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第肆章 洋館と茶会の後
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「あらあらなんだかまた賑やかになったねぇ」
私の家にある土間で、火を焚きながら千鳥は木べらを肩に当てた。給仕の格好ではなく白いシャツに茶色の長いスカートをはいている。
似合っているでしょう? と千鳥はふわりとその場で回って見せて、私は口元に当てた白蛇のキセルから紫煙を吐き出す。すっかりと街行く人には洋装が増え、和装で出歩く人は減った。いっとき前はあれほど忌避していたのにと、
変わりゆく時代は人の思想や想いを飲み込んでいく。
いずれは文化となり、私の格好は過去となるだろう。
それに・・・と今に寝転びながらちゃぶ台の奥に座るふたりの男女を見る。まるで絵画から抜け出してきたかのような燕尾服と、ドレスという格好をした少女。絵画ではなく洋館から抜け出してきたヤハズと姫は物珍しそうに部屋を見渡している。落ち着かないようすで姫は目尻を和らげる。
「やはりここはまるで犬小屋のようであるなぁ。しかしながら狭くとも心地よい」
「そうでございますね。しかし姫をこんなところに長居はさせたくありません。犬小屋には犬がお似合いです」
よいではないかと。くすくすと笑う姫の横でヤハズは鼻に手を当てた。
うるせぇなぁ。と土間の方に目をやると千鳥は、はっは! と腰に手を当て笑った。
「やっぱり翁さんは子供に好かれるようだね。それにいい男まで連れてきて。ちょっと危ない匂いはするけどね」
どういうことだよと。と私が言うと、さぁねぇ。と千鳥は目の前で焚かれる米に視線を落とす。吹きこぼれる透明の泡ぶくを見て満足そうに腕を組む。
翁? と首をかしげる姫に、つまらんアダ名だと答えると、そうか。と姫は満足そうにうなずいた。
「まさか。姫にそのような米を食わすつもりではないか? 姫に和食は似合わない」
「そうは言ってもさ。この家に洒落た食材はないよ?」
私のことなんか置き去りに千鳥は眉をひそめて、ヤハズが立ち上がる。
「貸せ。どうにも手際が悪い」
ヤハズは至極不機嫌そうに立ち上がり土間へと向かう。おもしろいなぁ。と姫は器用に足を斜めに座り、子供のように体を揺らした。
おもしろくない。と私は紫煙を燻らせる。
拳銃を持ち出したばっかりに弱みを握られてしまったのが、結局のところ原因なのだろう。しかし頼らなければきっと、ヤハズに裂かれていたと考えると、これもまた因果な由縁であるから仕方がない。
床下に隠した九十四式自動拳銃は、私が始めた払った付喪であった。簡単に因果が絶たれるわけではない。
戦後の世で、解体された軍から放り出された私が家に帰り、家族が全員死に絶えたことを知った。
街では特攻隊としての役目を果たせなかった知人が、石を投げられ家族からも絶縁されたとも聞く。役割を果たせず生きて帰った私たちを待ち受けていたのはそんな社会だった。その点だけ考えると私はまだ幸いだったのかもしれない。
優しく励まし戦地へ送り出してくれた家族から、手のひら返しの表情を見なくてよかったのだから。結局のところ私は軍の学校を卒業し、訓練に訓練を重ね・・・多くの友を失っただけであった。
考えることを諦めた私は、居間でただ横になり焼け残った家で野たれ死のうをしていたのだ。和装に身を包み、はだけた胸元から痩せた胸元に骨が浮いていた。
着実に死が歩み寄っており、私は死に救いを求めていた。
「なんだ。生き残ったってのにつまらねぇ」
突然、家のドアが開かれて立っていたのは狗鷲だった。狗鷲は私に草臥れた拳銃を投げ出す。居間に落ちた拳銃から飛び退いて私は狗鷲を睨みつけた。
私の家にある土間で、火を焚きながら千鳥は木べらを肩に当てた。給仕の格好ではなく白いシャツに茶色の長いスカートをはいている。
似合っているでしょう? と千鳥はふわりとその場で回って見せて、私は口元に当てた白蛇のキセルから紫煙を吐き出す。すっかりと街行く人には洋装が増え、和装で出歩く人は減った。いっとき前はあれほど忌避していたのにと、
変わりゆく時代は人の思想や想いを飲み込んでいく。
いずれは文化となり、私の格好は過去となるだろう。
それに・・・と今に寝転びながらちゃぶ台の奥に座るふたりの男女を見る。まるで絵画から抜け出してきたかのような燕尾服と、ドレスという格好をした少女。絵画ではなく洋館から抜け出してきたヤハズと姫は物珍しそうに部屋を見渡している。落ち着かないようすで姫は目尻を和らげる。
「やはりここはまるで犬小屋のようであるなぁ。しかしながら狭くとも心地よい」
「そうでございますね。しかし姫をこんなところに長居はさせたくありません。犬小屋には犬がお似合いです」
よいではないかと。くすくすと笑う姫の横でヤハズは鼻に手を当てた。
うるせぇなぁ。と土間の方に目をやると千鳥は、はっは! と腰に手を当て笑った。
「やっぱり翁さんは子供に好かれるようだね。それにいい男まで連れてきて。ちょっと危ない匂いはするけどね」
どういうことだよと。と私が言うと、さぁねぇ。と千鳥は目の前で焚かれる米に視線を落とす。吹きこぼれる透明の泡ぶくを見て満足そうに腕を組む。
翁? と首をかしげる姫に、つまらんアダ名だと答えると、そうか。と姫は満足そうにうなずいた。
「まさか。姫にそのような米を食わすつもりではないか? 姫に和食は似合わない」
「そうは言ってもさ。この家に洒落た食材はないよ?」
私のことなんか置き去りに千鳥は眉をひそめて、ヤハズが立ち上がる。
「貸せ。どうにも手際が悪い」
ヤハズは至極不機嫌そうに立ち上がり土間へと向かう。おもしろいなぁ。と姫は器用に足を斜めに座り、子供のように体を揺らした。
おもしろくない。と私は紫煙を燻らせる。
拳銃を持ち出したばっかりに弱みを握られてしまったのが、結局のところ原因なのだろう。しかし頼らなければきっと、ヤハズに裂かれていたと考えると、これもまた因果な由縁であるから仕方がない。
床下に隠した九十四式自動拳銃は、私が始めた払った付喪であった。簡単に因果が絶たれるわけではない。
戦後の世で、解体された軍から放り出された私が家に帰り、家族が全員死に絶えたことを知った。
街では特攻隊としての役目を果たせなかった知人が、石を投げられ家族からも絶縁されたとも聞く。役割を果たせず生きて帰った私たちを待ち受けていたのはそんな社会だった。その点だけ考えると私はまだ幸いだったのかもしれない。
優しく励まし戦地へ送り出してくれた家族から、手のひら返しの表情を見なくてよかったのだから。結局のところ私は軍の学校を卒業し、訓練に訓練を重ね・・・多くの友を失っただけであった。
考えることを諦めた私は、居間でただ横になり焼け残った家で野たれ死のうをしていたのだ。和装に身を包み、はだけた胸元から痩せた胸元に骨が浮いていた。
着実に死が歩み寄っており、私は死に救いを求めていた。
「なんだ。生き残ったってのにつまらねぇ」
突然、家のドアが開かれて立っていたのは狗鷲だった。狗鷲は私に草臥れた拳銃を投げ出す。居間に落ちた拳銃から飛び退いて私は狗鷲を睨みつけた。
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