33 / 44
第漆章 晴れ着と洋菓子
-4-
しおりを挟む
ヤハズは私の言葉に肩を揺らす。息を大きく吸って、ため息のように深く吐き出した。
「麻子のために怒ったのではない。麻子が姫を楽しませ、笑顔にできないことに怒ったのだ。そして麻子が姫を笑顔にできないようにした、相手へ怒っている。姫のために怒っているのだ。私は予定通りに進まないことが嫌いだからな」
「それに違いがあるのかい?」
「大きく違う。私にとって姫がすべてだからだ。姫のためには神にでも悪魔にでもなる」
うらやましいねぇ。と私は腰から白蛇のキセルを取り出し口元に当てる。火口に火はなく、力を使わぬうちは格好だけだ。ヤハズは呆れたように私を見る。
「お前は姫の想いを知ったのだろう? 姫は何を話していた?」
「それは答えられないね。姫とお前の問題だ。だが俺もまた姫の味方だよ。人形であり物である姫の味方だ」
「一応は私の味方であるようだな。ならば私は言うことがない。もう死にたがっているようには見えないからな。戦力にもなるだろう」
ふぅ。と格好だけで私は息を吐く。
「なぜヤハズは俺が死にたがりだってわかったんだ? 話したことはないだろう?」
「見ていればわかる。人形を作るのはただ縫い合わせるだけではない。奥に人を覗く。ゆえに私の瞳は人を射抜く。最初に対峙した時から気がついていたよ。お前の中には何もない。空虚で底なしの穴が広がっているだけだ。穴を塞ぐように誰かの想いで心を埋めて動いていた。雑に作られた人形と同じだ。
ひどい言い方だねぇ。と私が返すと、真実だろう?と私には目を向けずにヤハズは言った。
「込められた想いがまるでない。死んでいると同じだ。それに白蛇のキセルを持っていながらも人の身で私や付喪之人へと立ち向かう。正気ではなく、自分の体が傷つけられようともどこか他人事だった。死にたがっているようにしか見えなかったよ。煙に巻かずともわかることはある」
「そうだったなぁ。しかし今では少なくとも麻子のことで怒っている。怒号を上げずとも胸の奥では青白い炎がふつふつと燃えている。そして・・・ヤハズと姫のそれぞれの想いを知って、私にもなすべきことが生まれたよ。払うのでもなく、壊しもしない。祓うのだ」
「違いがあるのか?」
「大きく違うね。物は物として、人は人として想いをまっとうするべきなのだ。付喪はあってはならない。互いの想いを混濁させていずれは変質し、不幸の輪廻に身を置いてしまう存在だ。利用し利用され息絶える。まるで愚かな人の一生に似た最後を遂げる。とてもじゃないが見てられない。それが俺の大切なことだ。恨んでいるか? 煙に巻いて想いを知られたことが」
「必要だったのだろう? それに私は八代には祓われてやらぬ。姫も祓わせない。お前の命を切り裂こうともな」
「それでいい。まずは今宵、姫と麻子の想いを叶えてやろう。狗鷲の無念も晴らす。それからのことは、それからでいい。しかし今宵はよく口が回るな。お互いに」
ふん。とヤハズは口を結ぶ。決して互いの想いが交差しない、互いに相いれない想いであったとしても、今は隣の男が頼もしく見える。私とヤハズが似ていると話す麻子の顔が浮かんだ。
もういいよ! と扉の向こうから千鳥の声が聞こえ、ヤハズは私に目も降らずに扉の奥へと消えていく。私は闇夜の向こうを見たまま白蛇のキセルを叩く。ふわりと紫煙が浮かんで白蛇が姿を現した。いつもなら騒々しい白蛇は赤い瞳で私をまっすぐと見ている。
「俺の答えはどうだった?」
私の問いに白蛇は体を左右に揺らす。
「知らへん。ふたりと不器用で残念な大人だってことは神さんのワイでもよくわかったわ。でもな神さんのワイからひとつお願いがあるねん。麻子ちゃんも姫も不幸にしてやらんといてな? ふたりにこれ以上不幸はいらへん。神頼みってやつや」
「俺が知っている神頼みとは意味が違うな。俺とヤハズは不幸になってもいいってことかい?」
「そやな。面倒くさい大人はそれくらいでええねん。不幸を背負うのは大人の使命や。不幸を知ってそれでも立ち上がるから、人は人として誰かを幸せにできるねん。想いを持った物も人もあまり変わらへんねん。まぁ気張りや。」
「たまには神さまらしいことを言うじゃないか」
「やろ? 崇め奉り、供物のひとつやふたつ。三つや四つを供えてくれてもええねんで?」
「泥団子でもよければな」
ケチな古道具屋の翁やと、白蛇はもとのキセルの姿へと変わる。まぁ商いもしていないから名ばかりの翁だがな。と私は白蛇のキセルを腰へとすえた。
はやく! と家の中から千鳥の声が響く。今宵にすべてを終わらせる。
すべてが終わった後に、姫とヤハズの因果にも終わりを告げよう。たとえこの身を失ったとしても、それが私の大切な想いなのだから。
そして私たちは街へと出る。夜を終わらせるために。
街外れにもはや人影はなく、朽ちた街灯が立ち並ぶ道に明かりはない。あたりは影にも似た夜に支配されている。通りの中央を千鳥は姫の左手を取り歩いていた。
しかしながら隣を見ると真っ赤な晴れ着は結局のところヤハズによって仕立て直され、姫がまるで町娘だ。
遠目には床で伏せているはずの麻子が、再び歩き出しているようにも見えた。
「麻子のために怒ったのではない。麻子が姫を楽しませ、笑顔にできないことに怒ったのだ。そして麻子が姫を笑顔にできないようにした、相手へ怒っている。姫のために怒っているのだ。私は予定通りに進まないことが嫌いだからな」
「それに違いがあるのかい?」
「大きく違う。私にとって姫がすべてだからだ。姫のためには神にでも悪魔にでもなる」
うらやましいねぇ。と私は腰から白蛇のキセルを取り出し口元に当てる。火口に火はなく、力を使わぬうちは格好だけだ。ヤハズは呆れたように私を見る。
「お前は姫の想いを知ったのだろう? 姫は何を話していた?」
「それは答えられないね。姫とお前の問題だ。だが俺もまた姫の味方だよ。人形であり物である姫の味方だ」
「一応は私の味方であるようだな。ならば私は言うことがない。もう死にたがっているようには見えないからな。戦力にもなるだろう」
ふぅ。と格好だけで私は息を吐く。
「なぜヤハズは俺が死にたがりだってわかったんだ? 話したことはないだろう?」
「見ていればわかる。人形を作るのはただ縫い合わせるだけではない。奥に人を覗く。ゆえに私の瞳は人を射抜く。最初に対峙した時から気がついていたよ。お前の中には何もない。空虚で底なしの穴が広がっているだけだ。穴を塞ぐように誰かの想いで心を埋めて動いていた。雑に作られた人形と同じだ。
ひどい言い方だねぇ。と私が返すと、真実だろう?と私には目を向けずにヤハズは言った。
「込められた想いがまるでない。死んでいると同じだ。それに白蛇のキセルを持っていながらも人の身で私や付喪之人へと立ち向かう。正気ではなく、自分の体が傷つけられようともどこか他人事だった。死にたがっているようにしか見えなかったよ。煙に巻かずともわかることはある」
「そうだったなぁ。しかし今では少なくとも麻子のことで怒っている。怒号を上げずとも胸の奥では青白い炎がふつふつと燃えている。そして・・・ヤハズと姫のそれぞれの想いを知って、私にもなすべきことが生まれたよ。払うのでもなく、壊しもしない。祓うのだ」
「違いがあるのか?」
「大きく違うね。物は物として、人は人として想いをまっとうするべきなのだ。付喪はあってはならない。互いの想いを混濁させていずれは変質し、不幸の輪廻に身を置いてしまう存在だ。利用し利用され息絶える。まるで愚かな人の一生に似た最後を遂げる。とてもじゃないが見てられない。それが俺の大切なことだ。恨んでいるか? 煙に巻いて想いを知られたことが」
「必要だったのだろう? それに私は八代には祓われてやらぬ。姫も祓わせない。お前の命を切り裂こうともな」
「それでいい。まずは今宵、姫と麻子の想いを叶えてやろう。狗鷲の無念も晴らす。それからのことは、それからでいい。しかし今宵はよく口が回るな。お互いに」
ふん。とヤハズは口を結ぶ。決して互いの想いが交差しない、互いに相いれない想いであったとしても、今は隣の男が頼もしく見える。私とヤハズが似ていると話す麻子の顔が浮かんだ。
もういいよ! と扉の向こうから千鳥の声が聞こえ、ヤハズは私に目も降らずに扉の奥へと消えていく。私は闇夜の向こうを見たまま白蛇のキセルを叩く。ふわりと紫煙が浮かんで白蛇が姿を現した。いつもなら騒々しい白蛇は赤い瞳で私をまっすぐと見ている。
「俺の答えはどうだった?」
私の問いに白蛇は体を左右に揺らす。
「知らへん。ふたりと不器用で残念な大人だってことは神さんのワイでもよくわかったわ。でもな神さんのワイからひとつお願いがあるねん。麻子ちゃんも姫も不幸にしてやらんといてな? ふたりにこれ以上不幸はいらへん。神頼みってやつや」
「俺が知っている神頼みとは意味が違うな。俺とヤハズは不幸になってもいいってことかい?」
「そやな。面倒くさい大人はそれくらいでええねん。不幸を背負うのは大人の使命や。不幸を知ってそれでも立ち上がるから、人は人として誰かを幸せにできるねん。想いを持った物も人もあまり変わらへんねん。まぁ気張りや。」
「たまには神さまらしいことを言うじゃないか」
「やろ? 崇め奉り、供物のひとつやふたつ。三つや四つを供えてくれてもええねんで?」
「泥団子でもよければな」
ケチな古道具屋の翁やと、白蛇はもとのキセルの姿へと変わる。まぁ商いもしていないから名ばかりの翁だがな。と私は白蛇のキセルを腰へとすえた。
はやく! と家の中から千鳥の声が響く。今宵にすべてを終わらせる。
すべてが終わった後に、姫とヤハズの因果にも終わりを告げよう。たとえこの身を失ったとしても、それが私の大切な想いなのだから。
そして私たちは街へと出る。夜を終わらせるために。
街外れにもはや人影はなく、朽ちた街灯が立ち並ぶ道に明かりはない。あたりは影にも似た夜に支配されている。通りの中央を千鳥は姫の左手を取り歩いていた。
しかしながら隣を見ると真っ赤な晴れ着は結局のところヤハズによって仕立て直され、姫がまるで町娘だ。
遠目には床で伏せているはずの麻子が、再び歩き出しているようにも見えた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

スキルガチャで異世界を冒険しよう
つちねこ
ファンタジー
異世界に召喚されて手に入れたスキルは「ガチャ」だった。
それはガチャガチャを回すことで様々な魔道具やスキルが入手できる優れものスキル。
しかしながら、お城で披露した際にただのポーション精製スキルと勘違いされてしまう。
お偉いさん方による検討の結果、監視の目はつくもののあっさりと追放されてしまう事態に……。
そんな世知辛い異世界でのスタートからもめげることなく頑張る主人公ニール(銭形にぎる)。
少しずつ信頼できる仲間や知り合いが増え、何とか生活の基盤を作れるようになっていく。そんなニールにスキル「ガチャ」は少しづつ奇跡を起こしはじめる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる