12 / 44
第参章 拳銃と人形
-4-
しおりを挟む
明らかにヤハズの表情は歪む。うごめく両方の瞳は困惑していた。私は続ける。
「両親や妹さんのことは残念だよ。嫉妬に狂った人の業だ。因果を返す相手は人であって、あんたに命を注がれた姫ではないだろう? 形と命を持ったなら、不滅はさらに遠のくぞ? 知っていたか? 人や物、魂でさえもいつかは朽ちる。どんなに美しくあってもな・・・」
その名を呼ぶな。左手で顔を隠しヤハズはよろめき力が緩む。これこそ人の業だと思った。因果を知って言葉を持って純粋な物や人の想いを弄ぶ。
私を縛る緩んだ力の隙間で、私は右手で腰紐においた拳銃を抜き、するりと抜けた右手でヤハズへ銃口を向ける。そして拳銃を紫煙で巻いた。
「さてされ。今宵の座興も終いにしよう。弾がなくとも九十四式自動拳銃よ・・・まだお主の役割は終わってないだろう? お主は撃鉄で弾を打ち、殺意を相手へと向ける。今宵に打ち出すのは弾ではなく人の想いだ。私が込める想いは爆ぜろという意志である」
引き金を引くと拳銃は熱を持ちカチャリと硬い音がした。瞬間に銃口から振動が伝わる。ヤハズは私に巻きつけた銀の糸をほどき高く飛び退く。拳銃を煙に巻き、発射された想いを込めた透明の弾丸は、ヤハズがいた地面へと当たる。
地面が爆ぜた。
遅れて火薬の炸裂する音がして、地面は人が埋もれるほどの穴が開く。
私の視界もぐらりと揺らぐ。想いは心の力だ。体は無事だとしても脳髄が揺れる。代償は小さくないが、生身のままではヤハズに敵わないだろう。生身であるならばであるけれど。
飛び退いた先でヤハズは、穴の空いた地面を見ていた。右手は形を失って銀色の糸が束となり、まるで鞭のように地面へ切っ先を垂らしている。
ヤハズは視線を上げてまっすぐ私を見た。瞳は怒りで歪んでおり、歯噛みした唇は一文字に結ばれている。そして四肢に力を入れて激しく口を開いた。
「またもやお前は邪魔をするのか。あの夜のように!」
「出刃包丁の男を追っていた夜のことかい? 邪魔をしたのはお前だろう」
「うるさい! 私は同じ付喪を守っただけだ。愚かな人に払われようとする物を守った! 悪はお前だ」
「ちょっと待て。ヤハズは出刃包丁の男を知らぬのか?」
知らん! とヤハズは激高したまま答え、右手を振るって跳ぶ。どうりで煙に巻いても見えないわけだ。しかしこれでは私がやられる。仕方なく銃口を再びヤハズへ向けた。
我を忘れた獣となったヤハズが私へ駆ける。私もまたヤハズに向かって跳ぶ。
ヤハズの眉間に銃口が触れ、銀の糸が私の首をかき切ろうと巻きついた時、足元に滑りとした黒い液体が視界の端で広がった。
あたりは夜の帳がいつしか降りて、深い闇に包まれている。だが、どの闇とも違う質量を持った黒い影が足元へ広がっていく。
考える間も無く影からは無数のイバラが立ち上る。最初の夜に見たよりもずっと多いイバラによって私もヤハズも押し上げられた。するすると蛇のように巻き付き縛り付けられる。
ぐるぐると首だけがイバラを逃れ、鞠のように包まれた私は首だけを出して浮かんでいた。となりではうなだれるヤハズもまた、私と同じ有様である。
イバラで形を作られた影の花弁から、首だけを出している。茎はイバラで作られて地表からは離れており、飛び降りようにも身動きが取れない。
「なんじゃ? 妾を差し置き楽しそうじゃのう?」
流れ込んできた影の奥から声がした。そして影の中からまずは黒い小さな帽子が見える。次には浮かび上がるように黒髪が浮かび白い顔と赤い瞳が見えた。黒と白とで彩られて着飾った少女が影から浮かぶ。黒く硬い小さな革靴で影の中へと降り立った。
「姫!」
ヤハズが叫んで、私もすぐに合点がいった。ヤハズの心を煙に巻いた時に見た人形だ。ヤハズに作られて命をあたえられた人形が目の前にいる。
「ヤハズ。どうやらお主は勘違いをしているぞ? それに和装の男もちょいと待て。妾のことになるとヤハズは我を失うのじゃ。ヤハズは妾を愛しておるからな。堪忍しておくれ」
姫は白く華奢な腕を口に当て、目尻を和らげ人のように微笑んだ。
まるでこの世とは境を別にした場所の、現実から遠く離れた美しさだ。ヤハズは私を一度睨みつけ、はい。と首を垂れる。私も引き金から指を下ろす。
兎にも角にも、出刃包丁の男とは関係がないのだろうか。しかし敵ではないと言い切れない。すっかりと空には夜の帳が下りている。
なんとも因果な夜だねぇ。と私がこぼすと姫が笑った。
まるでこの世の物ではないかのように、高らかな鈴のような音が夜空に響いて闇の中へと意識が消えた。
「両親や妹さんのことは残念だよ。嫉妬に狂った人の業だ。因果を返す相手は人であって、あんたに命を注がれた姫ではないだろう? 形と命を持ったなら、不滅はさらに遠のくぞ? 知っていたか? 人や物、魂でさえもいつかは朽ちる。どんなに美しくあってもな・・・」
その名を呼ぶな。左手で顔を隠しヤハズはよろめき力が緩む。これこそ人の業だと思った。因果を知って言葉を持って純粋な物や人の想いを弄ぶ。
私を縛る緩んだ力の隙間で、私は右手で腰紐においた拳銃を抜き、するりと抜けた右手でヤハズへ銃口を向ける。そして拳銃を紫煙で巻いた。
「さてされ。今宵の座興も終いにしよう。弾がなくとも九十四式自動拳銃よ・・・まだお主の役割は終わってないだろう? お主は撃鉄で弾を打ち、殺意を相手へと向ける。今宵に打ち出すのは弾ではなく人の想いだ。私が込める想いは爆ぜろという意志である」
引き金を引くと拳銃は熱を持ちカチャリと硬い音がした。瞬間に銃口から振動が伝わる。ヤハズは私に巻きつけた銀の糸をほどき高く飛び退く。拳銃を煙に巻き、発射された想いを込めた透明の弾丸は、ヤハズがいた地面へと当たる。
地面が爆ぜた。
遅れて火薬の炸裂する音がして、地面は人が埋もれるほどの穴が開く。
私の視界もぐらりと揺らぐ。想いは心の力だ。体は無事だとしても脳髄が揺れる。代償は小さくないが、生身のままではヤハズに敵わないだろう。生身であるならばであるけれど。
飛び退いた先でヤハズは、穴の空いた地面を見ていた。右手は形を失って銀色の糸が束となり、まるで鞭のように地面へ切っ先を垂らしている。
ヤハズは視線を上げてまっすぐ私を見た。瞳は怒りで歪んでおり、歯噛みした唇は一文字に結ばれている。そして四肢に力を入れて激しく口を開いた。
「またもやお前は邪魔をするのか。あの夜のように!」
「出刃包丁の男を追っていた夜のことかい? 邪魔をしたのはお前だろう」
「うるさい! 私は同じ付喪を守っただけだ。愚かな人に払われようとする物を守った! 悪はお前だ」
「ちょっと待て。ヤハズは出刃包丁の男を知らぬのか?」
知らん! とヤハズは激高したまま答え、右手を振るって跳ぶ。どうりで煙に巻いても見えないわけだ。しかしこれでは私がやられる。仕方なく銃口を再びヤハズへ向けた。
我を忘れた獣となったヤハズが私へ駆ける。私もまたヤハズに向かって跳ぶ。
ヤハズの眉間に銃口が触れ、銀の糸が私の首をかき切ろうと巻きついた時、足元に滑りとした黒い液体が視界の端で広がった。
あたりは夜の帳がいつしか降りて、深い闇に包まれている。だが、どの闇とも違う質量を持った黒い影が足元へ広がっていく。
考える間も無く影からは無数のイバラが立ち上る。最初の夜に見たよりもずっと多いイバラによって私もヤハズも押し上げられた。するすると蛇のように巻き付き縛り付けられる。
ぐるぐると首だけがイバラを逃れ、鞠のように包まれた私は首だけを出して浮かんでいた。となりではうなだれるヤハズもまた、私と同じ有様である。
イバラで形を作られた影の花弁から、首だけを出している。茎はイバラで作られて地表からは離れており、飛び降りようにも身動きが取れない。
「なんじゃ? 妾を差し置き楽しそうじゃのう?」
流れ込んできた影の奥から声がした。そして影の中からまずは黒い小さな帽子が見える。次には浮かび上がるように黒髪が浮かび白い顔と赤い瞳が見えた。黒と白とで彩られて着飾った少女が影から浮かぶ。黒く硬い小さな革靴で影の中へと降り立った。
「姫!」
ヤハズが叫んで、私もすぐに合点がいった。ヤハズの心を煙に巻いた時に見た人形だ。ヤハズに作られて命をあたえられた人形が目の前にいる。
「ヤハズ。どうやらお主は勘違いをしているぞ? それに和装の男もちょいと待て。妾のことになるとヤハズは我を失うのじゃ。ヤハズは妾を愛しておるからな。堪忍しておくれ」
姫は白く華奢な腕を口に当て、目尻を和らげ人のように微笑んだ。
まるでこの世とは境を別にした場所の、現実から遠く離れた美しさだ。ヤハズは私を一度睨みつけ、はい。と首を垂れる。私も引き金から指を下ろす。
兎にも角にも、出刃包丁の男とは関係がないのだろうか。しかし敵ではないと言い切れない。すっかりと空には夜の帳が下りている。
なんとも因果な夜だねぇ。と私がこぼすと姫が笑った。
まるでこの世の物ではないかのように、高らかな鈴のような音が夜空に響いて闇の中へと意識が消えた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

【魔物島】~コミュ障な俺はモンスターが生息する島で一人淡々とレベルを上げ続ける~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【俺たちが飛ばされた魔物島には恐ろしいモンスターたちが棲みついていた――!?】
・コミュ障主人公のレベリング無双ファンタジー!
十九歳の男子学生、柴木善は大学の入学式の最中突如として起こった大地震により気を失ってしまう。
そして柴木が目覚めた場所は見たことのないモンスターたちが跋扈する絶海の孤島だった。
その島ではレベルシステムが発現しており、倒したモンスターに応じて経験値を獲得できた。
さらに有用なアイテムをドロップすることもあり、それらはスマホによって管理が可能となっていた。
柴木以外の入学式に参加していた学生や教師たちもまたその島に飛ばされていて、恐ろしいモンスターたちを相手にしたサバイバル生活を強いられてしまう。
しかしそんな明日をも知れぬサバイバル生活の中、柴木だけは割と快適な日常を送っていた。
人と関わることが苦手な柴木はほかの学生たちとは距離を取り、一人でただひたすらにモンスターを狩っていたのだが、モンスターが落とすアイテムを上手く使いながら孤島の生活に順応していたのだ。
そしてそんな生活を一人で三ヶ月も続けていた柴木は、ほかの学生たちとは文字通りレベルが桁違いに上がっていて、自分でも気付かないうちに人間の限界を超えていたのだった。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

【完結】異世界先生 〜異世界で死んだ和風皇子は日本で先生となり平和へと導きます〜
雪村
ファンタジー
ある日カムイ王都の皇子、シンリンは宮殿に入った賊によって殺されてしまう。しかし彼が次に目覚めたのは故郷である国ではなく機械化が進んでいる国『日本』だった。初めて見る物体に胸を躍らせながらも人が全く居ないことに気付くシンリン。
そんな時、あたりに悲鳴が響き渡り黒く体を染められたような人間が人を襲おうとしていた。そこに登場したのは『討伐アカデミーA部隊』と名乗る3人。
しかし黒い人間を倒す3人は1体だけ取り逃してしまう。そんな3人をカバーするようにシンリンは持っていた刀で黒い人間を討伐して見せた。
シンリンの力を見た3人は自分達が所属する『討伐アカデミー』の本拠地へと強制的に連行する。わけのわからないシンリンだったが、アカデミーで言われた言葉は意外なものだった……。

婚約破棄をされ、処刑された悪役令嬢が召喚獣として帰ってきた
朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
中央から黒い煙が渦を巻くように上がるとその中からそれは美しい女性が現れた
ざわざわと周囲にざわめきが上がる
ストレートの黒髪に赤い目、耳の上には羊の角のようなまがった黒い角が生えていた、グラマラスな躯体は、それは色気が凄まじかった、背に大きな槍を担いでいた
「あー思い出した、悪役令嬢にそっくりなんだ」
***************
誤字修正しました
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる