【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

文字の大きさ
上 下
25 / 44
第陸章 物と人

-2-

しおりを挟む
「ウチの夢かい? ウチはねぇ。いつかたくさんの子供と暮らしたいんだよ。守ってやってさ。大きくなるのをこの目で見るのさ」

「千鳥の器量ならすぐに叶えることはできるだろうに」

「どうかね? こんなにいい女がいるのに手も出さない男が近くにいるのにかい?」

 へへへ。と千鳥は口角を上げて笑みを含む。千鳥の言う通り話してみると取るに足らない理由に思えた。ただ自分は過去から逃げようとしているのだ。独りよがりで自分勝手な過去を忘れるために、死ねなかった後悔で死に場所を探していた。

 お国のために生きるつもりはなくても、誰かのために生きて死のうと思っていたのだ。

 それが付喪つくもを祓う、もしくは払って砕く理由になった。人や物の想いを晴らす中で命を失うなら、それでよいと思っていた。だから私にとって人と物に境目はない。どちらも同じ存在だ。私にない生きるべき意思を持つ双方に、嫉妬していたのかもしれない。

 なんとも人の心は厄介だと思った。まだ明確な役目を持つ物の方がマシだ。私は人が嫌いではなく、人である自分自身が嫌いだったのだ。それを人の形に当てはめていた。馬鹿馬鹿しい。

「まぁ。誰かのために生きるって生き方を自分で選択できたのなら、いいんじゃないかい? 逃げるんじゃなくてさ。おとぎ話みたいだけどね」

 千鳥は立ち上がり、私を振り向く。顔には影が伸びていて輪郭がしっかりとしている。

「今の俺とは何が違うんだ? それは」

「全然違うさ。今まで逃げ出していた自分の心に目を向けられた。目を向けた想いと向き合ったのなら、そこからはもう前に進むしかないからね。目を背けなければどんな理由だって、生きる理由になるんだ。落ち込んだ時にはウチが守ってやるからさ。また遊びにきてもいいかい? 麻子ちゃんたちにもすっかりと懐かれちまったから」

 ね? と小首をかしげる千鳥に、私は仕方がねぇなと寝っ転がった。どうもこうにも心が軽い。ともかく姫から話を聞こうと思った。あのいびつな人形作家と人形の因果いんがを知ろう。

 想いの底で何を考えているのかを知らなければならない。なぜだかどうしようもなく姫を哀れんでいる自分がいて、なぜ自分がそう考えているかを知りたかったから。ヤハズの想いも知ってしまっているから。それに出刃包丁でばぼうちょうの男もじゃ目傘めかさの女もいる。

 厄介ごとばかりだなと。私は軽くなった心でまぶたを落とす。おやすみという千鳥の声が聞こえ、私はおやすみと返した。静けさが脳裏から遠のいていく。

ほどなくして私は眠りに落ちた。深い深い、奈落の底に堕ちるような眠りだった。


朝を再び迎えた街は騒然そうぜんとしていた。それもそのはずだ。闇市の一角を支配する狗鷲が殺されていたのだ。ざわざわと市場は荒れており、物騒な恰幅のよい男たちは凶悪な面で徒党を組んで街を練り歩いている。誰もが狗鷲を殺した犯人を探していた。

 それは面子めんつを保つためなのか、それとも狗鷲の意趣返いしゅがえしかは尋ねてみないとわからない。
少なくとも狗鷲はこの街にとって必要で、表には出てこれない輩からは好かれていたとのことだろう。そして背広姿の男がマッチ箱の付喪を祓われて心を失ったまま捕まったという。恐らくは状況証拠からも背広の男が犯人だとは気がつかれているだろう。

 証拠もある。しかし証言が得られずに事態が停滞していた。だからこそ誰もが街を駆け回る。真実にたどり着くには足を動かすしかないのだ。不安の裏返しでもあるのだろう。

 街の噂話も時には便利だねぇと。聞き耳を立てながら私は市場を抜けて街を出る。やはり、姫から話を聞いておこう。自分の気持ちが過去から逃げているだけだと気がついてしまえば、肩がずいぶんと軽くなった。千鳥には感謝しなくてはならない。

 そもそも私はこのまま付喪を祓い続けるべきなのかということだ。

 言われるがまま、自分の存在意義と死に場所として付喪を祓うという役割を理由にしていた。出刃包丁の男はもちろん祓う。そしておそらく裏側にいる蛇の目傘の女も同様だ。

 しかしその先は? 

 ヤハズと姫はどうするのか。人に害を及ばさないとはいえ、それは私の主観である。物は物に、人は人であるべきなのだとも思う。あの付喪は祓わない、その付喪は祓うだなんて我ながら都合がよすぎると思う。思考から逃げ出してしまいたいほど悩んでいた。とにかく姫とヤハズの因果を聞いてから決めてしまおう。

 放っておくには縁が結ばれすぎたし、ふたりはまだ何かを企んでいるような気にもなったからだ。

 街から遠のくと左手に持った白蛇びゃくだのキセルが熱を持ち、シュルシュルと私の手首から指先へと巻きついてく。赤い瞳と左右に割れた口元から赤い舌がちろりと揺れた。

「よう。よく寝れたかい?」

「そりゃそうやわ。まったく連日連日飽きもしないで付喪を払って、疲れんねんで?」

「そりゃ悪かったよ。でもまぁ健在で何よりだ」

「なんやー? かわいい女の子に身の上話をして心が楽になったみたいやな。ちなみに白蛇さまは八代の心なんてとうに知っておったで!?」

「そうかいそうかい。ならお前には話さなくてよかったよ」

 そんなことあるかい! と人気の少ない屋敷へと続く荒れた道で白蛇は身を揺らす。白蛇はキセルの姿でも声は聞こえている。だからと言って必ずしも私の味方であろうとするわけでもない。本心もよくわからずにただ状況を楽しんでいるようにも思える。

 神さまゆえの気まぐれだ。気まぐれと、私の祖母と結ばれた縁で私に利用されているだけだと思う。都合のよいことに。

「まぁ・・・ワイに話されても何にも答えへんかったけどな。答えは自分で見つけなあかんねん。神頼みなんて人の勝手や。そんで人の悩みを叶えるのも神の勝手やからな。お願いごとなら叶えてやらんでもないがな」

 ほう。と私が顎先を親指と人差し指で包むと、しまったと白蛇が視線をそらす。

「なるほどな。悩みの答えは人自身で。お願いごとなら叶えてやろうということか。確かにそうだな。願いや想いを体に受けて神は神として生きていける。願いも叶えない神からは人の心が離れていくからな。大変な仕事だ。神とやらも」

「・・・何が言いたいねん? そんな悪そうな顔をして」

「俺が姫と話している間、ヤハズをどうにかしてくれないか? 知ってはいると思うが俺は姫と話したい。姫からヤハズとの成り立ちを聞きたいのだ。前にヤハズを煙に包んで姫の成り立ちは知った。ヤハズの成り立ちを知るには煙が足りなかった。姫から話を聞くにはヤハズが邪魔だ。しかしヤハズは姫から離れようとせんだろう?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

魔王

覧都
ファンタジー
勇者は、もう一人の勇者と、教団の策略により人間の世界では不遇だった。 不遇の勇者は、人生のリセットすることを選び、魔王となる。 魔王になったあとは、静かに家族と暮らします。 静かに暮らす魔王に、再び教団の魔の手が伸びます。 家族として暮らしていた娘を、教団に拉致されたのです。 魔王はその救出を決意し……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...