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最終章 出刃包丁と蛇の目傘
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ぼぅっと眺める土間には千鳥の姿はなく、私は左手を掲げて眺めてみた。肘から先はもうなく、ヤハズによって縫われた傷口はさすがというべきかカサブタすらも消えている。
それもそのはずだ。戦いからすでに三か月が経ち、冬景色はまだだとしてもあたりはすっかりと寒い。街並みも冬支度を始める人で溢れていた。
戦いで砕かれが道はすでに補修が住んでいる。次の日こそ騒ぎになっていた今では噂話すら流れない。失った左手の感覚だけがまだ残っている。
人の想いは不思議だと思う。それに物が抱く想いもそうだ。
複雑怪奇で一筋縄にはいかない。想いは確かな軌跡を作りながら未来となる。思い出という過去になるのだ。
だからと言って想いは変わらない。根本的な部分は変わらずに緩やかに変化していく。変質していくといってもいい。たったひとりで抱え込む想いほどひどく歪んでいく。千鳥にしかり、ヤハズも同じだ。そして私もまた同様に。
ただ悪いことばかりではない。互いに殺しあったとしても互いに想いをぶつけることで、また新たな想いが形成される。堂々巡りで何も変わらずとも、未来が少しずつ変わっていく。よき未来にするのか、それとも悪い未来にするのかは私たち次第だ。
脳髄を満たしていた暗雲が晴れている。心はどこか自由であった。
だからこそ、定まらず諦めにも似た姫の想いを知って、私は哀れな人形と人形作家の末路に付き合うことにしたのだ。歪な想いが絡まり進む先は、せめてよい未来であることを祈りながら。人を守るために物である自分を傷つけながら想いの輪廻に沈む付喪を払うのだ。ヤハズと姫の想いを利用して。想いを未来に紡ぐのだ。
カタリと締め切った戸が鳴る。わずかに開いた戸から、六つの瞳が覗き込んでいた。
「・・・やっぱりまだ寝ている。働きもせずに」
「翁は大怪我をしたんだから。でも元気そうだ。怠け者だ」
「そんなこと言わないの! でも寂しそうだね」
私は紫煙をため息と一緒に吐き出した。立ち上がり土間へと降りる。私が戸を開こうと手を伸ばすとガラガラと音を立てて開き戸が開かれた。
健次郎に翔太、そして麻子が立っている。麻子はまだ痩せてはいる物の血色はよく回復しているようだった。まだ痛みに顔を歪めていた私よりもずっと早く麻子は回復し、何度も姫とヤハズが家に来てくれたと語った。おかげで元気になったと言っていた。
「翁さん。もう元気になったの? 」
麻子は首をかたむけ笑みを作る。私は一度首を振り、あぁ。そうだよと答える。
「それで今日はどうしたんだ? 揃いも揃って。飯ならないぞ」
それがね。と麻子はへへ。と笑いを含んだ。私が眉間にシワを寄せると横並びになった子供たちが左右に別れる。そして燕尾服の男が目に入った。隣で綺麗に洋装で着飾った少女もいる。
「ふん。まだ惰眠を貪っているのか。呆れたな」
「八代! 怪我の具合はどうじゃ?」
夜桐ヤハズはため息まじりに言って、姫は瞳を歪ませそう言った。
「子供たちを引き連れてどうしたんだ?」
私は膝を折って姫に視線を合わせる。赤黒い瞳が私を見つめ返す。
「麻子たちにも妾と同じように着飾ってもらおうと思ってな。それも約束しただろう? 生きると約束ばかりが増えて言って不便だな」
どうりでヤハズが不機嫌なわけだと私は笑う。見るとヤハズの隣には大きな旅行鞄が置かれていた。麻子が歓声を上げて、将太と健次郎は顔を見合わせ笑った。
「そりゃそうだ。その分受け取るべき想いも増えて行く。厄介だな」
うむ。と姫は満足そうに大きくうなずいた。開かれた戸からは冷気が流れる。
季節は巡り少しずつ変化していく。たとえ私の生が終わっても私の想いが誰かにつながるのだろうか。歓声を上げながらまとわりつく子供を睨みつけながら、ヤハズは旅行鞄を持ち上げる。姫もまた古道具屋となった私の店へと入っていく。
戸を閉めようと空を見た。空は厚い雲に覆われて、昼だというのに少しくらい。風に舞って細雪を頬に感じた。傘は要らぬがまだ冷える。
まだまだ想いを紡ぐ物語は終わらない。季節の変わり目が私にそう伝えていた。
『古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~ 了』
それもそのはずだ。戦いからすでに三か月が経ち、冬景色はまだだとしてもあたりはすっかりと寒い。街並みも冬支度を始める人で溢れていた。
戦いで砕かれが道はすでに補修が住んでいる。次の日こそ騒ぎになっていた今では噂話すら流れない。失った左手の感覚だけがまだ残っている。
人の想いは不思議だと思う。それに物が抱く想いもそうだ。
複雑怪奇で一筋縄にはいかない。想いは確かな軌跡を作りながら未来となる。思い出という過去になるのだ。
だからと言って想いは変わらない。根本的な部分は変わらずに緩やかに変化していく。変質していくといってもいい。たったひとりで抱え込む想いほどひどく歪んでいく。千鳥にしかり、ヤハズも同じだ。そして私もまた同様に。
ただ悪いことばかりではない。互いに殺しあったとしても互いに想いをぶつけることで、また新たな想いが形成される。堂々巡りで何も変わらずとも、未来が少しずつ変わっていく。よき未来にするのか、それとも悪い未来にするのかは私たち次第だ。
脳髄を満たしていた暗雲が晴れている。心はどこか自由であった。
だからこそ、定まらず諦めにも似た姫の想いを知って、私は哀れな人形と人形作家の末路に付き合うことにしたのだ。歪な想いが絡まり進む先は、せめてよい未来であることを祈りながら。人を守るために物である自分を傷つけながら想いの輪廻に沈む付喪を払うのだ。ヤハズと姫の想いを利用して。想いを未来に紡ぐのだ。
カタリと締め切った戸が鳴る。わずかに開いた戸から、六つの瞳が覗き込んでいた。
「・・・やっぱりまだ寝ている。働きもせずに」
「翁は大怪我をしたんだから。でも元気そうだ。怠け者だ」
「そんなこと言わないの! でも寂しそうだね」
私は紫煙をため息と一緒に吐き出した。立ち上がり土間へと降りる。私が戸を開こうと手を伸ばすとガラガラと音を立てて開き戸が開かれた。
健次郎に翔太、そして麻子が立っている。麻子はまだ痩せてはいる物の血色はよく回復しているようだった。まだ痛みに顔を歪めていた私よりもずっと早く麻子は回復し、何度も姫とヤハズが家に来てくれたと語った。おかげで元気になったと言っていた。
「翁さん。もう元気になったの? 」
麻子は首をかたむけ笑みを作る。私は一度首を振り、あぁ。そうだよと答える。
「それで今日はどうしたんだ? 揃いも揃って。飯ならないぞ」
それがね。と麻子はへへ。と笑いを含んだ。私が眉間にシワを寄せると横並びになった子供たちが左右に別れる。そして燕尾服の男が目に入った。隣で綺麗に洋装で着飾った少女もいる。
「ふん。まだ惰眠を貪っているのか。呆れたな」
「八代! 怪我の具合はどうじゃ?」
夜桐ヤハズはため息まじりに言って、姫は瞳を歪ませそう言った。
「子供たちを引き連れてどうしたんだ?」
私は膝を折って姫に視線を合わせる。赤黒い瞳が私を見つめ返す。
「麻子たちにも妾と同じように着飾ってもらおうと思ってな。それも約束しただろう? 生きると約束ばかりが増えて言って不便だな」
どうりでヤハズが不機嫌なわけだと私は笑う。見るとヤハズの隣には大きな旅行鞄が置かれていた。麻子が歓声を上げて、将太と健次郎は顔を見合わせ笑った。
「そりゃそうだ。その分受け取るべき想いも増えて行く。厄介だな」
うむ。と姫は満足そうに大きくうなずいた。開かれた戸からは冷気が流れる。
季節は巡り少しずつ変化していく。たとえ私の生が終わっても私の想いが誰かにつながるのだろうか。歓声を上げながらまとわりつく子供を睨みつけながら、ヤハズは旅行鞄を持ち上げる。姫もまた古道具屋となった私の店へと入っていく。
戸を閉めようと空を見た。空は厚い雲に覆われて、昼だというのに少しくらい。風に舞って細雪を頬に感じた。傘は要らぬがまだ冷える。
まだまだ想いを紡ぐ物語は終わらない。季節の変わり目が私にそう伝えていた。
『古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~ 了』
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