【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

文字の大きさ
上 下
41 / 44
最終章 出刃包丁と蛇の目傘

-5-

しおりを挟む
 私は引き金に力を込める。千鳥は彦助を抱き止める腕に力を込めた。姉に抱かれて守られる彦助の笑みは幸せそうにも見える。それがせめてもの私にとっての救いだった。

 引き金を引くと音もなく透明な銃弾が発射された。

 しかし傘に届く前に爆ぜる。

 銀の糸が伸びていた。傘に銃弾が届く前にヤハズの糸が傘を砕くことを阻んでいた。

 今度は私が目を丸める番だった。そして血だまりのように千鳥の足元には影が広がり、千鳥は彦助を抱いたまま影に沈む。沈み切る前に千鳥と目が合う。私と目があると千鳥は目尻を緩ませて、まぶたを閉じた。

 蛇の目傘も、砕かれた包丁もまた影に飲まれていく。そしてあたりには闇夜だけが残った。

「どういうつもりだ! ヤハズ! 」

 私はヤハズへと銃口を向ける。姫とヤハズは緩やかに歩んでいた。まるで闇夜を散歩しているようにも見える。ヤハズは左手を空へと向ける。右手は肩のあたりからほつれて銀の糸の束となっていた。

「何を驚く? 子供をさらい、街の治安を脅かす付喪之人はいなくなった。何が不満なんだ?」

「まだ祓われてはいない! なぜ・・・姫の影に取り込んだ! もう少しで俺が祓ってやれたんだ!」

「結果は変わらないだろう? これでもう危険はない。ただまぁ、姫の中で共に生き続けるだけだ。想いを祓われては・・・困るからな」

「・・・そうやって姫を神とするのか! 付喪神つくもがみとし不滅とするために」

 そうだ。とヤハズは右肩から伸びるおびただしい銀の糸を振るう。鞭のように揺れ先端が地面を砕いた。四方へ振られた銀の鞭は闇世に溶けて軌跡しか見えない。ヤハズは私に向かって歩み寄る。

「姫をあがめたてまつるるのは私だけでいい。愚かな人の目に晒し続けるなどヘドが出る。しかしそうならなければ神にはなれない。多くの人の想いが必要だから。ならばどうだ? 今まで人の想いを集め続けて、もしくは今際の間際に遺した強い想いを持つ付喪をその身に取り込んだのなら? さらに人の形を成し得る程の、付喪之人となった付喪ならば? 神に至る道筋をたどることは容易なのではないか?」

「最初からそのつもりだったんだな。俺に協力するのは!」

「八代だけでは決して祓えなかったよ。感謝してほしいくらいだ。それに言っただろう? 最初からすべてを話しては面白くないと」

「姫は神になることを望んでいるのか!?」

 私は姫を見る。姫は両手で自分の胸を抱いていた。うつむき表情は見えない。

 ヤハズは両足で地面を踏みしめる。銀の糸はひとつの巨大な束となり、先端はぞわぞわと腕を模して広がっている。

「俺はそのような方法を認めない。なぁ。ヤハズ。麻子aさこには悪いが俺はお前を祓うよ。物は物としての本分をまっとうするべきなのだ。人の想いに染められて想いを捻じ曲げられ、ましてや神になんてなってはいけない。神になって地獄の歯車で、キリキリと引き裂かれ続けるなんて許されてはいけないんだ。未来永劫、姫の想いを裏切り苦しめるつもりか!」

「姫は私の人形だ! 永遠の美を得るために生まれた私の人形なのだ! 姫は永遠の美を望むよ。私がそう望んでいるから。やはり八代とは相容れないようだ。糸にもつれて死んでしまえ」

 ヤハズは意思を持つかのように揺らぐ無数の糸となった右手は、闇夜に揺らぐ。流れる雲はおぼろとなって雲の合間から月明かりが溢れる。腰から流れる血が足を濡らした。ひどく痛み、キセルに残された想いも少ない。白蛇びゃくだが白蛇の形を成せぬほどに。

 しかし・・・負けるわけにはいかない。千鳥と彦助は想いを砕かれ苦しみから逃れられたはずなのだ。それなのに姫の影に飲まれて、ましてや神となっては永劫に苦しむ。

 姫だってそうだ。人形として朽ちることを望んでいる。奥の物に抱かれた想いが、私の願いがたったひとりの人形作家に塗りつぶされてはいけないのだ。

 信用してはいたんだがな。と向かいくるヤハズに私は銃口を向ける。ためらいもなく引き金を引き、ヤハズの地面が爆ぜた。

 ヤハズは跳び、右手を振るう。無数の糸は塊となり家々よりも大きな掌となって私を押しつぶさんとした。私は羽織を振るって煙に巻く。

「主人を守るのが羽織であるから、たとえ鉄が降ろうと守れるだろう? それとも何かい? お前はそんなに情けない羽織なのかい?」

 想いを込めると羽織はふわりと浮く。私は羽織を脱いで迫り来る糸の束へと振る。ズシリと重く足元が血に沈む。

 体を失うたびに力を増すとは本当のことだ。たまらず私は弾かれて、ゴロゴロと地に転びながら距離を取る。ヤハズが地面に足をつけると土埃つちぼこりが舞った。土埃を貫きながらヤハズの放った糸が飛ぶ。私は後ろへ跳びながら銃口を眼前の地面に向ける。

「幾度も積み重なり、高まれ!」

 地面に放たれた銃弾は溶け込むように地面に染み込む。染み込み広がり立ち上る土塊はヤハズの糸を巻き込んで堅牢な石の壁となった。私は肩に羽織をかけて草履に煙を吐く。

「空を駆けることは覚えただろう? 風よりも速く駆けることの快感を覚えただろう? ならば壁を登るなど造作もないのは私が知っている」

 煙に巻かれた草履と共に私は駆け出し、空に届かんばかりに積み上げられた土壁つちかべを登る。思惑通りに土壁は激しく揺れて瓦解した。ヤハズは糸の束を左手で操っている。土壁は岩石のように塊として崩れていく。

 崩れ落ちる土壁を縫ってヤハズの糸は私を追った。

 しかし空を駆けるよりも落ちる土塊の上を駆ける方がずっと速い。そして糸が岩を避ける一手が速度を落とす。加えて糸の束が巨大になるほど操るヤハズの速度は落ちていた。縦横無尽じゅうおうむじんに駆けるヤハズの足はすっかりと止まっている。

 思えば人形とは厄介な物だ。形を砕こうにも人の形をしている。包丁やマッチ箱を砕くとはわけが違う。何度想いを巡らせてもヤハズの想いが込められた人形を、壊してしまうしかない。私は白蛇のキセルを口に当て紫煙を肺に蓄える。吸い切る間も無く煙は消えた。

 正真正銘、これが最後だ。

 眼前にバラバラと降り注ぐ土塊が途絶えて、左手で糸の束を抑えるヤハズが迫る。

 銃口を向けるとヤハズは笑った。勝利を確信したような笑み。

「ほつれた糸に絡まり果てろ。双肩!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...