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第肆章 洋館と茶会の後
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「なるほど。つまりお主はその出刃包丁の付喪之人という輩を探しておるのだな。子供を連れ去っていると検討をつけて」
姫はガラス造りのまるテーブルを挟んで、細い指先で縁の広いバラを模した茶器の縁を撫でる。小さな皿の上に乗った茶器には薄い朱色の液体が満たされ湯気を立てていた。
通された部屋は広く天蓋付きの寝床があり、赤い絨毯と黒い壁、そして見知らぬ国の言葉で書かれた分厚い書物の並ぶ書棚がある。部屋には大きな窓があり、赤黒く分厚い幕で外界と遮断していた。
まるで違う世界に迷い込んだ気になる。
私の目の前にもヤハズの用意した紅茶が置かれており、ヤハズは憮然と姫の隣に立っていた。
「ヤハズと姫に邪魔されなければ、今頃すべては終わっていたんだがな」
私は腕を組んでふたりを交互に見る。ヤハズは瞼を下ろすことなく黙ってたたずんでいる。その姿は人形そのもので、隣の姫はクスクスと口元に手を当て少女のように笑った。
実際少女であるのだろうが、人形でもある。姫は造られ魂を持った人形だ。少女と言えるかどうかも怪しい。
「それは悪かった。夜は妾の大切なお散歩の時間なのだ。このような姿では人の目を引きすぎて不快だからな。開襟シャツの妾たちの同族が人に襲われていると思ったのだ。付喪之人を嗅ぎわけることのできる、妾たちにとっても恐ろしい男にな」
ふん。とヤハズは私には視線を向けずに、窓の方を眺めたままに口を開く。
「姫が謝る必要はありません。汚らしい異質の力を振るう男が、無礼にも屋敷の敷地に乗り込んできたのです。やはり開襟シャツの男を助ける必要はなかったのです。こんな男と縁ができてしまった」
「ずいぶんな言いようだな。俺を襲う前に話くらい聞いてくれてもよかったんじゃないか?」
「そんな余裕はない。我々と同じ同族を襲う輩に私と姫の存在がばれたのだ。警戒するのは当たり前だろう。今だって変わらない」
そりゃそうだけどさ。と私は茶器に手を添え紅茶を口に含む。甘酸っぱい花の香りで口から鼻腔が満たされる。少なくともヤハズと姫が私が求める男と何の関係もないことは、ヤハズを煙に巻いてわかった。悲しい因果も背負っているだろうことも。
姫の力は影からイバラを生み出すことだった。それだけではないとは思えるが、姫のイバラに包まれて私は屋敷の中へと運ばれた。身動きできずに影に飲まれて、洋室へと通されていたのだ。
小躍りしながら落ち着かないようすで衣服を整える姫は、ヤハズに茶会の準備を指示しこの末路である。私は誤解を解くために出刃包丁の男について話した。そして付喪や付喪之人と呼ばれる存在についても。隠す必要がないとは思ったし、姫の赤黒く丸い瞳で見つめられると煙に巻くことはできなかった。驚いたことにふたりは付喪がなんたるかをまるで知らなかった。
ただ開襟シャツの男は自分たちと同じ存在だとは感じていた。自分たちと同じ人ならざる物であると。付喪にも本能があるのだろうか?人が人を守るように、物が物を守ったということになる。・・・難儀だ。
それにふたりは今まで払ってきたどんな付喪とも違う。浮世離れし異質である。ただ人ではないとはふたりとも知っている。知りながら生きている。人の形を模したまま存在しているのだ。
まぁ人からすると私もまた、似たような存在であるのだろうけど。
「しかし・・・お主の言うことが本当なら、妾は付喪之人と呼ばれる存在なのだな? 不思議じゃなぁ。そして妾の成り立ちをお主が知っていることもな」
「それは秘密だよ。結末まで話したらおもしろくはないだろう?」
姫はガラス造りのまるテーブルを挟んで、細い指先で縁の広いバラを模した茶器の縁を撫でる。小さな皿の上に乗った茶器には薄い朱色の液体が満たされ湯気を立てていた。
通された部屋は広く天蓋付きの寝床があり、赤い絨毯と黒い壁、そして見知らぬ国の言葉で書かれた分厚い書物の並ぶ書棚がある。部屋には大きな窓があり、赤黒く分厚い幕で外界と遮断していた。
まるで違う世界に迷い込んだ気になる。
私の目の前にもヤハズの用意した紅茶が置かれており、ヤハズは憮然と姫の隣に立っていた。
「ヤハズと姫に邪魔されなければ、今頃すべては終わっていたんだがな」
私は腕を組んでふたりを交互に見る。ヤハズは瞼を下ろすことなく黙ってたたずんでいる。その姿は人形そのもので、隣の姫はクスクスと口元に手を当て少女のように笑った。
実際少女であるのだろうが、人形でもある。姫は造られ魂を持った人形だ。少女と言えるかどうかも怪しい。
「それは悪かった。夜は妾の大切なお散歩の時間なのだ。このような姿では人の目を引きすぎて不快だからな。開襟シャツの妾たちの同族が人に襲われていると思ったのだ。付喪之人を嗅ぎわけることのできる、妾たちにとっても恐ろしい男にな」
ふん。とヤハズは私には視線を向けずに、窓の方を眺めたままに口を開く。
「姫が謝る必要はありません。汚らしい異質の力を振るう男が、無礼にも屋敷の敷地に乗り込んできたのです。やはり開襟シャツの男を助ける必要はなかったのです。こんな男と縁ができてしまった」
「ずいぶんな言いようだな。俺を襲う前に話くらい聞いてくれてもよかったんじゃないか?」
「そんな余裕はない。我々と同じ同族を襲う輩に私と姫の存在がばれたのだ。警戒するのは当たり前だろう。今だって変わらない」
そりゃそうだけどさ。と私は茶器に手を添え紅茶を口に含む。甘酸っぱい花の香りで口から鼻腔が満たされる。少なくともヤハズと姫が私が求める男と何の関係もないことは、ヤハズを煙に巻いてわかった。悲しい因果も背負っているだろうことも。
姫の力は影からイバラを生み出すことだった。それだけではないとは思えるが、姫のイバラに包まれて私は屋敷の中へと運ばれた。身動きできずに影に飲まれて、洋室へと通されていたのだ。
小躍りしながら落ち着かないようすで衣服を整える姫は、ヤハズに茶会の準備を指示しこの末路である。私は誤解を解くために出刃包丁の男について話した。そして付喪や付喪之人と呼ばれる存在についても。隠す必要がないとは思ったし、姫の赤黒く丸い瞳で見つめられると煙に巻くことはできなかった。驚いたことにふたりは付喪がなんたるかをまるで知らなかった。
ただ開襟シャツの男は自分たちと同じ存在だとは感じていた。自分たちと同じ人ならざる物であると。付喪にも本能があるのだろうか?人が人を守るように、物が物を守ったということになる。・・・難儀だ。
それにふたりは今まで払ってきたどんな付喪とも違う。浮世離れし異質である。ただ人ではないとはふたりとも知っている。知りながら生きている。人の形を模したまま存在しているのだ。
まぁ人からすると私もまた、似たような存在であるのだろうけど。
「しかし・・・お主の言うことが本当なら、妾は付喪之人と呼ばれる存在なのだな? 不思議じゃなぁ。そして妾の成り立ちをお主が知っていることもな」
「それは秘密だよ。結末まで話したらおもしろくはないだろう?」
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