【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

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最終章 出刃包丁と蛇の目傘

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 そうか。と私は静かに引き金を引く。爆ぜる想いを乗せた銃弾は姫の体を砕くだろう。人の依り代となった姫は砕かれ、姫に魂を与えられたヤハズも力を失うだろう。姫の影に呑まれた千鳥と彦助もまた消えるのだろう。それですべては終わりだ。

 しかし銃口からは何も放たれず、代わりに撃鉄げきてつが崩れていった。重心もまたボロボロと地面に落ちて消えていく。

 もともとそういう拳銃だもんな。今まで無理をさせたと、下ろした右手の下に転がる拳銃を見た。

 もう無理はするなと言われたような気がした。

 自分の想いに無理してとらわれないでよいとも言われた気もした。

 思うままに生きていいと、心のままに決心なんて何度も変えていいのだと。

 武器がなくなり姫を見ると、ただの少女に見えた。この世の物とは思えないほど美しい少女ではあるけれど。

 私から肩の力が抜けていき、大きな瞳を見開いて、姫は首をかたむける。

「どうやら物に裏切られてしまったようじゃの。古道具屋の風上にも置けないな」

「あぁ。所詮、俺は未熟で名ばかりの翁だからな」

 そうじゃの。と姫は口元に手を当て笑う。思えばまだ姫は何も知らないのだ。世界の広さも何もかも。人形作家の歪な想いしか知らない。

 人の想いに汚された付喪しか知らない。人形として朽ちるのか、それとも付喪神として生きるのか。

 物と人との狭間で生きる歪んだ生まれ方をしてしまった、夜桐ヤハズと姫。思えばふたりでひとつの付喪之人であるのだから。どちらの想いも真であって、虚でもあるのだ。まるで人のように厄介だと思う。そして私は子供に甘い。馬鹿らしいほどに。

 物に裏切られるほどの、未熟で無残な古道具屋には決められない。

 拳銃は最後に私へ伝えたかったのではないか。ただ形を無くしてしまっては煙に巻いてもわからない。

「なぁ。姫。提案がある。俺は左手を失っちまったし拳銃にも裏切られた。麻子のような子供を守るための力はもうない。一緒に付喪を祓わないか? ヤハズも姫の頼みなら聞いてくれるはずだ」

「人らしい都合のよい考えじゃの。それならば妾は神になってしまうぞ? ヤハズの思う通りに。結局何も変わらんではないか」

「あぁそうだな。ただ世にはまだ数多の付喪が入る。麻子のような人も出る。それでは俺が困る。俺は俺の想いのままにヤハズと姫を利用する。ヤハズは願いを叶えるために俺と姫を利用する。姫は姫の願いを叶えるためにヤハズと俺を利用すればよい。善も悪もない。ただ互いの想いがあるだけなのだから。ヤハズの想いも叶えたいのだろう? そして自分の想いも叶えたい。ふたつの想いで揺れ動き、最後に人形として朽ちることを選ぶならば、俺とヤハズを影に飲んでしまえ。姫の影の中で共に朽ちよう。それでもヤハズが納得しないのならば、俺がなんとかしてやる。人形作家と人形の結末は俺が最後まで付き合ってやる」

「ふふん。何も変わらず、これからというわけじゃな?」

「あぁ。少なくとも俺たちには因果が結ばれた。銀の糸よりもずっと強く、切っても切り離せない因果がな」

 どうしようもないな。と姫は後ろに手を組み身をかがめた。上目で私の瞳を覗き込むと足元から影が広がり私の左手を包み血が止まる。

「後はヤハズに縫ってもらえ。これからが大変なのだから」

「まぁそれが一番大変だな。姫からもよくよく言っておいてくれ」

 どうしようかの? と姫はくるりとその場で笑った。所詮は問題の先送りであるのにもかかわらず、姫はどこか嬉しそうに目を細めた。

「それには及ばない。話は聞いていた。まったくもって面倒くさい男だな。八代め」

 ズルズルと重たい鎖を引きずるような音がして振り向くと、ヤハズが体を地面に這わせていた。体は切り刻まれてボロボロである。右肩を揺らすとコトリと白蛇のキセルが地に落ちた。

「さすがに頑丈だな。まぁお互い刺し違えたってことで満足いくかい」

 いくものか! とヤハズは叫び、私は苦笑する。白蛇のキセルを拾い上げると、想いの力はすでに失われているはずなのに、紫煙が揺れて白蛇が姿を表す。

「てめぇ。力を残しておきやがったな」

眉間にシワを寄せると、右手首に巻き付いた白蛇は真っ赤な瞳で体を揺らす。

「当たり前や! 人にええように使われてたまるかい! まぁ力は貸してやるけどな! そんで姫ちゃん! 怖かったやろ? 泣いてもええんやで?」

「いいや。なんだか気持ちが穏やかじゃ。何も変わっておらぬというのに、想い通じ合うだけでよいのかもしれないな。それでヤハズ。妾はやはり人形としていつか朽ち果てたい。それまで愛してくれるな? もしまだ妾を神にしたいというならば妾はそれに従おう。ヤハズの想いを叶えることも妾の想いじゃ。ふふ。まるで人のようだな。いくつも想いを抱えて絡まり合って難儀なものだ。妾とヤハズの行く末は八代が見守っていてくれるから安心しろ」

 それが一番、に落ちないのだ。とヤハズは私をジロリと睨みつけた。

「行く末がたとえ奈落でも付き合ってやるよ。俺だって付喪はこれからも祓いたいが、文字通り手が足りんのだ。勘弁しろ。お前にとっても都合がよいだろう?」

 なぁ。としゃがみこんで見上げるヤハズと対峙する。ふん。とヤハズは私から視線をそらした。

「好きにしろ。私もお前を利用する。お前の命が尽き果てようとも利用する」

 それでいいと私は立ち上がる。右手の白蛇はあたりを見渡した後に、首をかしげる。

「まぁ。雨降って地固まるってことやな。血の雨にかけてんけどどうやった!? 」

「冗談になってねぇよ」

 おもろいと思うねんけどなぁ。と静まり返った闇夜で白蛇は体を揺らす。分厚い雲はすっかりと晴れて雨の気配はない。月の光だけが静かに雲の合間から流れ込み血に濡れた地面を照らす。

 もう影に包まれた千鳥と彦助には雨が降らないのだろう。傘で雨露から守る必要もなくなったのだな。私はそっとまぶたを閉じた。

 私は今でいつものように横になり、右手でキセルの吸い口を口元につけ紫煙を揺らす。

 紫煙は漂い、闇世に溶けていった。
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