【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

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第漆章 晴れ着と洋菓子

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 ヤハズは私の言葉に肩を揺らす。息を大きく吸って、ため息のように深く吐き出した。

「麻子のために怒ったのではない。麻子が姫を楽しませ、笑顔にできないことに怒ったのだ。そして麻子が姫を笑顔にできないようにした、相手へ怒っている。姫のために怒っているのだ。私は予定通りに進まないことが嫌いだからな」

「それに違いがあるのかい?」

「大きく違う。私にとって姫がすべてだからだ。姫のためには神にでも悪魔にでもなる」

 うらやましいねぇ。と私は腰から白蛇のキセルを取り出し口元に当てる。火口に火はなく、力を使わぬうちは格好だけだ。ヤハズは呆れたように私を見る。

「お前は姫の想いを知ったのだろう? 姫は何を話していた?」

「それは答えられないね。姫とお前の問題だ。だが俺もまた姫の味方だよ。人形であり物である姫の味方だ」

「一応は私の味方であるようだな。ならば私は言うことがない。もう死にたがっているようには見えないからな。戦力にもなるだろう」

 ふぅ。と格好だけで私は息を吐く。

「なぜヤハズは俺が死にたがりだってわかったんだ? 話したことはないだろう?」

「見ていればわかる。人形を作るのはただ縫い合わせるだけではない。奥に人を覗く。ゆえに私の瞳は人を射抜く。最初に対峙した時から気がついていたよ。お前の中には何もない。空虚で底なしの穴が広がっているだけだ。穴を塞ぐように誰かの想いで心を埋めて動いていた。雑に作られた人形と同じだ。

 ひどい言い方だねぇ。と私が返すと、真実だろう?と私には目を向けずにヤハズは言った。


「込められた想いがまるでない。死んでいると同じだ。それに白蛇のキセルを持っていながらも人の身で私や付喪之人へと立ち向かう。正気ではなく、自分の体が傷つけられようともどこか他人事だった。死にたがっているようにしか見えなかったよ。煙に巻かずともわかることはある」

「そうだったなぁ。しかし今では少なくとも麻子のことで怒っている。怒号を上げずとも胸の奥では青白い炎がふつふつと燃えている。そして・・・ヤハズと姫のそれぞれの想いを知って、私にもなすべきことが生まれたよ。払うのでもなく、壊しもしない。はらうのだ」

「違いがあるのか?」

「大きく違うね。物は物として、人は人として想いをまっとうするべきなのだ。付喪はあってはならない。互いの想いを混濁させていずれは変質し、不幸の輪廻りんねに身を置いてしまう存在だ。利用し利用され息絶える。まるで愚かな人の一生に似た最後を遂げる。とてもじゃないが見てられない。それが俺の大切なことだ。恨んでいるか? 煙に巻いて想いを知られたことが」

「必要だったのだろう? それに私は八代には祓われてやらぬ。姫も祓わせない。お前の命を切り裂こうともな」

「それでいい。まずは今宵、姫と麻子の想いを叶えてやろう。狗鷲の無念も晴らす。それからのことは、それからでいい。しかし今宵はよく口が回るな。お互いに」

 ふん。とヤハズは口を結ぶ。決して互いの想いが交差しない、互いにあいいれない想いであったとしても、今は隣の男が頼もしく見える。私とヤハズが似ていると話す麻子の顔が浮かんだ。

 もういいよ! と扉の向こうから千鳥の声が聞こえ、ヤハズは私に目も降らずに扉の奥へと消えていく。私は闇夜の向こうを見たまま白蛇のキセルを叩く。ふわりと紫煙が浮かんで白蛇が姿を現した。いつもなら騒々しい白蛇は赤い瞳で私をまっすぐと見ている。

「俺の答えはどうだった?」

私の問いに白蛇は体を左右に揺らす。

「知らへん。ふたりと不器用で残念な大人だってことは神さんのワイでもよくわかったわ。でもな神さんのワイからひとつお願いがあるねん。麻子ちゃんも姫も不幸にしてやらんといてな? ふたりにこれ以上不幸はいらへん。神頼みってやつや」

「俺が知っている神頼みとは意味が違うな。俺とヤハズは不幸になってもいいってことかい?」

「そやな。面倒くさい大人はそれくらいでええねん。不幸を背負うのは大人の使命や。不幸を知ってそれでも立ち上がるから、人は人として誰かを幸せにできるねん。想いを持った物も人もあまり変わらへんねん。まぁ気張りや。」

「たまには神さまらしいことを言うじゃないか」

「やろ? あがめたてまつり、供物くもつのひとつやふたつ。三つや四つをそなえてくれてもええねんで?」

「泥団子でもよければな」

 ケチな古道具屋の翁やと、白蛇はもとのキセルの姿へと変わる。まぁ商いもしていないから名ばかりの翁だがな。と私は白蛇のキセルを腰へとすえた。

 はやく! と家の中から千鳥の声が響く。今宵にすべてを終わらせる。

 すべてが終わった後に、姫とヤハズの因果にも終わりを告げよう。たとえこの身を失ったとしても、それが私の大切な想いなのだから。


 そして私たちは街へと出る。夜を終わらせるために。

 街外れにもはや人影はなく、朽ちた街灯が立ち並ぶ道に明かりはない。あたりは影にも似た夜に支配されている。通りの中央を千鳥は姫の左手を取り歩いていた。

 しかしながら隣を見ると真っ赤な晴れ着は結局のところヤハズによって仕立て直され、姫がまるで町娘だ。

遠目には床で伏せているはずの麻子が、再び歩き出しているようにも見えた。
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