10 / 44
第参章 拳銃と人形
-2-
しおりを挟む「あの建物にいるっていうのかい?」
「そうやと・・・思う」
ともかく尋ねる他はねぇか。私は母屋へ続くと思われる門の前まで足を進める。扉を煙に巻いて開いてもいいが、何が起こるかわからない。
それにやはり、人だった時が困る。私は武器を所持しており、今ではそれが許されない。
捕まったら出てこられる気もしない。面倒くさいと門を叩こうと手を挙げた時、白蛇の体が激しく熱を持つ。
「あかん! 落ちてくる!」
何がだ? と聞く間もなく私は強く後ろへ跳んだ。跳んで転げて頭を上げると、遅れて土煙が上がる。頭上から落ちてきたのだろうが、地面にぶつかる音がしなかった。まるで羽のように軽い布切れが落ち、土煙が舞ったかのような。それにしては門を覆い隠すほどに立ち上る土煙は、それがただの布切れでないことを表している。
土埃が風に払われてしまうと、門前には男が立っていた。時代にそぐわぬ燕尾服に身を包み、細身の体にあつらえられている。胸元から見える白いシャツにわずかな乱れもなく、黒い細い紐が襟を整えている。
耳から先まで伸びた髪は針金のように硬くまっすぐ伸び、目元を隠している。表情は見えなかったが影の作る凹凸で、男が人とは思えないほど整った顔をしているのがわかった。
男は半身のまま左手を上げて白手袋を整えている。前髪の合間から細く開かれた瞳が見えた。薄い唇が開かれ、少しだけ口角が上がる。
「やはり来たか。今度は私たちを祓うのか? 出刃包丁のように」
つぶやくような声量なのに、低くよく通る声だった。やはり知ってる。
少なくとも私が付喪を祓えることは知っている口ぶりだ。私は起き上がり右手を拳銃へと沿わせる。顎先を上げて胸を張り、燕尾服の男へと視線を向けた。
「もしそうだとしたら、どうする?」
「お前はここで無惨に朽ち果てる。せめて人らしく葬ってやるよ」
燕尾服の男は一度身をかがめて跳んだ。そして私が身構えるよりも早く伸ばした左手が私の肩に置かれる。
「遅いな。遅すぎる」
すれ違いざまの耳元で燕尾服の男はつぶやき、左手を支点に足を振り上げ頭上へ跳んだ。驚き、男を見上げると男は頭上を下にしたまま今度は右手を私へ伸ばす。
「貫け。人差しの指」
声と共に銀色の何かが燕尾服の男から放たれた。私は土を蹴り後方へ跳ぶと眼前に細い銀色の線が見える。西日に照らされ銀色に輝き、先には小さな穴が穿たれていた。
まるで銃弾を撃ち込まれたような跡だった。白蛇が強く私の左手首を締め上げる。
「うひぃ。危なかったなぁ。なんやあれ?」
「知るか。さっさとキセルへ戻れ」
はいはい。と白蛇は体を燻らせ形を固める。キセルの姿に身を変えて、私は吸い口を口へと当てた。紫煙をまとって羽織に吹きかける。
「主人の体を寒さから守るのだろう。主人が死んだら体は冷える。死なないように守るのが羽織ではないのかね? 羽のように軽くとも、主人を守るためには固く固く、身を固めねばならない」
羽織の本分を、役割を新たに与えると羽織は鉛のような硬さをまとう。すぐさま頭上へ視線を戻すと、キリキリと糸巻き器の軋む音がして速度を増した燕尾服の男が舞い降りた。
落下するよりも速度は速い。銀色の鋼にも似た糸を巻き取っているのだろうか。私は羽織を振るって燕尾服の振り下ろした革靴を受ける。ズシリと重たさを感じたがやはり軽い。問題は男の速さであった。そして得体の知れない力でもある。
男は飛び退き体を反転させた後に、眼前へと着地する。穿たれた穴からは銀色の糸に惹かれた白色の塊が引き上げられた。塊は引き寄せられて男の人差し指へと巻き取られる。仕組みはわからないが、銃弾だと思った塊は男の人差し指であったのだ。
「奇妙な力を使うな・・・お前は人ではないのか?」
男の前髪を耳にかけ瞳は開かれる。興味深い生き物を観察するかのように丸まった瞳と薄笑いの口元が、まるで人のようだった。
形からは人形の付喪なのだろう。人形に想いが宿り人のように動いている。そう考えるしかなかった。付喪之人ではない。付喪が人の体を奪い去ったなら少なくとも肉体がある。
不可思議な力はもとになった物に由来する。物を扱う必要があるのだ。自分の体を物のように扱うなんてことはできない。人に成り代わろうと、人に憧れた物は焦がれるほどに願って得た肉体に固執するのだから。少なくとも私は経験として見知っている。
燕尾服の男は口元を歪ませ不敵な笑みを作る。
「後で縫い合わせるのが面倒だな」
「手伝ってやろうか? 下手くそうでもいいのならな」
ふん。と燕尾服の男は鼻を鳴らし、右手を頭上に上げ振りかぶって振り下ろした。
「囲うのだ・・・手のひら」
振り下ろされた右手は男の眼前はバラバラと弾けた。弾かれた五指が銀色の軌跡を残しながら私に向かって飛ぶ。芸のないやつだ。私はまとまり飛ばされた五指を避ける。そのうちのひとつが頬を裂いたが、痛みをまるで感じない。痛みには慣れている。
伸ばされた指は糸で男とつながっている。そして伸ばされた糸は巻き取らなければならない。伸びきり張った糸を横目に私は駆ける。紫煙に包んで中身を知ってやろう。男の因果を暴いてやろう。
想いの底を内から外へと晒し、力の根源を霧散させる。それが私の紫煙の力。煙に巻くという与えられた力なのだ。
眼前で男が笑った。男の笑みに気がついた時には、男はもう片方の腕で伸ばされた糸を強く引き、弾いた。引かれた糸は軌道を変えて私の頭上へと軌道を変える。空に放たれバラバラと方向を変え、流星のように私の四方へ降り注いだ。
身をよじり直撃を避けても、あたりには降り注いだ銀色の軌跡が光を反射している。
男は振り下ろした右手をぐるりと円形に回転させた。弾かれた銀の糸と指が地面に轍を作りながら収束し、私の体を囲っていく。
これは・・・まずいな。
体に巻きつき縛られる糸で私は腕を横に沿わしたまま、キリキリと締めつけられた。足を開くことも腕を挙げることも許されないまま、す巻きにされた私に男は近づく。足取りは軽く、髪をかき上げながら口を開いた。
「どうだ? まるで人形のように身動きできないだろう? お前に払われる物の気持ちが少しはわかっただろう?」
「いいや・・・わからないね。凝り固まった体にはちょうどいい。もっとやってくれ」
口が減らないな。と男は右手に力を込めたように見えた。キリキリと締めつけられる糸は私の羽織を裂き、ぬめった生温い液体が四肢を這う。
身動きひとつ取れない私に男がじぃっと私の瞳を覗き込んだ。丸い眼球は固くこれだけ土埃が舞い上がっているのに瞬きひとつしない。
本当によくできた人形のそれだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

【魔物島】~コミュ障な俺はモンスターが生息する島で一人淡々とレベルを上げ続ける~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【俺たちが飛ばされた魔物島には恐ろしいモンスターたちが棲みついていた――!?】
・コミュ障主人公のレベリング無双ファンタジー!
十九歳の男子学生、柴木善は大学の入学式の最中突如として起こった大地震により気を失ってしまう。
そして柴木が目覚めた場所は見たことのないモンスターたちが跋扈する絶海の孤島だった。
その島ではレベルシステムが発現しており、倒したモンスターに応じて経験値を獲得できた。
さらに有用なアイテムをドロップすることもあり、それらはスマホによって管理が可能となっていた。
柴木以外の入学式に参加していた学生や教師たちもまたその島に飛ばされていて、恐ろしいモンスターたちを相手にしたサバイバル生活を強いられてしまう。
しかしそんな明日をも知れぬサバイバル生活の中、柴木だけは割と快適な日常を送っていた。
人と関わることが苦手な柴木はほかの学生たちとは距離を取り、一人でただひたすらにモンスターを狩っていたのだが、モンスターが落とすアイテムを上手く使いながら孤島の生活に順応していたのだ。
そしてそんな生活を一人で三ヶ月も続けていた柴木は、ほかの学生たちとは文字通りレベルが桁違いに上がっていて、自分でも気付かないうちに人間の限界を超えていたのだった。

最強の職業は付与魔術師かもしれない
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。
召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。
しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる――
※今月は毎日10時に投稿します。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる