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第参章 拳銃と人形
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私が家を出ることにはすっかりと伸びた影が街を飲み込んでいた。街行く人の数は減らないけれど、差し込む影が顔を隠す。誰もが一日の疲れからかうつむき歩いていた。
日中の活気は陰りを見せて、どこか陰鬱な空気が街に漂っている。
私は家路を急ぐ人とは逆の方に歩き、街の中心部から郊外へと進んだ。教えられた場所には歩いて行ける距離であっても、しばらくかかる。
過去を振り払うかのように復興が進む中心街から、郊外へ進むにつれて荒れた大地が目立った。焼かれた地表に緑はまだ少なく、もとは家だったのであろう黒焦げた瓦礫や柱が無造作に積まれている。途中、幼子を背負った少女に出会った。少女はうつむきまだ明かりの灯る街へと向かう。そこに親はいるのだろうか。それとも命がまだ宿らない荒廃した土地から逃げているのかわからない。
まだ暑さが残る時間であるのにかかわらず、紫の薄い羽織を着た私を少女は怪訝そうに見上げ、そしてすぐに地面へ視線を落としてとぼとぼ歩く。
あたりに人目がなくなると左手に持つ白蛇のキセルが震えた。そして解けるように私の左手に巻きつき、白蛇へと姿を変える。
「おうおう。ずいぶんとゆっくりだったな白蛇。どうやら俺よりも怠惰であるらしい」
「うっさいわ。あんなぁ。付喪神さんとはいえ、あんなに力を使われたら疲れんねん。想いにも限度があんねん。ちっとは節約しいや」
「そりゃ悪いな。なら出刃包丁の男もまたまだ動かねえってことだろう?」
「まぁ。普通の付喪之人ならそうやろな。しばらくは想いを回復せなあかん。人でいうところの精神力ってやつやな。体力とは別物やねん」
難儀なことだと私が言うと、ほんまに人ほど楽ではないねん。と白蛇はちろりと赤い舌を出した。そして私は腰に当てた九四式自動拳銃に右手で触れる。もちろん弾は装填されていないから、無造作に腰紐に差していようと撃鉄が上がり暴発はしない。
今では役割を失ったただの物だ。しかし形は役に立つ。無論、私が煙に巻けばであるが。
この拳銃を狗鷲に手渡されたのは、私が最初に付喪を払った時だった。終戦し街に帰ってきた私が、ひとりきりで腐っている時、狗鷲は唐突に私のもとを訪れたのだ。
そしてこう言った。ばあさんに変わってワシを手伝わないか? と。
護身用に渡された軍に徴収されることから逃れた自動拳銃を渡し、狗鷲は奇妙に笑っていた。結局のところうまいように利用されている。が、おかげで生かされてもいる。
頭でっかちで不格好な九四式自動拳銃に触れると、偏った重心のせいか帯紐に刺されたまま揺れた。
「ともかくや! 千鳥さんはなんでおらへんねん! せっかく可愛らしい白蛇ちゃんが姿を現せたっていうのに!」
白蛇は体を揺らしながらあたりを見渡す。本当にうるさいと私は視線を過去から正面へと向ける。焼かれた山に木々は少なく、小高い丘の上に尖った屋根が見えた。
よくもまぁ焼け残っているなと、人知を超えた力の関与もまた納得できる。
「連れて来れるわけがないだろう。千鳥はただの人だ。これ以上巻き込むわけにはいかないだろう」
「せやけどな! こう・・・なんで久しぶりのお散歩にむさっくるしい男とふたりやねん! 本当に神さんはおらんのかいな!」
「お前も神の端くれだろう。なぁ・・・出刃包丁の男と対峙した夜に見た人影についてどう思う?」
「どうって八代だってわかっているやろ? 付喪之人や。影をイバラのように操っていたさかいな。ただどっちが付喪之人かはわからへん。でも奇妙なんは付喪の気配もしたねんな。物に宿る想いをワイは知ることができるけど、人に成り代わってしまえば、人の匂いに紛れてわからへん。でもな・・・ちゃんと付喪がおった。それもどっちかわからへんけどな」
「使えない神さまだな」
「そもそも神に頼もうっちゅうのが都合がええねん。そろそろ理解してくれへんかな?」
人だからな。と私が答えると白蛇はそっぽを向いた。
話しているうちに小高い禿山の端に差し掛かり、緩やかな傾斜を登る。じりじりと汗が滲む頃には目当ての場所に差し掛かった。まるで教会のように尖った塔が三つあり、木造りの門戸はアーチを描いて見上げるほどに高い。ガラスの窓はどれもが赤黒い幕で覆われており、おおよそ人の気配はなかった。しかしこれほどまでに目立つ巨大な建物であるにもかかわらず、当然のように焼け残って鎮座している。
財閥の道楽ではあるだろうが、洋館だけが現実感を失っている。巻きつく白蛇の温度が上がる。白蛇はまっすぐと洋館の中央にある塔を見上げていた。
「八代。おるで。付喪の気配や」
日中の活気は陰りを見せて、どこか陰鬱な空気が街に漂っている。
私は家路を急ぐ人とは逆の方に歩き、街の中心部から郊外へと進んだ。教えられた場所には歩いて行ける距離であっても、しばらくかかる。
過去を振り払うかのように復興が進む中心街から、郊外へ進むにつれて荒れた大地が目立った。焼かれた地表に緑はまだ少なく、もとは家だったのであろう黒焦げた瓦礫や柱が無造作に積まれている。途中、幼子を背負った少女に出会った。少女はうつむきまだ明かりの灯る街へと向かう。そこに親はいるのだろうか。それとも命がまだ宿らない荒廃した土地から逃げているのかわからない。
まだ暑さが残る時間であるのにかかわらず、紫の薄い羽織を着た私を少女は怪訝そうに見上げ、そしてすぐに地面へ視線を落としてとぼとぼ歩く。
あたりに人目がなくなると左手に持つ白蛇のキセルが震えた。そして解けるように私の左手に巻きつき、白蛇へと姿を変える。
「おうおう。ずいぶんとゆっくりだったな白蛇。どうやら俺よりも怠惰であるらしい」
「うっさいわ。あんなぁ。付喪神さんとはいえ、あんなに力を使われたら疲れんねん。想いにも限度があんねん。ちっとは節約しいや」
「そりゃ悪いな。なら出刃包丁の男もまたまだ動かねえってことだろう?」
「まぁ。普通の付喪之人ならそうやろな。しばらくは想いを回復せなあかん。人でいうところの精神力ってやつやな。体力とは別物やねん」
難儀なことだと私が言うと、ほんまに人ほど楽ではないねん。と白蛇はちろりと赤い舌を出した。そして私は腰に当てた九四式自動拳銃に右手で触れる。もちろん弾は装填されていないから、無造作に腰紐に差していようと撃鉄が上がり暴発はしない。
今では役割を失ったただの物だ。しかし形は役に立つ。無論、私が煙に巻けばであるが。
この拳銃を狗鷲に手渡されたのは、私が最初に付喪を払った時だった。終戦し街に帰ってきた私が、ひとりきりで腐っている時、狗鷲は唐突に私のもとを訪れたのだ。
そしてこう言った。ばあさんに変わってワシを手伝わないか? と。
護身用に渡された軍に徴収されることから逃れた自動拳銃を渡し、狗鷲は奇妙に笑っていた。結局のところうまいように利用されている。が、おかげで生かされてもいる。
頭でっかちで不格好な九四式自動拳銃に触れると、偏った重心のせいか帯紐に刺されたまま揺れた。
「ともかくや! 千鳥さんはなんでおらへんねん! せっかく可愛らしい白蛇ちゃんが姿を現せたっていうのに!」
白蛇は体を揺らしながらあたりを見渡す。本当にうるさいと私は視線を過去から正面へと向ける。焼かれた山に木々は少なく、小高い丘の上に尖った屋根が見えた。
よくもまぁ焼け残っているなと、人知を超えた力の関与もまた納得できる。
「連れて来れるわけがないだろう。千鳥はただの人だ。これ以上巻き込むわけにはいかないだろう」
「せやけどな! こう・・・なんで久しぶりのお散歩にむさっくるしい男とふたりやねん! 本当に神さんはおらんのかいな!」
「お前も神の端くれだろう。なぁ・・・出刃包丁の男と対峙した夜に見た人影についてどう思う?」
「どうって八代だってわかっているやろ? 付喪之人や。影をイバラのように操っていたさかいな。ただどっちが付喪之人かはわからへん。でも奇妙なんは付喪の気配もしたねんな。物に宿る想いをワイは知ることができるけど、人に成り代わってしまえば、人の匂いに紛れてわからへん。でもな・・・ちゃんと付喪がおった。それもどっちかわからへんけどな」
「使えない神さまだな」
「そもそも神に頼もうっちゅうのが都合がええねん。そろそろ理解してくれへんかな?」
人だからな。と私が答えると白蛇はそっぽを向いた。
話しているうちに小高い禿山の端に差し掛かり、緩やかな傾斜を登る。じりじりと汗が滲む頃には目当ての場所に差し掛かった。まるで教会のように尖った塔が三つあり、木造りの門戸はアーチを描いて見上げるほどに高い。ガラスの窓はどれもが赤黒い幕で覆われており、おおよそ人の気配はなかった。しかしこれほどまでに目立つ巨大な建物であるにもかかわらず、当然のように焼け残って鎮座している。
財閥の道楽ではあるだろうが、洋館だけが現実感を失っている。巻きつく白蛇の温度が上がる。白蛇はまっすぐと洋館の中央にある塔を見上げていた。
「八代。おるで。付喪の気配や」
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