている。心はどこか自由であった。

 だからこそ、定まらず諦めにも似た姫の想いを知って、私は哀れな人形と人形作家の末路に付き合うことにしたのだ。歪な想いが絡まり進む先は、せめてよい未来であることを祈りながら。人を守るために物である自分を傷つけながら想いの輪廻に沈む付喪を払うのだ。ヤハズと姫の想いを利用して。想いを未来に紡ぐのだ。

 カタリと締め切った戸が鳴る。わずかに開いた戸から、六つの瞳が覗き込んでいた。

「・・・やっぱりまだ寝ている。働きもせずに」

「翁は大怪我をしたんだから。でも元気そうだ。怠け者だ」

「そんなこと言わないの! でも寂しそうだね」

 私は紫煙をため息と一緒に吐き出した。立ち上がり土間へと降りる。私が戸を開こうと手を伸ばすとガラガラと音を立てて開き戸が開かれた。

 健次郎けんじろう翔太しょうた、そして麻子が立っている。麻子はまだ痩せてはいる物の血色はよく回復しているようだった。まだ痛みに顔を歪めていた私よりもずっと早く麻子は回復し、何度も姫とヤハズが家に来てくれたと語った。おかげで元気になったと言っていた。

「翁さん。もう元気になったの? 」

 麻子は首をかたむけ笑みを作る。私は一度首を振り、あぁ。そうだよと答える。

「それで今日はどうしたんだ? そろいも揃って。飯ならないぞ」

 それがね。と麻子はへへ。と笑いを含んだ。私が眉間にシワを寄せると横並びになった子供たちが左右に別れる。そして燕尾服えんびふくの男が目に入った。隣で綺麗に洋装で着飾った少女もいる。

「ふん。まだ惰眠だみんむさぼっているのか。呆れたな」

「八代! 怪我の具合はどうじゃ?」

 夜桐よるきりヤハズはため息まじりに言って、姫は瞳を歪ませそう言った。

「子供たちを引き連れてどうしたんだ?」

 私は膝を折って姫に視線を合わせる。赤黒い瞳が私を見つめ返す。

「麻子たちにも妾と同じように着飾ってもらおうと思ってな。それも約束しただろう? 生きると約束ばかりが増えて言って不便だな」

 どうりでヤハズが不機嫌なわけだと私は笑う。見るとヤハズの隣には大きな旅行鞄が置かれていた。麻子が歓声を上げて、将太と健次郎は顔を見合わせ笑った。

「そりゃそうだ。その分受け取るべき想いも増えて行く。厄介だな」

 うむ。と姫は満足そうに大きくうなずいた。開かれた戸からは冷気が流れる。

 季節は巡り少しずつ変化していく。たとえ私の生が終わっても私の想いが誰かにつながるのだろうか。歓声を上げながらまとわりつく子供をにらみつけながら、ヤハズは旅行鞄を持ち上げる。姫もまた古道具屋となった私の店へと入っていく。

 戸を閉めようと空を見た。空は厚い雲に覆われて、昼だというのに少しくらい。風に舞って細雪を頬に感じた。傘は要らぬがまだ冷える。

 まだまだ想いを紡ぐ物語は終わらない。季節の変わり目が私にそう伝えていた。

『古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~  了』
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

魔王

覧都
ファンタジー
勇者は、もう一人の勇者と、教団の策略により人間の世界では不遇だった。 不遇の勇者は、人生のリセットすることを選び、魔王となる。 魔王になったあとは、静かに家族と暮らします。 静かに暮らす魔王に、再び教団の魔の手が伸びます。 家族として暮らしていた娘を、教団に拉致されたのです。 魔王はその救出を決意し……。

婚約破棄をされ、処刑された悪役令嬢が召喚獣として帰ってきた

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
中央から黒い煙が渦を巻くように上がるとその中からそれは美しい女性が現れた ざわざわと周囲にざわめきが上がる ストレートの黒髪に赤い目、耳の上には羊の角のようなまがった黒い角が生えていた、グラマラスな躯体は、それは色気が凄まじかった、背に大きな槍を担いでいた 「あー思い出した、悪役令嬢にそっくりなんだ」 *************** 誤字修正しました

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...