【完結】古道具屋の翁~出刃包丁と蛇の目傘~

tanakan

文字の大きさ
上 下
3 / 44
第壱章 出刃包丁と夜の街

-3-

しおりを挟む
 私は開けた交差点へと足を進める。中央に開襟かいきんシャツの男がいて、裂かれて飛ばされた材木がまばらにあたりへ落ちていた。

 男は腕をダラリと垂らしたまま私をじぃっと見る。わずかに口角を上げて笑みを浮かべているはずなのに、笑顔に見えない。

「おうおう。こんな夜更けに賑やかだねぇ。痴情のもつれにゃ、ちと派手すぎるな」

 もちろん違うと私は知っている。砂利を踏み鳴らしながら、キセルの吸い口を放さぬままに散らばる大小の材木へと紫煙を吹きかける。
 私の身の丈を超える材木もあれば、破片となって散らばる小片もある。開襟シャツの男は私をじぃっと見たまま視線を放さない。

「お前に関係はない。去れ!」

 耳に響く音の歪んだ声だった。悲鳴にも聞こえ男はずいぶん病んでいる。そう思えた。

「話くらいは聞かせてくれねぇかな? お前の名は?」

「語ることなどない」

 せっかちだねぇ。と言いつつ私はキセルの煙管を撫でる。手っ取り早く男を煙に巻きたいが、そう簡単にはいかないらしい。男は包丁を振り上げ地面に刺した。

「・・・秋桜あきざくら

 男の口元が言葉を音にする。男から離れているのにもかかわらず地面が揺れ、私は宙へと跳ねた。
 見ると今まで私がいたはずの地面からは土煙を纏う円形の刃がせり上がる。

 つぼみにも似ている刃は、風と共に舞がある私の足元へと到達し、四方に刃を振り下ろした。花弁が開くように地面を裂いた刃の向こうに男がいた。
 
 宙に浮かんだまま私は右手を地面へ向けた。そこには紫煙と土煙に巻かれた大小の材木がある。

「焼かれてちりじりに裂かれちゃぁ。大黒柱の名が泣くねぇ。主人を守るお役目だけはまさか忘れていないよな? 今宵はワシがお主らの主人だ。再び存分に尽くしてはくれねぇかい?」
 
 紫煙は広がり散らばった木材へと降り注ぐ。まとわりついて煙に巻かれた材木が意志を抱いて私の四方へと浮かび上がった。
 風に乗ってゆっくりと裂かれた地面に舞い降りる。私の周囲に漂って、今か今かと鼓動を速めているのはわかる。

「そろそろ幕だよ。包丁の旦那。あんたの因果を覗いてやろう」

 私は足を踏み出して、男の頭上へと飛ぶ。身をそらしながら反転し、頭を男に向ける。
 宙を蹴りつつ煙に巻かれた木材を開襟シャツの男に放った。降り注ぐ木材は底の見えない瞳で私を見上げる男の周囲に降り注ぎ、組まれ男を囲っていく。
 人によって奪われた柱としての役割を再び果たそうとしているのだ。木材の合間から男が変わらずこちらを睨みつけていた。開襟シャツの男は身じろぎし、まとわりつく木材を払うように包丁を何度も振るう。

 役目を終えた木材たちは切り裂かれ、地に落ちていく。

 私は草履で空を蹴り、左右に身を回転させつつ刃を避ける。眼前に開襟シャツの男が迫った。男は笑う。諦めにも似た表情の意図はわからない。

 私は紫煙をくゆらせる。かつて物であった付喪の思いを組んで、煙に巻いてやろう。いつもと同じように。人と物の因果を夜と煙で払ってやろう。

 男の足元に黒い影が伸びた。

 黒い雨が降り注いだ後の水たまりのように、ねっとりと粘度を増した影が円形に広がる。

 まだ何かやるつもりかい。両手を伸ばして組んで身構える。影は中心から波紋が広がり、反響し波紋の高さを増していく。開襟シャツの男は困惑していた。身じろぎし足元の影に何度も包丁を振るう。

 しかし影は斬り裂けない。

 波紋を反響させる影は一度凪ぐ。凪いだ後に中央が窪みを作って激しく膨張し、いく筋の細長いイバラが影から伸びて男を包んでいく。
 
 おいおい・・・私は男に向けるはずだった紫煙をイバラに向ける。しかしイバラは紫煙さえも切り裂いた。私は身をかがめてイバラから離れるように宙を蹴る。

 私の後を追うようにイバラは地面から見上げるほどに伸び続け、ようやくイバラが収まるころには開襟シャツの男が遠く離れた場所にいた。

 私を追っていたイバラは切っ先を今度は開襟シャツの男へ向ける。しかし今度はイバラが切り裂かれ、影のイバラが消えることには男の姿が見えなくなっていた。
 
 消えた男の代わりに人影が見えた。

 月の光を逆光に立つ長身の男。隣には男の腰ほどしか背丈がない子供だろうか。見たこともない派手な洋装に身を包んでいる。左手に持つキセルがほどけて、白蛇が姿を現した。

「おいてめぇ。付喪つくもが増えているじゃねぇか。数を数えらんねえのか? 」

 奇妙なふたりから視線を外さずに私は白蛇へと口を尖らす。避難の言葉を避けるように白蛇は左右へ体を歪め、小さな口を開く。

「知らんがな! あんな? 神さんといえど万能とちゃうんや。付喪と違って、人の形を得た付喪之人つくものひとの匂いはほとんど人なんやさかい。隠されたらわからへん」

「神でもか?」

「神でもや。あんなぁ。十人十色っていうやろ? 神さんだってたくさんおんねん。そこらへんは優しくしてもらわんといかん」

「人でもか?」

「人でもや!」

 口の減らない付喪神だ。という間もなく白蛇は逃げるように銀色のキセルへと姿を変えた。
 遠くに見える細身の男が隣の子供に手を伸ばす。子供は細身な男の手を取ってふたりは雲の合間から伸びる、月の光へと向かって歩き始めた。そして影の中へ呑まれて消えていく。

 まったく面倒になったものだと、私は女給仕を隠したレンガ造りの建物へと目を向ける。地面にへたりこみ気を失う女の姿がそこにはあった。
 
 まったく面倒になったものだ。私はキセルの吸い、紫煙を口元から吐き出す。
 
 紫煙が眼前を染めて夜の中に漂って消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界にアバターで転移?させられましたが私は異世界を満喫します

そう
ファンタジー
ナノハは気がつくとファーナシスタというゲームのアバターで森の中にいた。 そこからナノハの自由気ままな冒険が始まる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

元構造解析研究者の異世界冒険譚

犬社護
ファンタジー
主人公は持水薫、女30歳、独身。趣味はあらゆる物質の立体構造を調べ眺めること、構造解析研究者であったが、地震で後輩を庇い命を落とす。魂となった彼女は女神と出会い、話をした結果、後輩を助けたこともあってスキル2つを持ってすぐに転生することになった。転生先は、地球からはるか遠く離れた惑星ガーランド、エルディア王国のある貴族の娘であった。前世の記憶を持ったまま、持水薫改めシャーロット・エルバランは誕生した。転生の際に選んだスキルは『構造解析』と『構造編集』。2つのスキルと持ち前の知能の高さを生かし、順調な異世界生活を送っていたが、とある女の子と出会った事で、人生が激変することになる。 果たして、シャーロットは新たな人生を生き抜くことが出来るのだろうか? ………………… 7歳序盤まではほのぼのとした話が続きますが、7歳中盤から未開の地へ転移されます。転移以降、物語はスローペースで進んでいきます。読者によっては、早くこの先を知りたいのに、話が進まないよと思う方もおられるかもしれません。のんびりした気持ちで読んで頂けると嬉しいです。 ………………… 主人公シャーロットは、チートスキルを持っていますが、最弱スタートです。

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

処理中です...