【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

文字の大きさ
上 下
14 / 44
第肆章 洋館と茶会の後

-2-

しおりを挟む
 それはそうじゃ。と姫は椅子の上で足をパタパタと揺らし、ヤハズは不機嫌そうに腕を組む。私の腰紐こしひもに刺した拳銃けんじゅうは熱を失っている。代わりに袖口そでぐちに入れていた白蛇びゃくだのキセルが熱を持ち、震えて解け私の左手へと巻き付いた。

 体を伸ばして体を揺らすと白蛇は赤い目を私に向ける。

「ようよう。役に立たない付喪神つくもがみさまじゃないか。ようやくお目覚めかい?」

「ワイの寝起きにけったいやなぁ。神さまを頼るなって何度も言っとるやろ?」

 付喪神? とヤハズが白蛇を見た。目を丸めて驚いている。姫は表情を変えずに両手で頬を支えながら首をかたむけた。

「ほうほう。また新しい言葉が出てきたな。物に想いが宿って意思を持つ付喪、その付喪が人に成り代わった付喪之人・・・お次は神か? 」

 そやで! と白蛇は私から視線を姫へと移し、どこか照れくさそうに体を揺らした。

「話は聞こえとったで! 姫ちゃん! ワイはかわいい白蛇ちゃんやよろしゅうな! しっかし不思議なこともあるもんや。・・・でも納得はできるわ。人の依代よりしろとして作られた人形なら、それもこんなにかわいらしくて精巧せいこうに作られた人形なら、人に成り変わらんでも付喪之人になれるんやなぁ。たしかに必要なんは人の形や。この世は驚きに満ちとるわ」

「なら白蛇よ。すべての付喪に人形を与えたらいい。そしたら人の五感まで奪って人に成り代わる必要なんてないだろう? すべては解決だ。俺は仕事を失うがな」

 そんなことはあらへん! と白蛇は姫に見惚みほれたまま続ける。

「こんなことは奇跡やで。そうそう起こらへんし、命を失うほどの妄執もうしつが命を与えるねん。それに人形を人形としてではなく、人として造り上げな、こんなことは起きひん。やるやんけ夜桐よるきりくん!」

「ふん。私ほどの人形作家でないと姫を創りあげることはまず無理だ。話は聞いていたが、神とはなんだ? 付喪神と私たちとの違いはあるのか? なぜ人の形をしていない?」

 夜桐は白蛇を見下ろしたままに尋ねる。わずかに丸まった瞳は細く形を戻していた。

「そりゃずっと昔はワイやってちゃんと人の形をしておったわ。白蛇のキセルに宿って、主人の姿を奪って形を得た。でもな、人の形になっても付喪の想いを一身に受け続けた。まぁ八代のご先祖さまと付喪を祓っておったからな。悪しき付喪はばったばったと倒して払い、よい付喪は願いを祓うことで、ワイは想いを受け取り続けた。そんで気が付いたら神さまや! 白蛇のキセルに由来した形に戻って、・・・こんな有様ありさまや。今度は形を失って消えることもできひんねん。神さまのままで、八代やしろにこき使われておる」

「想いを受け取り続ける・・・」

 ヤハズは口元に白手袋に包まれた指先を当て、何かを考えているようだった。きっとろくなことではないなと私は左右の袖口に手を入れた。

「しっかし、ようやく合点がてんがいったわ。人の形に成り代わっとったなら、人の体に邪魔されて想いを抱く物の気配がわからへん。夜桐くんの気配がわかったんわきっと、人形やったからな」

「それは俺も同感だ。そして・・・夜桐ヤハズは何なのだ? 形を得るという願いにも似た想いを叶えた付喪は形に固執こしつする。決して自分の体を崩すようなことはしない。ヤハズみたいにな」

 ふん。とヤハズは視線をそらし、代わりに姫がじぃっと私の瞳を覗き込んだ。薄い唇は三日月のようの頬を崩す。

「それは秘密じゃよ。何もかも話したらおもしろくないだろう?」

 むぅ。と今度は私が口をへの字に曲げる。ケラケラと白蛇がようやく私を向いて笑った。

「姫ちゃんの方が八代よりもずっと上手うわてやな。それにしても今日は珍しいもんが観れたなぁ」
 
 だな。と私は白蛇に返事をする。出刃包丁の男と関係がないならここにはもう用がない。それにヤハズの過去を、妄執を、煙に包まれ見てしまうとふたりきりの生き方を邪魔する気にもなれなかった。

 席を立とうとすると、待て。とヤハズは私を向き直る。薄く笑みを含んでいた。

「その出刃包丁の男の件は私たちも手伝おう」

遠慮えんりょする。私だけでも何とかなるし、邪魔だ」

「そうか。きさまは拳銃を所持しょじしているだろう? 世相せそううとい私でも今の世は少なからず知っている。大罪人だなお前は。うっかり私の口が滑ってしまうかもしれない」

「脅しているつもりか?」

「脅しているつもりだ。それに私はきさまを知った。どこにいようと見つけ出し付きまとう。付きまとって一緒に出刃包丁の男を見つけてやろう」

「目的はなんだ?」

「世のために、そして人のためだよ」

 ニィッとヤハズは唇を歪めた。きっと嘘だし本心でないことは煙に包まずともわかる。
 そうか! と姫は椅子から飛び降りて私に駆け寄りった。目を輝かせながら私を見上げる。

「妾は夜しか出歩けない。ヤハズも妾も世相に疎いし、昼間の世界を知らぬのだ。しかし八代が一緒なら大丈夫だろう。白蛇もおるしな」

 なっ? と小首をかしげて姫は白蛇を見る。白蛇の頬が染まって見えた。そして白蛇は再び私を見上げる姫と視線を並べる。

「そうやで! こんなかわいらしい子が屋敷の中でずっとおるなんてかわいそうや! ええか八代! 姫ちゃんと夜桐くんに協力してやるんやで!? やないとワイも協力せえへん」

 ずん。と空気が重さを増して私の肩のを落とす。体が鉛になってしまったようだ。
 厄介なことが増えてしまったな。と両手を胸に当てわずかに跳ねる姫を見て、仕方がないと私は諦める。それにヤハズは口角を片方だけ上げる邪悪な笑みを浮かべた。
 
 しかし手駒てごまは多いことに越したことはない。出刃包丁の男の力を考えると、どうにも無傷ではすみそうにない。しかしヤハズと姫の力を借りるなら狗鷲いぬわしからの依頼は早々に終わるだろう。
 
 ・・・そう思うことにした。

「目立たないようにと言っても無理だろうから、せめて大人しくしておいてくれ」

 もちろんじゃ! と姫は言い、意気揚々とヤハズは西洋仕立ての茶器を片付け始める。白蛇は体を揺らし続け、姫に頬を突かれ気持ちよさそうに顎先あごさきをあげた。
 
 どうして私にばかりに厄介事やっかいごとが降りかかる。物の想いは純粋で、それゆえひとにとっては厄介だ。
 まだ人の方がマシに見える。

 ただ・・・ヤハズの過去を見て私はどうもヤハズを他人のように思えない。私もまた人が嫌いであるのだから。
 袖触そでふうのも他少たしょうえん。一度結ばれた縁はそう簡単に切ることはできない。
 さてさてふたりは私の家まで付いてくるつもりでないだろうか。

「さぁ。ヤハズ。八代に湯の準備を。今宵はもう遅い。明日になったら一緒に街へ出よう」

 私を見もせず姫は言って、ヤハズは、はいと返事する。白蛇は楽しくなってきたで! と視線のように体をくゆらせて、私だけが天井を仰いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界にアバターで転移?させられましたが私は異世界を満喫します

そう
ファンタジー
ナノハは気がつくとファーナシスタというゲームのアバターで森の中にいた。 そこからナノハの自由気ままな冒険が始まる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

元構造解析研究者の異世界冒険譚

犬社護
ファンタジー
主人公は持水薫、女30歳、独身。趣味はあらゆる物質の立体構造を調べ眺めること、構造解析研究者であったが、地震で後輩を庇い命を落とす。魂となった彼女は女神と出会い、話をした結果、後輩を助けたこともあってスキル2つを持ってすぐに転生することになった。転生先は、地球からはるか遠く離れた惑星ガーランド、エルディア王国のある貴族の娘であった。前世の記憶を持ったまま、持水薫改めシャーロット・エルバランは誕生した。転生の際に選んだスキルは『構造解析』と『構造編集』。2つのスキルと持ち前の知能の高さを生かし、順調な異世界生活を送っていたが、とある女の子と出会った事で、人生が激変することになる。 果たして、シャーロットは新たな人生を生き抜くことが出来るのだろうか? ………………… 7歳序盤まではほのぼのとした話が続きますが、7歳中盤から未開の地へ転移されます。転移以降、物語はスローペースで進んでいきます。読者によっては、早くこの先を知りたいのに、話が進まないよと思う方もおられるかもしれません。のんびりした気持ちで読んで頂けると嬉しいです。 ………………… 主人公シャーロットは、チートスキルを持っていますが、最弱スタートです。

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

処理中です...